無職だった俺とシュレディンガーにさよならを
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あらすじ
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俺たちは宿に戻り、次の旅の支度を整える。資金は少ないながらも、若干手に入れていた。グロウスの街なのに金があるとはどういうことかと思ったが、多分これまで取り込んだ旅人の資産だろう。
「行くぞ、シエロ!」
いつものスーツは綺麗に洗われていて、着心地が良い。ブラック会社で働いていたといっても、一番来ている時間が長かったし、唯一現代の品物なので着ていると安心する。
「す、すぐいくから、外で待っててなの!」
「了解、気を付けて降りて来いよ」
「わ、わかったの」
何を慌てているのやら。
そう思いつつも、女の子は何かと準備が大変なんだろう。三十五の男になっても女子が普段どんな支度をしているのか、全く俺は分からない。
チェックアウトを済ませ、ベルトに留めた幾つかのポーチへ入っている旅の必需品を外で再確認する。
よし、簡易的な傷薬や非常食、下着もばっちりだ。どこかで馬車を手に入れて着替えや寝床も整えれば楽しそうな旅が出来そうだ。
俺は晴天の空の下、始めて異世界に来て楽しい気持ちになっている自分に気が付く。現実世界では楽しいなんてなかったのにな。
そうか、自分で人生を一つ一つ選択しているからなんだ。会社に言われるでもなく、働くために寝るでもなく、体力を温存することも考える必要はない。
金のない自由ではあるが、なんだか生きている実感がする。
「お、おまたせなの」
「おお、シエロ、そろそろいく——か?」
振り返るとそこには足元から頭の先まで真っ白なシエロがいた。
うん、いや白いんだけどいつもと様子がおかしい。
日に焼けていない小さな白い肩を出したふんわりとした服だが、袖はしっかりと付いている。レースが幾らか付いた純白の膝下スカートを履き、白のタイツが足を包んでいる。
靴は動きやすい小さなリボンが付いたパンプスだ。
頭にはどこで見つけたのか、魔女の帽子をイメージした白い帽子を象ったピン止めを付けている。
「ど、どうかな」
俯きながら前髪を何度も手でとかして、シエロはもじもじと視線を彷徨わせる。
「凄い可愛いな」
シエロもちゃんと服を着れば見違えるんだな。まさに馬子にも衣裳ってやつだろう。
「ほ、ほんと!? そうじろうこういうの好き?」
「ん、まあ、好きなんじゃないか?」
洋服の事はよく分からないが、楽しそうなシエロは嫌いじゃない。子供は元気が一番である。
「よ、よかったの、ほんとに」
ほっと胸を撫でおろしながら、ありがと、ミセリアと呟いた気がした。
ああ、どうりで他にも洋服っぽい荷物が増えていると思った。
仕方ないうちの可愛い魔女様の為だ。馬車が手に入るまではアトラスに飲み込ませて運ばせよう。
「よし、じゃ行こうぜ。次の街へ」
当てのない旅も悪くない。
「うん!」
俺たちはとりあえず馬車を求めて歩き出した——が、すぐに立ち止まる。
理由は明白だ。
俺たちの眼前には筋骨隆々の筋肉むき出しのタンクトップ男が、牙を出して笑って立っていたからだ。
「よう小僧、元気そうだな」
「第三聖剣、ガドウ……!」
『無職だった俺とシュレディンガーにさよならを』
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