無職だった俺とシュレディンガーにさよならを
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あらすじ
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「う——あ」
ガドウを倒してほっとしたのか、全身の力がすとんと抜け、アトラスを着たまま膝が地面に落ちた。
「そうじろう!」
全身を土埃で汚しながらも、シエロは懸命に走り俺に抱き着いてくる。
「だいじょうぶ、痛いとこはない?」
「ああ、大丈夫だ」
——とは言ったものの全然大丈夫じゃねえ。
ガドウから貰った一撃で右目は見えない。多分潰れてる。全身の筋肉は引きちぎれそうだし、繋がっている神経はキリキリと痛み、繋がっているのがやっとのようだ。
「ミセリアは?」
辺りを見渡すとミセリアは地面に座り込み、上半身だけこちらに向けて軽く手を挙げた。どうやら大きな怪我はないようだが、動く力はないらしい。
「さあて、もう一匹やらないとな——」
膝に手を乗せ、全力で立ち上がろうとするが、視界が歪み、身体がゆらりと揺れる。
「無理しないで、そうじろう」
シエロは心配そうに、支えながら上目遣いで俺を見上げる。
「心配すんな、すぐに終わる」
シエロの頭を撫でて足の指先一つ一つに力を入れて立ち上がる。
「その必要は、ない……」
声に振り向くと、真っ黒な服装の少女が俺をじっと凝視していた。足元には黒い猫が絡んでおり、彼女もケガはなかったようだ。
「シエロ、貴女にお願いがあるの」
「シエロに?」
シエロは首を捻る。
「貴女にこのグロウスを弔ってほしい」
彼女はそっとしゃがみ、足元の猫を持ちあげた。
「シエロは——極彩色の白魔女は苦しんでいるグロウスを送る事が出来るんでしょ?」
「うん、できるの」
「そう、やっと——この子たちを」
少女はそれ以上を語らず、声を殺して泣いていた。静かに。ただ静かに。
シエロは魔女の帽子をぎゅっと被りなおして、両手を胸の前で握る。
小さく息を吐いて、吸って、ピンク色の唇から歌声を囁き始めた。
メロディはやや遅く、もの悲しい。徐々にスピードは上がり、深夜明けにまぶしい朝焼けに照らされたような、新しい今日が始まるような期待のあるメロディに盛り上がっていく。
「アトラ、翻訳しないのか?」
『いえ、翻訳せずともマスターには分かっているんじゃないですか?』
歌詞は全く分からないが、英語のような、あまり聞いたことのない言葉で構成されている。だが意味は分からなくても、亡くなった魂を弔っているのはよく分かった。
町中の家々や木々、人々、その全てが光に溶けていく。
青空だった空は次第に闇夜へと移り変わり、喉かなの農村風景は街道の途中だった。
二つの月が照らす元で、シエロの歌声が止む。
墓守の少女の手に黒猫はもういない。
この周囲に残ったのは俺、シエロ、ミセリア、ガドウ、墓守の少女だけだった。
「これで本当に、終わったんだな——」
疲れた本当に。今はただ風呂に入って寝たい。
三十五歳のおっさんは気を張る事すらもうできなくて、ただ後ろに倒れる事しかできなかった。
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