灰色だった俺と虹色の飲み物
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『黒い流星と極彩色の罪人 ー異世界の魔法に対抗するにはパワードスーツしかないー』
あらすじ
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言った。ついに言った。
食堂の中はしんと静まり返る。
唾を飲み込む音が異様に耳に届く。
すぐにでもアトラスを呼び出せるように俺は身構える。
魔術というものが数時間で発動するような代物と、黄金甲冑は言っていたがこの人数だ。しかも奴は魔術に疎いと言っていた。もしかしたら魔術はもう少し研究されて、イメージ通りの強力な攻撃手段になっているかもしれない。
必ず、シエロだけでも護らないと。
いや、他人の幸せを見たい人間としては、絶対護る。
「ふ、ふはははははは!」
どこで誰が笑ったのか、ある一人の笑いから次々と笑いが広がっていき、再び皿とフォークがぶつかり合う環境音が戻ってくる。
「面白い冗談言ってるねえ、シエロちゃん。大人が言ったことは全部、反論するイヤイヤ期なのかなー?」
それは二、三歳の赤ちゃんだろうが。よく知ってるな。
「となると、本当はー、総司郎は、」
臭いで吐きそうな顔のシエロをそっと床において、マリアベルはちょっと背伸びをしながら俺に顔を近づける。顔は可愛いが、こんなに酒臭い奴いるか? さすがに同情するぞ。
「逆のことだからあ、魔術の燃料となるグロウスを増やしまくって、最強の魔術師になる旅ってことかあ。そんな大それたこと、確かに言いにくいもんね。ふーん、まあ、サラダの取り分けの手際も良いし、そこも黒甲冑に似てるんだよねえ。最強の魔術師を目指す人はみんなサラダの取り分けが上手いのかにゃあ」
「いや、俺はだな別に魔術師を志しているわけじゃ——黒甲冑?」
また黒甲冑の名だ。凶悪なグロウスばかりを狩る黒甲冑。そんなに有名人なのか?
「なあマリアベル、その黒甲冑ってのは」
「はゃあ」
息の抜けた声でマリアベルの顔が視界から消えた。正確には膝から崩れ落ちたのだ。あれだけ絡んでおいて寝落ちかよ。お前は取引先のキャバクラが大好きなおっさんか?
「しかたねえ」
俺は近くの間違えて酒を出したウェイトレスを呼び、宿屋の場所を聞いた。食事代は幸いなことにマリアベルが前払いで払っていたそうだ。この予算で作れるものを作ってほしいと。
結局騒ぎ疲れてしまったシエロとマリアベルを、両肩に担いで宿屋に向かう。アトラス<両腕のみ>の力がなければできない芸当だった。
宿屋についてからは宿代は明日払うと言って、悩んだ末に部屋を二つ用意した。俺だけの部屋と、隣にマリアベルとシエロの部屋である。
せめて近くにしたのは何かあれば、俺がすぐに飛び出せるようにだ。
スーツを脱いでベッドに倒れこむと、急激に眠気が襲ってきた。現実世界ならば床のように固いベッドだが、今の俺には天使の羽のように最高の寝心地だった。
うつ伏せのまま気を失うように、俺は暗闇へと落ちていった。
眠る直前に何を考えていたかすら霧散した。
終幕 灰色だった俺と虹色の飲み物
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一刀想十郎@小説家になろう
@soujuuro