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灰色な俺と黒い流星

【2022/5/26】修正/加筆済み

 部長の奥さんの前にいるのは青焔の化け物だ。

 体長は二メートルほどで、ラグビー選手のようにがっちりとしている。

 

 全身は炎の毛に覆われていて、顔の鼻の高さから狼男のような化け物を連想した。


 青焔の化け物は口から青い炎を吐き出しながら掌を何度か握る。

 その度に轟々と音が闇に溶けていく。


 部長は奥さんとベビーカーを守るように家族の前に立つが、焔の前に後ずさる事しかできない。

 だがそれも当たり前だろう、知らぬ間に眼前に出現し、餌を見るような眼で物色されれば本能は恐怖に支配される。


「お、おい、義贋! た、助けろ、今すぐにだ」


 部長は青焔のバケモノの背中越しにいる俺へと叫んだ。

 

「聞いてるのか! 義贋! 今役に立てよ、今すぐにだ! 身体を張れって言ってんだ!」


 俺は部長の顔を見る。

 190センチほどの巨漢を持つあの部長でさえ、口元をわなわな振るわせている。


 足もがたがたで今にも地面に砕け落ちそうだった。

 毎日会社で怒鳴り散らしているのにあんなにも怯えているなんて。


「ふ、ふはは」


 俺は口から小さな笑い声が自然と漏れてしまった。


「はは、ははは」


 正直、こうなればよかった、誰かが命を刈り取ってくれないかと思ってたんだ。

 毎日毎日。


「お、早くしろ、警察じゃ、間に合わん!」


 いつの間にか辺りは宵闇に沈み、周囲には俺しかいない。

 見過ごしたところで、誰も事実を知ることはない。

 といっても誰も信じないだろうが。


 焔の化け物の腕が部長へと延びる。

 化け物の口から伸びた炎が舌のように部長の顔を舐めた。


 ジュッと音がしたかと思うと、部長は「ひっ」と声を上げて、家族を押しのけて後ずさる。


「や、止めろ、俺に触るな! 早くなんとかしろ、俺には家族がいるんだ、会社もある、怪我でもしたら世界が困るんだよ! 義贋、貴様は死んでも誰も困らんだろう!」


 それが人に助けを乞う言葉なんだろうか。


「足止めしろよ! 俺を逃がすためだけに死ねよ!」


 家族を押しのけたものの、地面にはいつくばってそこから動かない。

 きっと腰でも抜かしてしまったんだろう。


 俺の心に生まれた漆黒の雲が全身を包んでいく感覚、復讐心。


「ふ、ふはは、ふはは」


 このまま部長が死ねば、あの家族も死ぬ、会社にも打撃を与えられる。

 訳の分からない怪物に殺されれば証拠も残らない。


「最高のシナリオじゃないか」


 神はまだ俺を見捨てていなかった。

 こんなに最良の日があっただろうか。


「グルルル……」


 青焔のバケモノの腕が部長の喉に触れる。


「あつい、あつい——頼む、助けてくれ義贋、これまでのことは、謝る、ただの、ただ俺もむしゃくしゃしてて、だから、だから——社内で弱いやつが必要なんだよ、必要悪なんだ、社員全員の息抜き先が必要だろう? なあ?」


「今更遅いですよ、部長。俺はね、ずっと——」


 殺したかったんですよ。

 あなたを。


 そう言いかけたところで、俺の指先に何かが触れる。

 クシャッとした紙の塊のようだ。


 ポケットから引っ張り出すと、豆腐ドーナツの包み紙だった。



『先ほどのお礼です』


 ガツンとハンマーで頭を殴られたような感触が脳を突き抜けた。


「俺は、俺は」


「ぎがん、ぎがん、てめえ」


 俺は——優しくなんてない。

 部長への復讐で、一家を殺そうとする心の汚い大人だ——。


『おじさんは優しい人だから、優しさは必ず廻ってきます!』


 転んだ時に手を差し伸べただけなのに。

 それなのに最高の笑顔を投げかけてくれた、少女の笑顔が脳裏に焼き付いている。


「たのむ、たのむ、たすけて……」


『けどさ、俺も誰かを幸せにして笑顔にしてさ、誰かも俺の笑顔で幸せになってほしい。一度でいいからそんな絵空事みたいな綺麗ごとみたいな時間を生きたいじゃないか』


 胸の奥で、何かが、どくんと、跳ねた。


『忘れないでください、辛くても必ずです!』


 先ほどまで全身を包んでいたどす黒い雲が霧散していくのが分かる。


『——個体が進むべき"生の道標"を読み取りました。システム"賢者の意思"へ再接続を開始』


 聞きなれない女性の透き通るような声が聞こえる。

 それは俺の足元、すぐ近くの茂みから響いた。


「なんだ?」


 突如、スーツ姿の俺を取り囲むようにプラモデルのように小さい細かい部品が、次々と宙に浮き、俺の全身へと貼りついてくる。


 それらは一つ一つの部品から部位になり、足、脚、と昇っていき、ついには頭部をも覆ってしまった。


 パーツたちは隙間という隙間から白い蒸気をプシューと蒸気機関車のように吹き出し、真っ暗だった俺の視界は昼間のような明るさに変化する。


 何が起こったのか理解する間もなく先ほどの透き通った女性の声が耳元で俺に囁いた。


『代用としてアトラス専用生体キーの取り込み完了。人物照合開始——住民ネットから照合——合致——義贋総司郎、三十五歳でお間違いないですね』


「あ、ああ」


 俺は謎の部品に取り込まれたかと思ったら、いつの間にか全身強化スーツのようなものに覆われていた。

 視界は夜なのに昼間にように明るく、バケモノや部長たちへターゲットサークルがせわしなく動き、何らかの数値を次々とはじき出している。


『敵対生物を便宜上、バブルと呼称します』


「バ、バブル?」


『現在、対異世界探索能力強化型パワードスーツ《アトラス》がマスターの全身へナノマシンを注入し、身体強化を図っています。その間オートモード起動、殲滅します』


 首元へちくっと蜂に刺されたような痛みを感じた直後に、にゅるんと何かが体内に大量に注入されているのが実感できる。


 しかもその間、オートモードとかいう奴のせいで、俺の身体は勝手に動き、腰を溜めたかと思うと、新幹線の車窓ですら見たこともないスピードで駆けだす。


「う、うあああああ!」


 叫び声しか上げられずに反射的に目を瞑る。


『フィニッシュです』


 そっと目を開けると、目の前には人気のない井の頭公園が見える。振り返ると、俺の右ストレートパンチで爆砕された獣の青焔がチラホラと空から舞っていた。


「俺が、やったのか」


『その通りです、マスター』


 俺は自身の甲冑のような両手を見つめて何度か握りなおす。

 何が、どうなってるんだ、この全身を覆う強化スーツってやつは。


 思い出して俺が部長を見やると、部長は声にならない悲鳴を上げて、家族を置いて一目散に駆け出して行った。


 俺は動けなくなっていた部長の奥さんに手を伸ばそうとして、そっとひっこめる。

 彼女の顔は恐怖に染まっており、それ以上干渉することが躊躇われたからだ。


 俺は彼女がベビーカーを押して逃げ去っていく姿を見て、ほっと胸をなでおろす。

 結局のところ、誰かの命が助かる事は、心に安心感を与える行為だった。


『現実世界に漏れ出した泡は恐怖に値しません』


 ほっとするのも束の間、冷静な女性の声が少しばかり得意げに語る。


『しかし一体何が何だか……』


 井の頭公園の池に写った俺の姿はアメコミのヒーローみたいだ。

 黒を基調とし、淡い緑色の線がところどころ模様のように走っている。


『ナノマシンによるマスターの個体概念の調整、及び人体強化完了。時間がありません。両足に力を込めてください』


「何のことだ、これで終わりじゃないのか?」


『空に残っている賢者の石が作り出した残滓<ポータル>へ、飛び込みます。全てが手遅れになる前に』


「ポータル? よく分からんがこれでいいのか?」


 地面にしゃがみ両足に力を込めて、顎を引いて空を見上げる。

 今日は月が綺麗だ。


「せーの」


 言われるがままに軽くジャンプした——はずなのだが。

 落下することなく弾丸のように空を切り裂いて昇って往く。


『Extreme coloringモード起動。事象の地平を突き抜けます』


 全身から七色以上の光を発して、俺の体はぐんぐんと上昇する。公園の明かりはもう見えない。雲を超え、飛行機でも届いたことがないであろう空へと俺は一瞬で到達する。


『対概念浸食シールド展開、マスター、意識をはっきり持ってください。ご自分のことをお忘れにならないように』


「な、何のことだよ、何しようってんだ!」


 雲は既に遥か足元に。

 どこまで上昇するのか、ぐんぐん俺は宇宙を目指して天へと昇る。

 その先に見えたのは月を背景に、薄緑色に光る見たこともない文字の海の塊だった。


『こんなとき人間は気の利いたことを言うと聞きました』


 空気の摩擦の摩擦音なのか、ゴゴゴと低音がずっと響く。


『——そうでした。こういう時はこういうらしいです』


 速度は減速することなく、目の前に迫った文字の海へ俺は突入する。


『無事でしたら、アイスくらいは奢りますよ』

この度は作品を読んでいただきありがとうございます。


『少し先を読んでもいいかなぁ』

『異世界 VS 現代SFに興味がある』

『かっこいいバトルと可愛いヒロインがもっとみたいかも』


と思っていただけましたら、最新話の広告下にある評価や、下のブクマを頂けますと、作品を続けていけるモチベーションへと繋がります。

もしよろしければお気軽にどうぞ。

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