灰色の俺と極彩色の魔女
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『黒い流星と極彩色の罪人 ー異世界の魔法に対抗するにはパワードスーツしかないー』
あらすじ
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俺は外の河で髭を剃っていた。
「いて」
異世界のカミソリは最悪だった。刃が一枚でシェービングジェルもない。三五歳の中年の髭は鋼鉄のように固いのでこの程度の刃ではカミソリの方が欠けてしまう。
「いっそ、高周波ブレードでも使ってみるか」
例の分子崩壊を起こす超絶危険ナイフで髭を剃れば中年オヤジの髭なんざ二度と生えてこないだろう。実際試さないし、試そうにしてもアトラスは今ここにないが。
あの戦略撤退から六時間、遥か彼方の村の端に落下した俺と魔女は人口数十人という村の端で、元馬小屋だった廃墟の小屋に厄介になっていた。
この馬小屋、屋根と壁があるだけマシなんだが、めっちゃ臭いんだなこれが。
着地した瞬間、アトラススーツは液体金属のようにヌルリと俺から剥がれ、スライムのようにぬめぬめしながら森へと這って行った。なんでも『捕食』と『日光浴』で原動力を回復するらしい。何を食べるのかはあえて聞かなかった。
たとえそれが生き物だったとしても、生き物を丸呑みするスーツを着用する身になってみろ。
なんか気持ち悪いだろ? 着用中に消化中の物体とかみたくないじゃん?
捕食中を想像したくないので俺は異世界移動で疲れ切ったアトラを笑顔で見送った。
俺の耳元の後ろにはアトラの一部が粘着し、状況を把握しているけど、必要なときは「蒸着」と叫んでくれといっていたが、それも恥ずかしいので別の言葉を打診しようと思う。
「どうすっかな、これから」
天は青空、実に清々しい。魔女は周辺を散策してくると行って出ていったまんまだ。
「しかしなんであの時、力が戻ったんだ……?」
元から俺が着ていたよれよれのスーツは皺以外何もない。俺自身もケガはない。けれど体の奥底から熱い気持ちが沸きあがっている気がした。
と、寄り添うように青い焔に飲まれた犬が俺の足にすり寄っている。不思議と燃えない。
この犬は炎に包まれすぎていて姿はよく分からないが、じっと見るとうっすらとシルエットが見える。これはあの時の青い狼だということは水sくできるが、この間抜けな顔にぷりぷりとした尻と切られた尻尾——。
「おまえ、犬種はオオカミじゃなくてコーギーだったのかよ……」
「ゴゥ」
炎が揺れるような音で、犬は鳴いた。
「あ、パスカル、そこまで戻れたんだね」
振り向くと真っ白なローブに逃走時の戦いの鮮血がべっとりと付いた魔女がにこにこと笑って、パスカルと呼んだ犬を手招きしてる。パスカルは嬉しそうに————炎に包まれすぎてて火の玉にしか見えないが————とことこと駆け寄り、魔女の前で腹を向けて寝そべったように見えた。
「お前、見た目スゲーな。血でスプラッターだよ。お化けも真っ青だよ。てか、なんか幼くなってない?」
連れ去られた時は、一五歳くらいに見えたが、今は無邪気な小学生低学年くらいに見える。
「館に隠してた魔術の秘密道具で、シエロの見た目を大人にしたんだけど、結局捕まっちゃった。もっと「威厳」出せばよかった」
ふん、と鼻を鳴らしてパスカルの腹をなでる。
「それより、あなた。その声慣れない」
「慣れないって、俺だって知らなかったんだよ。まさかあんな声出してたってな」
「もっと野太くて、とても偉そうなお爺さんかとおもったよ」
これも去り際のアトラに確認したが、アトラスを着ているときに俺が発した声はアトラスを通して再生される。その声質は変更できるが、開発者の趣味でデフォルトは元軍人でスニーキングミッションが得意なバンダナ軍人をイメージした声だったそうだ。めちゃくちゃ渋いおじさんの声らしい。
今はアトラが注入したナノマシンが声帯の震えを調整し、異世界言葉を喋っているそうだ。声質は俺のままで。
「まあ、おじいさんまではまだ先だ。それで、なんで俺からコーギー犬が出てきたんだ?」
「パスカルをあなたに移植したの。動きが止まったとき。できるとは思わなかったけど、上手くいったみたい」
「移植か、もしかしてそのせいでアトラスが再起動したのか……」
グロウスは魔力の塊だと黄金騎士はいっていた。
つまり青い炎の狼もグロウスならば、魔力の源になる力で出来ている。
どんな原理かは分からないが、魔力はアトラススーツの動力として偶然にもマッチしたのかもしれない。何とも出来過ぎた話だ。いや、あれだけの兵器なら動力源としてなんでも取り込めるだけの可能性はあるのかもしれな。
だって現に今、アトラは異世界の森に何かを「捕食」しに行ってるのだから。
いつも最後まで読んでいただきありがとうございます。
またお時間がございましたら、次話でもお待ちしております。
一刀想十郎@小説家になろう
@soujuuro