ビジネスマンと清楚過ぎる少女の幕間
現在の基本更新日は『月・水・金』です。
「坊ちゃま、如何なさいました」
坊ちゃまと呼ばれた青年は、いつものように整った身なりで海を眺めている。
数多くの指輪を嵌め、太陽に反射するピアスも付けていた。これほどまで豪華な身なりの青年はこの一帯にはいないだろう。しかしそんな彼でも憎々しげに海を睨みつける。
「俺の目の前で存在感を出すなど許しがたい、だから海は嫌いだ。代表取締役の前ならば、もっと頭を垂れろ。存在感を消すことを覚えるがいい。して使いの者はまだ現れんのか」
きつい目をしたメイドが空を見上げて時間を確認したとき、突如二人の前に人影が出現した。
この影はいつもそうだ。姿かたちなく、音もないままその場に幽霊のように現れる。
「わりわりぃ、遅れちまった」
「いえ、お時間丁度です」
メイドが丁寧に頭を下げた。
男とメイドの前にいるのは一〇歳前後の"清楚"な少女だ。
清楚なのは、顔立ちや雰囲気のみであり、未発達な体躯のくせに蠱惑的なパーティー用の真っ赤なドレスを身につけ、足元は赤いハイヒールを履いている。
両手にはレース付きの赤い手袋をはめ、まっすぐなストレートロングの髪は、体内の奥底から漏れ出したようなどす黒い赤である。
だがそれでも、身につけている衣類すらも清楚と感じさせる佇まいであった。
たれ目がちな赤い目は生気が宿っているのかいないのか、常に誰を見ているのか皆目見当がつかない。
男はその少女の目が嫌いだったが、それを思うことすら許されない気がした。
「時間ちょうどなら良かったぜ。こんな塩くせえとこで話すのもなんだ、早速行こうじゃねえか」
黙ってさえいれば、これほどまでの美しさを秘めた少女はこの世に存在しないだろう。歩き方や仕草もそこら辺の貴族より品があるのに、喋り言葉だけ品性を感じられない。
まるでこの姿とは別のところから話されているようにすら錯覚してしまう。
「で、どうだったボンボンの実験の方は」
「我の求める次元に達したものはいない。グロウスをインぺリウムするよりも、まだその辺の盗賊の方がマシだな」
「ケケケ、質だな、ああ、実に質の話だ」
青年の前を歩いているから分からないが、あの妙な笑いをしても彼女の表情は崩れていないのだろう。今まで表情が崩れたことがないのだから。
「インぺリウムをされる人間も、インぺリウムするグロウスも、地面に落ちてる犬のクソよりも質が悪かったってだけの話さ」
「我は上質なものをよこせと言ったはずだが、あれではビジネスにならん。騎士団程度に圧されてはいずれ尻尾が掴まれてしまうではないか」
「出来の悪い人参とジャガイモでは、豚の餌にもならんシチューしか作れねえぞ、頭いかれてんのか?」
「な、貴様——!」
相変わらず生意気な口調だ。少女が青年よりも底辺に生きる者ならば、青年は今すぐにでも首と胴体を切り離していたことだろう。
「事実を言ったまでさ。値段を上げるなら、質も上げろ。テメェの金勘定に俺を巻き込むんじゃねぇえぜ」
ふるふると青年が震えだし、我慢の限界かというとき、メイドがさっと口を開く。
「お言葉ですがシンク様。グロウスのほとんどが各国に捕獲されている今、質の良い素材を大量に手に入れるのは我が社でも困難な部分もございます。どうかご理解とご了承ください」
「いかなる理由があれど、俺は"可能性"がみれりゃそれでいい。だがそのうえで金だ質だと俗物まみれの小言をほざくならば、鼻から手を突っ込んで目から指を出したくなんのさ」
「くっ、だが我との契約は契約だ。こちらもグロウスの質は向上させるが、その分、インぺリウムした際の概念融合率を高める薬品を作り出せ。あとは副作用がない安定した魔術浸食抑制剤だ」
「口うるせえボンボンだ。女にはさぞ持てねえだろうな、ケケケ」
「ええ、坊ちゃまは私以外の異性とまともに話したことは、生まれてこのかたありません」
「黙れ、ラウダ、賞与に響くぞ」
はっ、と了承の声を上げ、ラウダと呼ばれたメイドは軽く頭を下げる。
「まあ、てめえらの資金提供と隠れ家のおかげで助かってるのは確かだ。もう少し色は付けてやる。俺の勇者様も悪い気はしてねぇようだしな」
到着したのは小奇麗な一軒家だった。
鉄格子を開けて、手入れされた庭を抜け、両開きのドアを開く。
すると中には一八〇センチほどの、真っ黒な甲冑の背中が見えた。
「よう今、戻ったぜ、ゲスどもを連れてな——おおっと、人前では黒甲冑とよばねえとな」
振り向くと真っ黒な鉱石で出来た兜と全身鎧に身を包んだ人物、黒甲冑が二人の前で軽く腕を広げ歓迎した。
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