羽化
となりの部屋で赤い時計が溶けていた。
もう時間はいらないのだという。だから、溶けてもいいのだと。
時計は溶けて、血になって、ドアからするする出ていった。
ドアの外には満天の闇があり、血は冷えた光をおびて、遠くへ遠くへ流れていった。
その光跡を見つめていると、からだに深い亀裂が走った。
ぱっくりと、わたしは割れて、なにも約束のない、次のわたしがひとりうまれた。
手も足も、どうしようもなく細いのに、不釣り合いなほど大きな羽が、とめどもなく床にひろがる。
羽ばたく場所を求めるために、ドアの外に出た。
流れ出た血の光跡は、いくつにも枝分かれをして、果てしなくつづく続く樹形図のように地平のかなたへ伸びていた。
この先のどこかに、わたしの部屋はあるのだろう。
その次のわたしの部屋も、そのつぎのわたしの部屋も。
わたしは、飛んだ。
おわりのないおわりという、わたしのいのちをいきるために。