ブクマ0だと俺が死ぬ
底辺なろう作家ならではの発想――というか、やけくそで書きました。
楽しんでいただければ幸いです。
<一日目>
白い部屋だった。
最初に視覚に入り込んできたのは、穏やかな白。
それからゆっくりと上体を起こす。
手のひらにひんやりとした床の感触。
そして鉄の重みがあった。
「は……?」
瞬間、体が固まる。
両手は床に備え付けられたボトルのようなものに、手錠で固定されていた。
自由が利かない。
慌てて周囲を見渡す。
すると目に入ってきたのは異様な光景だった。
手錠で両手を固定され、その場に釘付けにされている男女。
数人の目線が交錯する。
誰だこいつら?
何をしている?
というかここはどこだ?
「それに……」
何よりも異常だったのは、目の前にあるノートパソコンだった。
無機質なローテーブルの上に無造作に置かれている。
電源はついていて、液晶ディスプレイにはダブが展開していた。
急いで目をやる。
サイト名はー『小説家であろう』
『お目覚めかね』
声がした。
機械で加工したような、妙な声。
前方を見やると、声の主がいた。
黒い、ダースベーダーみたいなマスクを被った男。
煙こそ吐いていないが、そっくりなマントも羽織っている。
男は体を揺らして
『では、早速執筆してもらおうか』
「は?し、執筆?」
『そう。執筆だ。「あろう」小説くらい聞いたことがあるだろう?』
小説家であろう。
確かに聞いたことのある名前。
日本最大級の、小説投稿サイトだ。
日夜素人達が小説を投稿しては、一喜一憂しているサイト。
中には書籍化される大物もいるが、大半はワナビーつまり、なりたい人止まりで終わる。
そんなサイト。
「あろうがどうしたって……ていうか、この固定器具は」
『君たちに小説執筆に専念してもらおうと思ってね』
男は何が可笑しいのか、相も変わらず笑っている。
俺は怒って
「ふざけるな!あんた誰だよ!ここはどこなんだよ!!」
強く抗議する。
両手が上手く動かせないのがもどかしい。
男は笑って
『そうだな……私は死に行く者だ』
「……は?」
『死に行く者だよ。寿命なのだ』
男はその機械声で淡々と続ける。
『私には何も残されていない。もう時間がないのだ。だから』
そういって、その黒い手袋をはめた手を前方に突きだす。
『君たちを呼んだのだよ』
「……意味が分からない」
俺の首振りに
『別に分かってもらう必要もない』
男は肩をすくめて
『とにかく、ここに一人寿命を迎える男がいた。死に行く者だ。つらい。とてもつらい』
男は顔を伏せて
『そこで男は、最期に、どうせなら面白い小説を読んで死にたいと思ったのだ。最高に面白い小説を。……さて、どうしたらそんなものが読めるだろう?』
男はわざとらしく腕を組んで
『……結論は、死だ。死への恐怖こそが、人を必死にし、極上の物語を産み出しうるのだ。ー私はそう結論づけた』
『そこで』と、男はいったんひと息ついて
『男は手近にいた男女を片っ端から誘拐して、小説を書いてもらうことにした。ー死のペナルティつきで』
そういって、男は立ち上がり、こちらに近づいてくる。
俺は思わず身を固くした。
だが男は俺をそのまま素通りし、その白い部屋の後方に掲げられていた巨大なモニターを指差した。
『これを見たまえ』
ブン、というわずかな音がしたかと思うと、画面が点滅し、やがて光景が現れた。
それは凄惨で、異様なものだった。
同じ白い部屋。
白い部屋の中に、数人が机に釘付けにされている。
その誰もが顔をうつぶせにして、動く気配がない。
『これは君たちの前の世代の実験者だ』
男は淡々と告げる。
『残念ながら、彼らは一人として条件を果たせなかった。だから、死んでしまった』
他人事のようにそういう男。
表情は伺えない。
だが、それは残酷さというよりも、本当に憂いているように見えた。
「じょ、条件?」
『そう。条件だ』
男はまた再び足をこちらにむけると、先ほどまで座っていた小ぶりの椅子に腰かけた。
『君たちには、小説を執筆してもらう。『あろう』の中でね』
男は足を組むと
『私が満足するような小説を、君たちに書いてもらいたい。とても面白い小説を、だ。そのための条件として、君たちにはあらかじめブックマークを与えておいた』
「ブックマーク?」
『栞代わりに使う者もいれば、純粋に応援の意味でつけるものもいる、言わばユーザーからの小説の人気度の指標になるものだ。』
男はその無機質な声で説明しながら
『私は「あろう」上に、既に小説を投稿しておいた。いずれもブックマーク20を更新している。そのうちのどの小説を選んでもらっても構わない。条件は、私が満足する小説を書いてもらうこと。そして、死のペナルティは』
男はそこでゆっくりと声音を落とすと
『そのブックマークが0になることだ。これは、ブックマークが0にならないように工夫しながら、最上の小説を書いてもらうゲームなのだよ』
男はそこで、恐ろしいことに笑ったように見えた。
『さて、準備はいいかね?……作家諸君』
※※※※※※※※
<2日目>
男の言うことは本当だった。
どうやら、その部屋で目覚めたのは、俺が最後であったらしい。
他の参加者は皆、既にゲームの条件を理解して、必死に小説を執筆していたのだ。
そして男の言葉が嘘でなかったことも明らかになった。
「ぐあああああああああああああああああああああ」
絶叶が響く。
参加者の、中年男性の一人だった。
ブクマが0になった。
そういうことだろう。
男はそれを確認すると、やれやれと首を振って
『残念なことだ。』とだけ言った。
その日の内だけで、脱落者は3人居た。
先ほどの中年男性を覗けば、まだ年若い少年に、高校生くらいの少女。
どちらも電撃をその身にあびて死亡していた。
どうやら俺達をつないでいる手錠と『あろう』はコネクトされているらしく、ブクマが0になった時点で電撃が流れる仕組みらしい。
そのたびに男はため息をつき、まるで何でもないことのように先を続ける。
つまり、ひたすらノートパソコンを覗いて、参加者の小説をチェックしているのだ。
俺はこのゲームに参加させられたという衝撃からまだ抜けきれないでいたが、徐々に現実感を取り戻していたった。
異常なことに対する現実感。
つまり、目の前のダースベーダー野郎は狂っていて、最上の小説とやらを求めているということだ。
そのために『あろう』上に小説を用意し、そのブクマが0になったら死亡するゲームを開催している。
明らかにおかしい。
狂気のなせる業だ。
いつ攫われたのか記憶にないが、これだけ大がかりなものを用意できる人間だ。
あらゆる手法を用いて、この状況を演出したのだろう。
「……くそ」
だからといって、大人しくゲームに参加する筋合いはないのではないか。
例えば、ネットにつながっているのなら、すぐさま助けを求めることだって出来るのではないか。
最初はそう思っていた。
だが、このPCは、どうやら『あろう』にしかアクセスできない仕様になっているらしい。
ツイッターはもちろん、あらゆるSNSは接続不可になっている。
メールはもちろん出来ない。
クラウドへのアクセスも不可。
なら、『あろう』上のメッセージならどうか。
「……くそ」
無理だった。
メッセージを送ろうとすると、途端にPCがフリーズする。
『無駄だよ。諦めて小説執筆に専念したまえ』
俺の動きは筒抜けなのか、男はそうつぶやく。
俺は顔をそむけた。
『……まあ、気長にやることだ』
男は自分に反抗的な態度を、むしろ面白く思っているらしい。
俺は周りを見わたす。
PCが使えないのなら、ここにいる全員で男に襲いかかったらどうか。
だが、まずそんなことを呼びかけて、さすがに男が黙っているとは思えない。
しかも俺達は電撃付きの手錠を突き付けられているのだ。
うかつに動くことも出来ない。
……手錠と言えば、トイレなどをどうしているのか。
そう思っていたら、紙式の簡易トイレが手近に用意されていた。
老若男女問わず、仕方ないので、周りの目も厭わず、それを使って用を足している。
これでは、トイレに行く隙に男を襲うということも無理そうだ。
そもそも、俺よりも参加日数の長い彼等は、『死』への恐怖を身に染みて感じているのか、一心腐乱に小説執筆に取り組んでいる。
俺は目を閉じた。
<3日目>
何もしないというのは悪手だった。
ブクマが0にならないためには、何もせず、そのまま放置しておけばいいのではないか。
俺はそう考えたわけだが、残念ながら、『あろう』ユーザー達はそんなに甘くなかった。
放っておくと、ブックマークはすぐさま外されてしまうのだ。
現に俺に与えられた小説は、最初20あったブクマがすでに半分剥がれ、10にまで減っていた。
「これは……」
これは、うかうかしてはいられない。
この男の掌の上というのは非常に不愉快だが、そんなことも言っていられない状況になってきた。
俺は目を開き、小説を読む。
寄せられた感想を確かめる。
そして、執筆を開始した。
<4日目>
参加者の中には、プロの小説家もいた。
俺でも顔を知っているようなメジャーな人だ。
だが、彼等も容赦なくユーザーの目にさらされていく。
ブクマがどんどんと減っていく。
と思えば、ちょっと増えている。
その繰り返し。
更新するたびに、背中を汗が伝う。
どう思われるのか。
どんな風に読まれるのか。
展開を変えた方がいいのか。
いっそ新しく作った方がいいのか。
あらすじを工夫する。
誘導を作ってみる。
読点の位置を変えてみる。
内容をもっと分かりやすくしてみる。
肌色成分を増やしてみる。
そんな必死のしのぎ。
時間はどんどん過ぎていく。
<5日目>
『これだ。これこそが、私が求めていた小説だ!!」
男が快哉を叫んだ。
どうやら、例のプロの小説家がやってくれたらしい。
ブクマ4桁。
総合ポイント万越え。
彼の額を汗が伝う。
『面白い。実に面白い。』
男は満足そうにうなずいている。
これは……助かったのか?
いつしか連帯意識を持っていた参加者同士が顔を見合わせる。
やっと終わった。
何万字書いたことだろう。
何万字どぶに捨てたことだろう。
いくつの時間が過ぎていったことだろう。
とにかく、終わった。
そう思っていた。
……しかし。
『これだよ。これこそ私が求めていた小説だ!!面白い。実に面白い!!』
興奮して叫ぶ男。
その興奮が、よくなかった。
……男の言葉は本当だったらしい。
『……ぐ、ぐわ……あ、ああ』
突然、胸を押さえた男。
『ぐ……こ、ここまでか』
そして、男は倒れた。
そこまでだった。
「……お、おい」
「お、お前」
「ちょ、ちょっとどうなってるのよ!!」
口々に叫ぶ参加者たち。
だが、男には声はもう届かない。
寿命を迎えたのだ。
ゲームマスターがゲームを降りてしまった。
だが、手錠は動かない。
無情にもつながれたままのそれ。
そして、ゲームは続いていく。
<???日目>
何日経ったことだろう。
何年が過ぎたことだろう。
俺は未だに小説を書き続けている。
参加者は次々と死んでいった。
ブクマ0.
「ぐああああああああああああああああ」
ブクマ0。
「あああああああああああああああああああ」
ブクマ0.
「がああああああああああああああああああ」
いつまでも人気な小説などありえない。
いつまでも保たれる小説などありえない。
とくに、この電子の海では。
「それでも……それでも……」
もう食料もつきた。
遅かれ早かれ俺は死ぬだろう。
それでも、それでもまだあきらめたくない。
読者に、届いてほしい。
俺は、だから、『この章』を書いた。
これを読むであろう。『お前達』に向けて。
「頼む……助けてくれ」
そうつぶやいて、俺はエンターを押した。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。




