第1話 1
第一話 入社式で巻かれちゃう?
話は今年の四月にさかのぼります。
入社式ではあたしと「雪ちゃん」との出会いがありました。
そして次々とトラブルに巻き込まれていったのです。え?ウソ!あたしが巻き込んだの?
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あたくし鉄火マキは四月一日水曜日の今日、晴れて衣ケミカル株式会社へ入社することができた。
衣ケミカルは巨大財閥、衣カンパニーグループの中の一つの会社で、化学業界では売り上げ30位くらいの中堅という位置づけだ。各地に事業所があって、あたしは神奈川県三浦市にある三崎工場の物流部門に配属されることになっていた。
今日から来週月曜日までの、土日休日を除いた四日間は本社や研修センターにてオリエンテーションなどの研修がみっちりあり、火曜日は移動日で、工場には来週水曜日から出勤するスケジュールになっていた。
本社は東京の地下鉄六本木駅の近くの小さなビルで、本社採用の新入社員は一階の玄関ホールに集合して来ていた。
同期入社となる同じ位の年齢の子が二十人くらいいる。理系の会社だからなのか、多くは男の人で、女の子はほんの六人程度。男の子は眼鏡率が高いかな?みんな黒やグレーの新しいリクルートスーツに、名前と所属先が書かれた名札をつけている。周りでは大学の友達同士なのか、既に親しそうに話をしている人もいた。
あたしは地方出身なので知り合いは一人もいなく、自称人なつっこいあたしでも少し気後れしてしまう。実家は青森県の北の端なので、基本的に人混みは苦手だ。
さらにあたしは体があまり大きくない方なので、人が多いと埋もれてしまって周りが見えなくなってしまう。
周りの女子達も緊張しているのか、いつの間にかホールの端の方に女子のひとかたまりができていた。
気がついたら、隣にスタイルがとてもよく、おっとりとした感じの女の子が立っていた。あたしの赤っぽいショートの癖っ毛とは対照的に、栗色のきれいな長い髪をしている。着ているスーツも高級そうで、どこかのお嬢様みたいだ。胸の名札カードには「三崎工場。衣奈メル」って書いてあった。衣奈?どこかで聞いたことがあるような?衣奈さんはすこし垂れ目がちで優しげな顔をしている。
こちらを見て、何か話しかけたそうにもじもじしているので、あたしから話しかけてみた。
「あたしは鉄火マキっていいます。三崎工場の物流課配属の予定です」
「は、初めまして。まあ、オリンピックのマラソン代表候補の鉄火マキ様ですか?同じ配属先でしたのね。
わたくしは衣奈メルと申します。わたしは総務課配属なんですよ。よろしくお願いいたしますね。
わたくしマキ様にお会いできて光栄です!
マキ様のお姉様はご高名な鉄火レイカ様ですわよね?ご姉妹で優秀でいらっしゃいますのね」
初対面なのに、あたしのことに妙に詳しい人がいたよ!ホントは元代表候補なんだけどね。
「え、まぁ、でも不肖の妹なんですよー。あはは・・・」
あたしの姉はこの化学業界では結構知られているようだ。鉄火という珍しい苗字もあって、かなりの頻度であたしがあの姉の妹だとばれてしまう。そんなに似ているのかな?それにしてもマキ「様」って・・・?
衣奈さんはにっこりと微笑んで、
「お姉様のご高名はお伺いいたしております。とても立派な方ですね。マキ様は目元がそっくりで、すぐにわかってしまいましたよ?」
あたしの姉は大学教授だが、ある化学分野の研究で有名で、よくTVや雑誌のインタビューを受けたりしている。先日は某化学雑誌の巻頭グラビア(?)を飾っていた。化学雑誌なにやってんですかー?日本の化学業界大丈夫ですかい?
そこへ熊のように体が大きくて、『眉毛の濃いイタリア人』のような顔の男子がやってきた。筋肉質でガチムキって感じだ。
「おう鉄火か?久しぶりだなー!同じ工場配属らしいな!よろしくな!相変わらず鉄火マキって名前はマグロみたいだなー!ははは!」
あたしはマグロ呼ばわりされて、緊張も忘れて一瞬で切れた。
「あんた誰よ?初対面のくせにあたしをマグロ呼ぶな!今度呼んだら蹴り入れて、二度と口きいてやんないからね!」
って大きな声で言ってしまった。普段なら先に蹴りを入れるのだが、今日はスカートなので我慢してやった。あたしってば理性的!
あたしの剣幕にびっくりしたのか、熊っぽい男子は、
「お、おぉう。いや、なんかごめん」と、少し頬を赤くしてすごすごと元の方へ戻って行ってしまった。小声で「えー、また忘れているのか?」とつぶやきながら。
熊っぽい男子の後ろ姿を見て、どこかで見たことがあるような?ないような?
あたしはいつの頃からかマグロって呼ばれるとすぐに切れてしまうようになっていた。小さい頃から名前で散々からかわれて来たためだ。
今の騒動で周りの人が引いてしまったのがすごく感じられた。あたしの会社デビュー失敗か!?どうしよう。やっちまったかもしれない。
くっそーっ、あの熊っぽい男子め!後で蹴り入れてやる!しかも呼び名が長いから熊男って呼んでやる!
と、そこへまたもや元気な関西弁の女の子が寄ってきた。千客万来だ。
「あんた元気やなあ!お、あんたもウチらと同じ三崎工場か、よろしゅうな!」
その女の子は少し浅黒く、日本人離れしたくっきりとした顔立ちで、髪は金髪の緩いウエーブのロング、同年代とは思えない大人びた色気があり、入社式というのに大きく胸の開いたブラウス(谷間が見えちゃってますけど!)にスーツ、スリットの入った短いスカート。男の人だったらちらちら見てしまいそうな、ボンキュッボン(すでに死語?)なスタイルをしていた。
いや、あたしも負けてませんけど!時々男の子に間違われますけど!それがなにか?
「姉さん、初対面の人に『あんた』はよした方が・・・」
後ろから同じように少し浅黒い顔で背は少し低く、金髪で目鼻立ちがくっきりとした男の子が、控えめに女の子のスーツの裾を引っ張っていた。
きゃーっ。あたしこの子知ってる!彼は体操で有名なレイノルズ・層君といって、日本と人とインド系アメリカ人のハーフ。体操の日本代表メンバーにも選出されている期待のホープだ。
わたしはなにをかくそう層君の大ファンで、SNSで彼の記事をチェックしたりしている。だって爽やかでかっこいいじゃん?目もくりっとしてて。あたし美少年が大好物です!
ということは、女の子は双子の姉のレイノルズ・乱さんだったのか。体操の時と髪型が違うので直ぐにはわかんなかった。二人とも同じ三崎工場なんて、何という偶然!何という奇跡!神様ありがとう!
「鉄火、マキちゃんか。マキちゃんって呼んでもええ?」
乱さんがあたしの名札をよみながら、顔の近くまで迫ってきた。
何この人?いいにおいがしてどきどきしちゃうんですけど。あたしも大概人なつっこいといわれるが、この人はレベルが違うわ。
すると横から衣奈さんが慌てたように、
「わ、わたくしもマキちゃんと呼んでもよろしいでしょうか?」
とあたしと乱さんの間に割り込んできた。
いいねー。同じ工場の女の子と親しく呼び合うのは。
「あたしも乱ちゃん、メルちゃんって、呼んでもいいかな?」
あたしの横でメルちゃんと乱ちゃんが小声でひそひそと話しをしていた。
「乱さんここは協定を結びませんこと?」「そやな、ええでお嬢。お互い言わんとこな」
「ん?メルちゃんなに言わんの?二人は知り合い?」あたしは地獄耳なので特にひそひそ話はよく聞こえる。
「マキちゃんのスーツ姿、とってもキュートですわよ!」
「えー、そーかなー、えへへ」なんかごまかされた感じ?
乱さんの後ろで、層君が苦笑いをしていた。でもそんな層君も素敵です!
周りの男の子達が、
「何で三崎工場ばっかり女の子三人も!」「三崎の子かわいいなー」「俺、右の髪の長い子が好みだな」
とか、言ってるのが聞こえる。ふふん、うらやめ、うらやめ!
「でも真ん中の赤い髪のちんちくりんはいいや」
今言った奴!あとであたしのスーパーキック入れちゃる!覚えとけ!