一巻目(ひとまきめ)巻かれちゃいましたー 第0話 1
一巻目 巻かれちゃいましたー
第零話 巻き込まれる日々
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もうすぐ年末の連休に入ろうとする十二月中旬。あたしは旧事務棟の二階で各課から集まってきた設備の点検簿をまとめていた。だだっ広い部屋の中央には三つの机があるだけで、隅には埃まみれの段ボールが転がっている。今年新しい事務棟が完成し、他の課はみんな新事務棟に引っ越してしまったので、旧事務棟にはあたし達環境安全課の三人しか残っていない。
ここ三浦市は神奈川県の南の端で比較的温暖な土地だ。しかし工場は海辺に接していて、風が強く吹き込んでくる。さらに、築四十年も経った旧事務棟の建屋は古いスレート葺きで、あちこちに隙間ができているのでちっとも暖かくならない。いくらあたしが北国出身でも作業服を着ているだけでは、寒いものは寒い。
「せんぱーい。もっと暖かい部屋に移りましょーよー。雪ちゃんが冬眠しちゃいますよ?」今、部屋にはあたしと本能寺先輩の二人しかいないので、仕方なく向かいの机の先輩に愚痴を漏らす。先輩はあたしを完全に無視して、パソコンに向かって自分の仕事を進めている。室内にかちゃかちゃとキーボードをたたく音だけが響いている。つま先からさらに冷えてきた。
あたしがこの工場に配属になったのは今年の四月だ。本当は物流課に配属の予定だったのだが、なぜか環境安全課に異動になっていた。
今年はいろいろあって大変だったから、年末の長期休みに入ったら姉妹で一緒に実家に帰ろうかしらん、とか思いながら冷めた玄米茶をすすり、ずれた膝掛けをかけ直していた。
すると、急に緊急ベルが鳴り響いて、女の子の声で緊急構内放送が聞こえてきた。総務課のメルちゃんだ。
「緊急放送です!製造部の中間プラントから製品の漏洩がありました。付近の人は避難を開始してください!自衛消防隊は至急現場へ急行して漏洩の拡大を防止してください!」
「マキちゃん。現場にいくぞ」ぼそっと、それだけ言うと、本能寺先輩は事務所入り口横に掛けている黄色いヘルメットと保護眼鏡、皮手袋を身につけて、素早く部屋を飛び出していった。
「せんぱーい、待ってくださいよー!」あたしは緊急事態の時に現場へ持って行くA4サイズのタブレットPCと、小型の有機溶剤検知器を机の上の充電器から引っこ抜いた。外は寒いだろうと、紺色のドカジャンを着込んでから、ヘルメットと保護眼鏡を装着して、急いで階段を下りていく。