06. 佐久間と陛下、街に着く。
丘を越えて着いた街は、どうやら宿場町のようだ。街道に面していて人通りが激しく、表の通りには色んな店が並んでいて活気が溢れている。
「うわあ……! 実際に近づいてみるとすごいですね」
「そうだな。よし、ここで降りるか」
街の手前で馬から降りた陛下が私を降ろそうと手を伸ばす。
「手を煩わせてもいいのですか?」
「何度も言ってるだろ? これくらい気にするな」
「では、お言葉に甘えて」
肩に手を添え、脇を抱えられる形で馬から降り、両足で着地する。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「んー、久々の自由だー! 外だー!」
両手を組んでから、ぐ、と体を伸ばす。こっちに来てからずっと塔の中に居たから、肺に取り込んだ空気が美味しく感じる。
「サクマ、残念な知らせがある」
「うん? なんですか?」
「食事を取る前に服を買う必要があるぞ」
伸びをやめて自分の服装を確認する。ブラウス、カーディガン、タイトスカート、パンプス。そして街にいる女性を見ると……長袖に足まですっぽりと覆ったワンピースに、ローブを羽織り、頭には布を巻いている。布の生地も、粗野というかごわついていると言うか……うん。日本と全然違う。これは目立つ。
「ここで一式揃えます?」
「サクマはこの街を出た後はどうするつもりなんだ?」
「首都に行こうかと考えています。木を隠すのなら森の中と言いますし、お金も稼げて情報も集まれば一石二鳥かと」
「なら、外套だけ買えばいいだろう」
「陛下はどうするのです?」
「俺か? 俺は別に……」
「待ってください皇帝陛下」
短く返すと陛下が眉根を寄せ、しぃと人差し指を口に当てる。
「おい、誰かに聞こえたらどうするんだ」
「ではルドルフ様、はっきりと申し上げてもよろしいでしょうか」
「……ああ」
「ではお言葉に甘えて」
すっ、と息を吸ってから、一気に言葉を吐き出した。
「恐れ多くもルドルフ様はご身分の高い方でいらっしゃいます。そしてそれは服装で見ても一目瞭然です。庶民よりも遥かに質の良いもので出来ている、かと思います。そんなルドルフ様がその御召し物のまま街中を歩いていたら、どう思われるでしょう? カモがネギ背負ってやってきた! 今夜は鍋だ! やったぜ! ……と思われても致し方ないかと」
「何だその例えは」
「気分です。なので陛下も外套が必要では?」
「ふっ。サクマ、俺を何だか忘れたか?」
にんまり、と笑った陛下が私に近寄り、耳に手を当てそっと囁いた。
「俺は姿を隠すことが出来る」
離れた陛下を見上げると、まだ笑った表情を崩していない。
「それ狡くないですか?」
「狡くはないだろ。俺の今出来ることを生かしただけだ。と言うわけで、頑張れサクマ」
「はぁ!? 私一人で買い物ですか!?」
「馬を売るのは俺がするが、その後二人で行動すると目立つだろ? なんだサクマ、買い物も一人じゃ出来ないのか?」
「失礼な。買い物ぐらい……一人で出来ますが、ここの金銭の価値や単位が分かりません。ぼったくられたらどうするのです?」
「そこは勉強だ。流石に可笑しいと思ったら俺も出るさ。出来るだろ? むしろ、それくらい出来ないとこれからが困る」
「くっ……」
ああ、そうだ。金銭感覚を掴まなければ今後買い物する時に支障が出る。
「畏まりました。それで、買わなければならないものは?」
「うん? サクマの外套と食事でいいだろう。ひょっとすると宿の一階で食事が取れるかもしれないからそれでも……」
「陛下の、ルドルフ様の欲しいものは?」
尋ねると陛下が目を丸くする。
「食事は食べる場所があるなら一緒に取っても構いませんし、店で買ってからどこかで座って食べても私は問題ありません。他に必要なものがあるなら私が買ってきます」
きょとんとした顔で、陛下はこちらを見ている。……何かおかしなことを言ったのだろうか。
「身分の高い方と同じテーブルや同じ空間で食すことが無礼に当たるのならやめますが……」
「サクマ」
「何ですか?」
「サクマは、俺の主人だぞ」
今度はこちらがきょとりと目を瞬く番だった。
「一応、名目上は。でも、陛下の方が身分が上、ですよね?」
「まぁ、そうだな」
「恐らく歳も上かと」
「それは確実だ」
「敬うことに何か問題あります?」
緑色の目を瞬かせた陛下だったが、すぐに胡散臭そうに目を細めた。
「敬っていたのか、お前」
「敬っていますよ、これでも」
「砕けすぎていると思うが」
「だから最初に言葉遣いが出来ていないし無礼な態度を取ると断ったじゃないですか。気にするなと言ったのは誰です?」
「はいはい、俺だったな」
「それで、どうします? 頼まれた物を買ってきますよ。こう見えても下っ端でしたからね。使いっ走りぐらいは慣れています」
「それもどうかと思うが……まぁ、いいか。食事についてはサクマに任せた。欲しいものも考えておこう。行くぞ」
「了解しました」
20180711 最終改稿済