04. 佐久間、少女と会話する。
目を開けると、あの少女がいた。
床に膝をつき、片手を胸元に当て、すがるようにこちらを見つめている。どうやら、意識を飛ばした瞬間に彼女と繋がったらしい。
「……悪いけど、今度にしてくれない? 今は少しでも体を休めないといけないの」
「救世主様……」
「やめて。私は救世主ではないと、何度も言ったでしょう」
「………………」
少女は、押し黙る。沈黙に耐えきれず、ため息を吐き出した。
「ねぇ、本当に私とあなたを切り離す方法はないの?」
「……私は、不要ですか?」
「あなたが、私が逃げてどこにいるのかを連中に知らせるかもしれない。それに、私とくっついているってのも嫌でしょう? あなたにはあなたの人生があるんだし」
「私の人生は……命は、あなたさまに捧げられました」
少女は、絞り出すように言葉にする。
「それはこの国を救うため、民を守るためです。……その使命を得て、私は生まれました。そして……」
少女は手を伸ばし、目隠しを解く。するりするりと、包帯のような布が滑り落ち、白い睫毛に飾られた瞳は、うさぎのような赤い色だった。
「救世主様のお力になることで、私たちは光を見ることが出来て、光の下を歩くことが出来ます。それは何物にも、変えられないもの……どんなに欲しいと手を伸ばしても届かないものです!」
「……やっぱり、アルビノか」
別名、先天性色素欠乏症。紫外線を吸収する色素・メラニンの欠乏により白くなり、その結果、紫外線に弱くなる。――眩しくて外で目を開けていられず、肌が日に焼けてしまう。
「救世主様の言葉では、そう言うのですね。私たちは『神に選ばれた子羊』とも呼ばれます」
「子羊?」
「はい。白く生まれた人間は光に弱くなる代わりに、普通の人よりも多く魔力を生み出すことが出来ます。神の元に呼ばれ、お仕えするために白く生まれるのだと」
手を胸元で合わせる少女に、舌打ちしたくなった。子羊だなんて、本当に、生贄を示唆しているものじゃないか。
「神殿にあれだけのアルビノがいたのは? 私が知っている話では、白く生まれる確率は低いはずよ?」
「私のように突然生まれるものもいますが、巫女長のように、代々巫女を受け継ぐ家の出身者もいます」
「……遺伝させて、数を確保しているのか」
腕をさする。中々に気味が悪い話だ。
「話を戻すわよ。私とあなたを引き離すことは可能?」
「無理です、出来ません」
「どうして?」
「術式であなたの魂を私の体に主の魂として繋ぎ止めています。術式をどうにかしない限りは離れられません」
「術式か……召喚術って言うの?」
「はい。神殿が秘匿し、行っているものです。なので、もし私とあなたさまの繋がりを断ちたいのであれば神殿で術を……」
「そんな術があるの!?」
「あ、あるかどうかは分かりません。術を行うのは神官の務めで、巫女の私ではそこまで存じません」
「はぁ。そっかぁ」
と言うことは、術に詳しいのは神殿にいる人間ってことか……救世主がのこのこと現れて「帰る術式を教えてくれ、もしくは帰してくれ」って言って通じるのかしら……無理、だよなぁ。
「……救世主、様?」
「他に方法は?」
「……私では、ちょっと」
「そういうのに詳しい人は、神官以外にいないの?」
「存じません」
「……はぁ。地道に探すしかないかなぁ……ねぇ」
「何でしょう」
「このこと、神殿に告げ口するの? 狼煙を上げて逃げた救世主がここにいると知らせるの?」
「そんな! そんな術は……私には……」
少女が、目を伏せる。
「私は今、救世主様と一心同体です。救世主様の御心のままに、私たちは従うように言われています」
「神殿に反旗を翻した場合は?」
「………………」
黙秘、か。何らかの術があるのだろう。頭に入れておく必要があるようだ。
「とにかく、私は元の世界に帰る方法を探す。その過程であなたと私を切り離す方法もね。それに不満は?」
「……どうして、そこまでして元の世界に帰りたがるのですか?」
「え? はぁ?」
少女の問いに素っ頓狂な声が出た。
「当然でしょう? 向こうには家族がいて、長い時間かけて築き上げた地位もある。故郷に帰りたいと願うことは悪いことなの?」
「……救世主様は、向こうの世界が嫌でこちらに来たのでは」
「そんなことないわよ。不満はいっぱいあったけれど、楽しいことだって探したらいっぱいあった。そんなの全部捨てると思う?」
怪訝な顔で少女に言うと、少女の瞳が徐々に大きく広がっていく。
「……何?」
「お気づきでは、ないのですか?」
「……何に?」
「だって、救世主様……! あなたは、もう……!」
「サクマ」
肩を揺られて目が覚めた。辺りは木々で囲まれ、霧が立ち込めている。
「もうじき日が昇る。そろそろ移動するぞ」
「……はい」
ぼんやりとする頭を軽く振って起き上がろうとすると、私の胸元から何かが滑り落ちた。見ると深緑色の詰襟の服が、上に掛けられている。どうやら、男性が掛けてくれたようだ。相手の服をこれ以上汚さないように気をつけながら持ち上げて立ち上がり、同じく膝から滑り落ちた私のカーディガンは無造作に拾う。土を叩いてから、それを馬の様子を見ている男性のところまで持って行った。
「こちら、ありがとうございました」
「ああ。寒くなかったか?」
「お陰様で大丈夫でした。そちらは寒かったのでは?」
「いや。これくらいは大丈夫だ」
男性に服を返し、そういえばと言葉を続ける。
「まだお名前を伺っていませんでした。聞いてもいいですか?」
「ああ。俺もサクマに聞きたいことが山ほどある。移動しながら話そう。出来るだけ距離は稼いだ方がいい」
そう言って、彼は木に繋いだ馬を示した。
20180711 最終改稿終了