09. 佐久間、確認する。
宿屋の固いベッドで目を覚ました時には、既に部屋は暗闇に飲まれていた。枕元のスマホに手を伸ばして時間を確認する。今は……十八時か。
「よく眠ってたな。体調はどうだ?」
「……問題ないです」
声を掛けてきた陛下に寝ぼけ眼のまま返事をする。眼鏡を掛けて顔をあげると、かなり近い位置に陛下の顔があった。
「うわっ! そこに居たのですか!」
「失礼だな。居たら悪いのか?」
ベッドに肘を付き、その手に顎を乗せている陛下。起きてすぐ近くに美形の顔は……ご褒美の何物でもないが、やっぱり心臓には悪い。
「それで、話は……」
「それよりも先に夕食を取ってこい」
「はい?」
「もうすぐこの時間を過ぎたら用意してもらえなくなるぞ。話はそれからでも問題ない」
淡々と話す陛下に首を傾げる。寝る前と態度が少し違うのだ。私の態度や発言が悪くて怒っているのだろうか。
「……畏まりました。陛下はどうします? 一緒に降りますか?」
「いや、俺の食事はいい」
「どうして……」
「それも後で話すさ」
そう言って、陛下は姿を消す。またスマホの中に入ったのだろう。スマホの明かりを頼りにベッドから降りてパンプスを履き、マントを羽織って部屋を出る。
宿は三階建になっており、一階はエントランスと酒場、二階は男性用と女性用で部屋が別れ、三階は一人か二人用の個室が用意されていた。一泊二日で金貨を要求されたのにはびっくりした……おそらくスイートルームの位置付けなのだろう。二人部屋を押さえることは出来たが、後から父がやってくると言うと宿屋の主人は怪訝な顔をした。……妙齢の女性が父親と二人で宿泊するのが珍しいのだろうか。
一階へと降りるとオレンジ色の灯りに照らされ、部屋の中は随分と騒がしかった。
エントランスの隅では幕が下ろされ、先ほど来た宿泊客が幕の内側で湯で清めている声が聞こえ、カウンターの近くではそれ用の湯が大釜で沸かされている。その奥にある酒場は用意されたテーブルに客が座り、手に木で出来たカップを持って飲んで騒いでいる。……全く知らない土地でも、人の営みはいつも通り行われている。それに少し安堵して、酒場へと向かった。
「よう、注文はどうする?」
どこに座ろうかと見回した結果、カウンターしか空いてなかったのでそこに座る。酒場の主人が聞いて来たが、どこにもメニューが書かれていない。
「えっと、食事を取りたいのですが何がありますか?」
「パンとスープならすぐに用意できる。あとは、スパゲッティが時間はかかるが用意できる」
時間がかかるのは……面倒だな。さっきから周りの視線が気になる。
「ではパンとスープを」
「飲み物は? エールとビール、それにワインがある」
エールって、何だ? ジンジャーエールのエールでいいのか? 炭酸飲料ってことか?
「エールで」
酒場の主人が木のカップを取り出して樽の中の液体を注いで目の前に置いた。
「ありがとうございます」
中を覗くと、発泡している液体がなみなみと満たされている。
次いで主人は奥から持って来たパンとスープを目の前に置いた。神殿でもほぼ毎食がこれの組み合わせだったから、これが主食でオーソドックスらしい。
「いただきます」
手を合わせてから食事に取り掛かる。まずはエールを少し飲む……これ、酒か? ほんのりとアルコールの感覚があって、香りが良い。ビールに近いような……違うような。ビールが苦手な私に取ってはこちらが苦味がなくて飲みやすく感じる。……蒸留酒なら幾らでも飲めるのだけどなぁ。パンは大きいものを切り分けた、恐らく全粒粉入りのもの。スープは肉にキャペツに人参、それから……。
「おおいそこの! 部屋の中にいる時くらいフードを取れ! 礼儀がなってないぞ!」
背後のテーブルから大声が聞こえた。すぐにまぁまぁと押さえるような会話が聞こえる。酔っ払いか。気にせずスープを口に運ぶ。……胡椒が欲しいな。
「……脱がなくていいぞ。顔を見られるのが面倒だ」
陛下の声がスマホから聞こえる。周囲の喧騒に飲まれず聞こえる、ということは陛下がそれだけ大声を出しているか、何らかの使い魔と契約した効果があるのかもしれない。
「おい、そこの!」
「よせって!」
酔っ払いの絡みは続く。これは面倒だ。満足するまでやめてくれないだろう。
「脱がないのか?」
聞いて来た主人に対し、顔を少しだけあげる。
「申し訳ありませんが、顔に傷があるのであまり見られたくないのです。無礼ですがお許しください」
「そうか」
適当に答えると、主人が酔っ払いの元へ行く。背後の騒ぎが徐々に収まって行くのを確認して、ほっと息を吐き出した。
「あんた、俺の前にカウンターで受付していたよな? 父親は?」
「行商人をしていまして、まだ仕事をしているようです。長引くようなので私だけ先に宿に入りました」
隣のおっちゃんからの問いも適当に交わす。……頼むからこれ以上嘘付かせないで。絶対ボロが出るのだから。
「へぇ、じゃああんたも行商人なのか」
ほら、ほら、ほら!
「ははは……私はまだ未熟でして、父について勉強しているところなのです」
「女が?」
「……はい」
「それは大変だな」
隣のおっちゃんとの会話はこれで終了した。娘が父の仕事を継ぐために勉強する……何もおかしなところはないと思うのだが、もしかして男性優位の社会なのか? 私の国でも世界的に見ても、元々は男性優位で女性の権利は低いもので今でもそれを引きずっているところはあるが……今は何年だ?
「すみません。今って何年の何月ですか?」
「あ?」
「国によって暦が違うのです。この間聞いたのですが、ちょっと忘れてしまって」
「暦が違う? あんた何処から来たんだ?」
「東です」
「ああ、東なら仕方ない。今は一二四八年三月だ」
「一二四八年……紀元の始まりは?」
「紀元?」
「いえ、何でも」
「暦の始まりか? それは救世主様が王として君臨した日……だったはずだ」
「救世主様……」
怪訝な顔でこちらを見たおっちゃんに何でもないと告げ、ごまかすためにエールを飲む。
これで暦は分かった。日本の和暦とは違う、西暦に準じたものだ。そして救世主様がどうのこうのと言うことは……一つの宗教が、文化の中心になっていると過言ではない。キリスト教圏と同じか。そして過去にも救世主が居たことが分かった。この救世主が私と同じように召喚された可能性もあるし、どこかの国の人間かもしれない。……と、言うことは聖地もあるはずだ。
そして、確実に分かったことがある。
神殿の関係者ではないであろう一般人が、私が知っている暦とは違うものを口にした。これでここは私が居た現代日本とは全く違う時代の全く違う、見知らぬ土地だ。
「それでは失礼します。良い旅を」
ささっと胃にスープとパンを流し込み、笑みと共におっちゃんに会釈し、席を立つ。これ以上情報を聞こうとすると怪しまれる。出来るだけ少しずつ集めないと。
「会計を」
「銀貨五枚だ」
「丁度で。ご馳走様でした」
ポケットから銀貨を取り出してカウンターに置き、酒場を出た。エントランスを突っ切り、暗い階段を昇り、部屋へと向かう。三階の廊下に辿り着いたところでようやく息を吐き出した。
「はああ……」
なんとかやり過ごした。知らない人と話すのは神経を使うからあまり好きではない。一時期クレーム対応していたから慣れているには慣れているが、やはり疲れる。
自身の部屋に入り鍵を中から掛ける。部屋の中は真っ暗だ。することもないしこのままベッドに行こうかと近づくと、とんと額に指が当たった。
「おおっと。寝る前に話し合いだ」
目の前には影。急に現れた陛下だ。
「……そうでした」
すっかり忘れていた、なんて言えない。
「それで、何処から話す?」
私から離れ、陛下は長持の上に腰掛ける。こちらも、マントを壁に掛けてからベッドに腰掛けた。
「ではまず召喚士と使い魔について。神殿で少し話は聞いていますが詳細までは分かりません。陛下は何処までご存知ですか?」
「俺が知っているのは、召喚士は過去の英雄や偉人を召喚し、使い魔にするってことだ。俺が英雄や偉人だってことには実感はないが、皇帝や王に選ばれたからそうなんだろう」
そう言って、陛下は腕を組む。部屋を照らすのは、蝋燭とスマホのライトのみ。薄暗がりの中での陛下の表情は、上手く読み取れない。
「使い魔というのは? 物語や創作の中では人間以上の力を持つと語られていますが、実際はどうなのでしょうか?」
「お前は俺にそんな力があるように見えるか?」
「? いいえ」
目の前にいるのは人間だ……普通の、人間。皇帝陛下ではあるけれども、人間以上の、兵器のような力を持っているようには見えない。
「鍛えられていて武芸に秀でているようには見えますが……」
「まぁ、そうだな。何度か戦場に出て戦ったことがある。あとは、領主としての経験と、王となって政に携わった経験があるくらいだ。ただ、これが人間以上だと言われることがひとつある」
陛下が、こちらを向く。エメラルドの瞳と視線がぶつかる。
「俺は既に死人だ。もう生を終えている」
「!」
「だから食事を取る必要もないし、睡眠を取る必要もない。しかし、活動するにはどうやらサクマの力が必要のようだ」
「私の、力?」
「ああ。その、スマホを見ろ」
スマホの画面を付ける。何かおかしなところがあったのだろうか。
「俺が外に出て活動すると、この中の力を使う。そしてこれはサクマと繋がっているらしい」
「私と?」
「ああ、ここを見てみろ」
側に来た陛下がスマホの左上……電池量の表示を指で叩く。
「サクマがあの蜘蛛の女性と話している時に、かなりの勢いでこれが減っていた」
「あ」
「そして俺が外に出ていると同じように減る」
目の前で、電池のパーセンテージが一減った。現在六十パーセントだ。
「今まで減っても微々たるもので、サクマが寝たり食事を取れば回復している。だからこれはサクマの体力だと思うんだが、どうだ?」
「恐らく、そうでしょうね」
「俺が外に出て疲れやすいか?」
「うーん、疲れる要因が……たくさんありすぎて、何とも言えないです」
「これがゼロになったら、どうなる?」
「どうなるって、それは……」
電池が、なくなる。
それはスマホが全く機能しなくなるということ。動かなくなること。充電しなければ使えない状態。それが、私の体力と直結しているのなら、それは。
「………………」
二の腕をさする。死なない限りは体力が減ることはない。過労に気をつけていれば問題ないだろう。
「未来でもそうだったのか?」
「いいえ。これはエネルギー……動力源を他から得て動きますが、私の体力や生命力と直結していません。どうやってこうなったのかはさっぱりと分かりませんが」
「何を動力としているんだ?」
「えーっと……雷、あるじゃないですか。あれを人の力で発生させるのです」
「……は?」
「いや、電池だから原理は違うのか……でも減ったら発電所で作った電気を使って充電させるからあっているはず……運動エネルギーや熱エネルギーからの変換だったよな、確か。勉強したけど忘れたな……」
「………………」
「まぁいいや。それで話を戻しますが、陛下はどうやって私のスマホに入ったのですか? どうやら私が召喚されたと同時に入ったようですが……」
「えっ。ああ、その辺りについては覚えていない。俺も気づいたらあの中に入っていたんだ」
「ふーん……」
少々挙動不審な動きをした陛下だったが、特に気にしないことにする。誰にだって言いたくないことはあるものだ。
「ということは、救世主……召喚士が喚び出す英雄はアットランダム――無作為に決まるのです?」
「さぁな。さっきの話からするとお前以外にも救世主がいたみたいだが、俺はお前しか知らないし俺以外の使い魔も知らない」
「そうですか」
「それで、俺を召喚した結果、サクマは俺の主人となったが異論は?」
「…………………」
押し黙る。色んな感情とか考えが出て来て言葉にならない。
「俺に対して不満か?」
「いえ。陛下に対して不満は全くないのであしからず。逃げることに協力していただいたことにも、助けてくれたことにも感謝しています」
「なら一体何が」
「よく、考えてください!」
ぱん、と自分の手のひらに拳を当てた。
「平社員の下っ端だったのに急に皇帝陛下を従えるだなんて押し付けられてびっくりしているし役不足だと思っているんです! 陛下だってそうでしょ! こんな小娘の言うこと聞けだなんて嫌ではないのですか!」
「まぁ、最初は驚いたからしばらく黙ってたんだが」
「そもそも! 使い魔に皇帝だなんておかしくないですか? 普通小鬼とか妖精とか、自分の実力よりも低いものしか喚び出せないはずでしょ! 扱いきれる自信なんてないですよ! 皇帝とOLですよ!? 身分差ありすぎです! 私が陛下に話し掛けることすら不敬ではないですか! 違いますか!」
「だから、その辺りは気にするなと」
「人が良すぎやしませんか!? 陛下皇帝でしょ!? こう、『お前が主人だが俺の方が高位だ、跪け』とか『お前に俺が御せると思うてか、身の程を知れ』とか……言われたら嫌だ。面倒くさい」
「どっちだよ」
「……もう陛下は陛下のままでいいです……私が頑張ります……」
ベッドに座ったまま頭を抱える。契約した以上は、私が主人であることに変わりはない。くそう、従者として契約すれば良かったのだ。そこまで考えろ、私。
「いつでも契約破棄……クーリングオフは受け付けますので遠慮なく仰ってくださいませ……」
「破棄していいのか?」
「……困ります。困りますが、陛下がそう言うなら……」
「はぁ。なんだか、こっちが悩んでいたのが馬鹿みたいに思えてくるな」
「は?」
顔を上げると、どさりと陛下が私の隣に座る。
「サクマは英雄や偉人に対して知識は?」
「それは言葉の意味としてですか? それとも人物に対して?」
「人物に対して」
「まぁ、それなりに。ゲーム……遊戯や創作で使われる有名所なら多少知識はあります」
「その中に俺の名前はなかった。なぁ、俺は英雄として呼ばれたが、そんなものじゃない。……尊敬する王に仕えたが、そのご子息を守ることすら出来なかった。皇帝に選ばれたが教皇から戴冠されることも出来ず、息子に王位を継がせることも出来なかった。俺の知っている英雄は、将軍カエサルのような、俺の仕えた皇帝フリードリヒ二世のような、時代の先を行く人間だ。俺はそんな人間ではない。お前は俺でいいのか?」
「……何の文句もありませんが」
目を瞬かせる。
「それがどうかしたのですか?」
陛下が、目を丸くした。そのまま固まって、私を見つめる。
「本気で言っているのか?」
「はい」
「お前は俺で、いいと」
「……はい」
こくりと、しっかりと、頷く。
「理由を聞いてもいいか?」
「うーん……理由らしい理由はないのですが」
首を傾げ、顎に親指を、唇に人差し指を当てて考える。考えながら陛下の顔を見て、首を傾げた。
「何ででしょうね」
「俺に聞くのか」
「だって、陛下が連れ出してくれなかったら、私は今頃どうなっているか分からないのですよ? 他の英雄や偉人が同じようにしてくれるのか、もっといい解決法を見つけてくれるか分かりません。でも、あなたは私を助けてくれたじゃないですか。理由なんてそれで充分です」
「俺が誰であってもいいということか?」
「そうですね。聞いたら皇帝だったって話です。……お陰で胃が痛いですけど」
「俺に神経使っているようには見えないが……」
「こう見えても色々考えているのです。色々と! と言うか、他の皇帝やお偉いさんだったら私の首は無礼や不敬の積み重ねでもう繋がってないですよ? そう考えたら、陛下が来てくれたことは幸運だと思います」
「そうか? お前、人に合わせて態度を変えるから上手くいくんじゃないのか?」
「……まだ私と陛下、昨日今日の関係なのですが」
「残念だな。お前が召喚された時から一緒だから既に半月以上は経っているぞ」
「うぐ……」
「ははは」
軽快なやり取りが交わされる。恐らく、もっと気位の高い皇帝だったらこうは上手くはいかないだろう。相手の重圧にびくびくしながら肩身の狭い思いをしているに違いない。陛下の性格が生前も今のままなら、きっと人に好かれる人物だったのだろう。理由なんていらない。こんな素敵な人が手を伸ばしてくれた。それだけで充分だ。
「多分きっと、こういうところだと思いますよ?」
「何がだ?」
「秘密です。陛下こそ、こんな小娘でいいのですか?」
「いいぞ。お前は頭もいいし前向きで努力家だ。だから賭けてみようと思ったんだ。……その分、申し訳なく思っている」
「何がですか?」
「契約。俺と契約することでお前の力を使うとは思っていなかったんだ。悪かった。辛くなったらすぐ言ってくれ」
「いえ、お構いなく。私だって知らなかったことですし、なってしまったことは仕方ないです。流石にやばいと感じたらその都度声を掛けます。それでどうですか?」
「ああ」
「では改めまして」
すっ、と陛下に右手を差し出す。陛下はきょとりとした顔で私の手を見る。
「なんだ?」
「握手です。これからよろしくお願いします」
「………………」
「……あれ、もしかして無礼でした?」
「いいや。そうじゃない……どう、すればいいんだ?」
「え」
今度はこちらが目を丸くする。
「握手を知らないのですか?」
「ああ」
「……すみません。西洋から伝わったものだとばかり思っていました。どうしましょう。頭を下げましょうか?」
「いや、主人が従者に頭を下げるのはおかしいだろ。そうだな……俺が剣に誓おう」
「やめてください」
腰から抜きかけた剣を寸でのところで手を重ねて止める。
「何故」
「そういう堅苦しいの好きではありませんし、剣に誓うとかカッコ良すぎて私が憤死するのでやめてください」
「はぁ。堅苦しいってお前な、騎士なら主人に対してやっているものだぞ」
「いやそうかもしれな……騎士?」
「ああ」
「……陛下が?」
「そうだ」
「本物の?」
「本物って何だ? さっき言っただろ。前の皇帝に仕えていたんだ」
「……陛下が」
「ああ、そうだ」
天を仰ぎ額を叩いて覆う。そして、
「ファーーーーーーー!」
叫んでベッドに倒れた。
「な、なんだ? どうした?」
「……スペック高すぎ……」
「は?」
「無理ぃ……皇帝で騎士で、しかも顔がいいとか二次元なら絶対課金してた……」
「お前……何言っているんだ」
「何でもないです……何でも」
片手を上げてひらひらと振る。でもちょっとダメージが大きすぎて私今起き上がることが出来ない。これで嫁もいて息子もいてって……そりゃスペックが高いのは当然だ。イケメンだよちょっと自重して。
「……おい、生きてるか?」
「生きています。大丈夫です。復活しました」
「そうか。それで、どうするんだ」
「握手にしましょう! 無難に!」
「互いの手を握るのか? それだと対等だろう?」
「対等でいいではないですか。人類みな平等です……いや、私と陛下の格の違いを考えれば対等はだめか。だったら一礼で」
「もういい。分かった」
伸ばしていた私の手を、陛下がそっと触れるように握る。
「これでいいのか?」
「はい。これからよろしくお願いします、陛下」
「ああ。こちらこそよろしく頼む、お嬢さん(フロイライン)」
握手から手を離した後、よし、と両手を合わせる。
「では今後のことを考えましょうか」
「今からか?」
「はい」
「夜だぞ?」
「夜ですが、まだ二十時ではないですか。夜はこれからですよ?」
「暗いのにやることがあるか?」
「スマホのライトのお陰で画面は見れますからね。それに夜型人間で……」
「寝ろ」
「……しかし」
「そのスマホはお前と繋がっている。なら使うたびにお前の力が使われるのだろう? 明日も移動で疲れるのだからさっさと寝て備えろ。いいな?」
「……はい」
まぁ、布団の中でこっそりスマホを弄ればいいか。見つからなければどうとでもなる。
「では寝る前にトイレ行って来ますね」
「……サクマ、せめてそれは隠して言え」
「え?」
陛下の呆れたような物言いに首を傾げる。「トイレに行く」表現で怒られたことなんて滅多にない。異国では表現が違うのだろうか。英語は昔習った程度で忘却の彼方。だが変に婉曲した表現は使ってなかった……ような。
「お花を摘みに行って来ます」
「ああ。それは置いていけよ。俺まで一緒に行くことになる」
「了解しました。ここに置いて行きますね」
「その代わり、これを持っていけ」
スマホは枕元に置き、顔を上げると陛下から持ち運び用の燭台を手渡される。
「これ、火は?」
「廊下の燭台か下からもらえ」
「了解です」
なるほど、と思いながら部屋を出る。廊下の隅に置かれていた蝋燭から火をもらい、聞いていた場所へと向かう。
「……ここか」
そう呟いてノックをして中に誰もいないことを確認し、扉を開けたのだが……
確認し、理解出来ずに混乱した結果、すぐさまその場から離れた。
短い距離だが走って自分の部屋へと移動し、勢いよく扉を開けた。
「陛下!」
「お、おう。なんだどうした?」
「トイレがおまるってどういうことですか!?」
20180711 最終改稿済