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 ――私は小さい頃から、朝には非常に弱い。低血圧ではないのだが、朝日が差し込んで親が起こしにやってきても、布団から出るのを渋っていた。休日なんて起きてくるのは昼頃、なんてよくあることだ。

 それから義務教育をとうに終え、大学入学を機に一人暮らしを始め、卒業とともに就職してから数年経つが、今でも全く変わっていない。

 可能な限り二度寝・三度寝を繰り返し、アラームが「これが限界です。これ以上寝たら遅れます。最終警告です」と鳴ったのを止めて、それでも眠っていたいと布団の中で身悶えし、数分後にようやく、上半身を起こす。そんなものぐさな……怠惰な人間だ。

 女子力が高いのならば(と、言うより容姿・身だしなみに気を使えるのならば)身支度に時間をかけるために早起きするべき、だとは思う。しかし、私はそれすら惜しい。必要最低限・かつ化粧直しの必要のない崩れにくいものを調べて購入し、これらを使ってさっさと化粧を済ませる。適度な手抜きは必要であるが、クオリティは下げてはいけない。

 見た目を気にしなくなると人間、下がるところまで下がってしまうのが私の持論だ。既に経験済みでもある。


「……よし」


 マスカラを塗ったまつ毛が上向きに長く整えられた。アイラインが綺麗に引けた。それだけで今日の気分は上々だ。眼鏡を掛け、髪をブラシで整え、ささっとローテーションでテンプレートになりつつある通勤着に着替え、朝食も食べる時間も惜しいから食べず、すぐに家を出て会社に向かう。


 それが私――佐久間瑞季の、何一つとして変わらない、これから先もずっと続くと思っていた、一日の始まりだった。



 しかし……現在はというと。



「………………」


 枕元で一度目のアラームが鳴った。薄目で手を伸ばして止めてから、時刻を確認する。よし、まだ寝てていい時間だ。次のアラームが鳴るようにもうセットしてある。寝よう。私は眠い。


「起きろ、サクマ」


 と、思ったのに布団が勢いよく剥がされた。温もりに包まれていた四肢が外気に当たって冷やされたので縮こませる。剥ぎ取られた布団をもう一度被ろうと手を伸ばすが、それは叶わなかった。


「ダメだサクマ。起きる時間だ」

「もうちょっと」

「もうちょっとじゃない。日は昇ったぞ」


 布団はベッドの端に畳まれてしまった。これ以上は惰眠を貪れないらしい。仕方なく、仕方なく上半身を起こして起床する。軋む体。決して年のせいではなく、ここ数日馬に揺られて移動しているからだ……きっと。


「………………」


 窓から差し込む光が寝起きの眼には眩しく、ゆっくりと瞬きをする。今日は晴れてくれたようだ。


「急げ、着替えて食事したらすぐ出かけるぞ」

「はーい」


 枕元に置いていた眼鏡を取ってかける。これでぼやけた視界がはっきりとした。先ほど私を起こした男性――皇帝陛下は、身支度を整えるための湯を張った桶やタオルの準備をしている。早朝なのに元気だな。私には無理だ。そしてどう考えても皇帝陛下を使いっ走りにしていることに関して不敬すぎて怒られたり首を刎ねられそうだが……これには理由がある。現在、彼は私の使い(ファミリア)で、私は召喚士(サマナー)、らしい。だから契約上私の方が上で彼が世話を焼いてくれるのだが……それでも、身分が違いすぎてたまに胃が痛くなってくる。どうしてこんなことになったのか、元凶をとっちめたい気分だ。


 現代で会社員だった私から見れば、かなり非現実的でまだ厨二病が治ってなかったのかと呆れそうな話だ。

 でも、ゲームや漫画が大好きな私から見れば、本の中に飛び込むことができて嬉しい気持ちがあることも、また事実だ。


「ほら、ぼうっとしてないで着替える」

「うっ」


 上から着替えを掛けられた。手でそれをどかすと、皇帝陛下が呆れた顔でこちらを見ている。


「夜遅くまで起きているから朝起きられないんじゃないか?」

「夜は活動時間なんです。これでも、現代にいた頃に比べると寝てますよ」


 くわりとあくびをすると、最終通告のアラームが鳴ったので止める。


「あと五分は眠れていたのに」

「早起きした方が得だぞ。時間を有意義に使える」

「……早起きしちゃうお年なんですねぇ」

「へぇ。嫌味言うのはこの口か?」


 頬を摘もうとしてきた手を、首を振って躱す。追撃も。さらに追撃……は避けられずに捕まった。私よりも一回り以上大きな手に、頬がゆるく摘まれる。


「うー」

「お前だっていつか通る道だぞ」

「知ってますー、でもまだ何年も先のことですし」

「そう思っていられるのは今のうちだからな。あっという間に歳取るぞ」

「……はい」


 返事をすると頬の拘束は解けた。痛くはなかったが、引っ張られた感触は残っている。


「目が覚めたか?」

「覚めました」

「外で待ってる。支度が終わったら出るぞ」

「はい」


 ひとりになった部屋で、寝間着がわりのコットを脱ぐ。下着になってふぅ、と息を吐いてから、ふと、窓の外を見た。


 どう見たって日本ではない、木造の西洋風の街並みが広がっている。こんな所に来る機会なんて中々ないから、時間があれば色々見て回って観光したい。


 ――しかし、今は到底無理だろう。



 私は、元の世界に帰るために、この見知らぬ世界を逃げ続けなければならないからだ。



2018.2.1 改定

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