願い事
夕焼けがとても綺麗だったのを覚えている。カラスはカーッ、カーッと鳴きながら山の方へと帰っていき、ちょうど沈みかけの太陽と重なる。少し肌寒く感じた。
「タイムマシンとかってすごいよねー。」
まほは、いきなりタイムマシンという、非日常的で漫画の世界にしか無いことを口にした。
「あー、ドラえもんね、机の中から出て来たり、すごいよね。」
俺はこの時、まだタイムマシンのことなど考える由もなかった。
「タイムマシンとか日本の最先端の科学技術でも作れないのかなー。」
まほは、うーん、と下を向いて考えている。
「タイムスリップできたらすごいね、二人で江戸時代とか弥生時代とか行ったりして、楽しそう!」
「アインシュタインさんは相対性理論で、時間は絶対的じゃないって証明したから、きっと作れるとおもうんだよー。」
まほは続ける。
「原子核崩壊の半減期とか炭素の放射性同位体での年代測定法とか利用してタイムマシンつくれないかなー。」
「てか、まほさん理系なんだね、何言ってるのかわからない。」
と、俺は苦笑いを浮かべる。
「理系にはウチよりもまだ上がたくさんいるけどねー。」
「疑問なんだけど、なんでそんなに頭いいのに大学いかないの。」
まほは少し間をあける。冷たい風がピューッと吹く。
「うーん、お金がすぐほしいから、かな。たかしくんはスポーツ推薦で学費ほとんどかからないんでしょー。すごいよ。」
踏切を渡ろうとした瞬間、カンカンと鳴って、遮断機が降り始める。
「やべ、いそげー。」
「キャー。」
まほは俺の腕をギュッと強く握る。
踏み切りを無事に渡りきった。
「ちょっとびっくりしたよね。」
まほは額の汗を拭う仕草をして、笑った。俺がどうなろうと死んでも守りたい、その瞬間そう思った。
踏切の方を振り返ると、貨物列車が勢い良く横切っていった。
*
つきあって次の日にもそういやこの踏切を渡ったな。
高校時代のまほとのデートが走馬灯のように蘇っていた。
ぽっかり空いた心の穴を何が埋めてくれるのだろう。
まほしか考えられない。
逢いたい。
まほがずっと俺のことだけを考えていてほしいと願ったけど、俺はずっとまほのことしか考えていなかったなと今更ながら気づく。
この街は変化しつつも、この踏切はいっさい変わらずに存在していた。
まほ。
ここしか、今は亡きまほに逢えそうな場所が考えられなかった。
できる限りここにいけば、逢えると願っていた。
ずっと、たかしの隣にいられますように。
ずっと、まほが幸せでありますように。
まほはきっと俺の隣に居続けてくれてんだ。
俺が消えない悲しみに追われ、独りじゃ越えられない夜も、ずっと隣で手を握って、一緒に乗り越えてくれた。
ほんとにまほに出逢えて良かった。
今どんなに悲しくても、それだけは絶対に言える。
カンカンカンカン
遮断機が下り出す。
貨物列車が右方向から向かってくる。
踏切内に人がいる、そう気づいた。
目をこすり、何度か瞬きをする。
まほだ!
遮断機を飛び越え、走る。
「まほ!」
大声で名前を呼んだ。
まほはこっちの方に振り向いた。
「たかし。」
確かにまほの声がちゃんと聞こえた。
まほの手をしっかり取る。踏切の外へと走り出た。
貨物列車は通りすぎていく。
五年三ヶ月の記念日。
すでに辺りは暗く、満天の星空が綺麗だった。
「たかし。ウチはずっと隣にいるんだよ。幸せなんだよ。」
まほは涙声でそう言った。
「まほ、お願いだから、もっと一緒にいてくれよ!」
強く握ったまほの手のぬくもりが少しずつ消えてゆく。
まほの手には同じ指輪がはめられていた。
「ねえたかし。今日何の日かわかる。」
「もちろん!五年三ヶ月の記念日だろ!」
流れ星が見えた。
永遠に一緒にいられますように。
二人の声を合わせて願った。
流れ星がより一層光って消えた、そんな気がした。
隣にいたはずのまほはいつの間にか消えていた。
でもたしかに、まほの手の感触が残っていた。
その場にしばらく立ち尽くす。少し冷たい、でも暖かい夜風が俺を包み込んだ。
車に戻ると、助手席には小さなキラキラしたカレンダーがあった。
たかしとまほの
Anniversary Calendar
と書かれていた。
ペラリとめくると、今日、8月15日の欄には
ずっと一緒。
まほの手書きの文字で書かれてあった。
完