幕間/Psychiatrist
科学者というのは実のところ大変なロマンチストなのだ。
でなければ誰がこんな名前をつけるというのだろう。
机上のディスプレイには「ネバーランド」と銘打たれたレポート群が並んでいた。
――コンコン
唐突にノックの音が響く。
念のためディスプレイをスリープモードに移行させる。
「なんだい?」
「そろそろ消灯しますよ」
「ああ、先に帰ってくれていいよ。戸締りは私がしておこう」
「わかりました。それではお先に失礼します」
扉の前から人の気配が消えるのを待ってから、再びディスプレイを点灯する。
起動までのわずかなタイムラグの間に、ふと窓の外を見やる。
「もうすっかり夜ですね」
いくら街灯が発達し、都市部から光が絶えることがなくなったといえども、やはり夜は夜。そこから闇が駆逐されたというわけではない。
技術の発達にも限りがある。完全な科学、完全な技術は存在しない。
科学とは常に不明瞭の海、混沌のるつぼから生じている。
その”夜”に光を当てることこそが科学の目的なのだ。
偉人とよばれるような偉大な科学者とはすべからく滑稽な夢想家でもあった。
「もし彼らが存命なら高い適性を持っていたのかもしれませんけれど」
しかし、もしそうであったとしても、彼らがこの組織に名を連ねるということはなかっただろう。
固定観念が強く、精神的な適応力が低い、平凡な大人。
組織に属する者は皆そういう人間ばかりで、だからこそ『適性』が低い。
(私たちはお呼びでない、ということか……)
「Another Dream」という世界は他と同じように、表向き誰からの来訪も拒んではいない。
だが、あの世界が他と明確に違う点が一つある。『適性』だ。
仮想夢のメカニズムが同じである以上、ほかの世界にも『適性』は存在すると考えるのが妥当だろう。
ただ、違うのはその『適性』が目に見える形であらわされることだ。
それを人為的な選別だと見るのは少々穿ち過ぎだろうか。
「ネバーランド……か」
本当に誰がつけたのだろうか。出来過ぎた名前だと思う。
夜に現れる夢の楽園。子どもたちの王国。
だが、妖精が幼子を惑わすのもまた夜なのだ。