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Double/Dream-ダブドリ  作者: あおいしろくま
第三章/Re-birth day
21/21

第十五夜/プレゼント


「こ~の~か~」

「ん、何?」

「何で勝手に入ってきたの~!ここは禁止区域なんだからね」

「いや、それもちゃんとした理由があって……」


 あんな激戦の後になんで言い訳してるんだろ、わたし……。


「ま、いいや」

「へ?」

「多分だけど……あたしを心配して来てくれたんでしょ」

 さくらはコノカの側へと戻り、笑いかける。

「ありがとう。あたしも嬉しい」

 しばし、沈黙が二人の間に漂う……

「……ぷふっ」「……あははっ」

『何その格好!』

 ……かと思われたけれど、そうはならなかった。

 両方が同時に吹き出し、三秒ともたずに沈黙は終わった。


 わたしから見たさくらの両手には、一対二本の独特な形の剣が握られていた。

 柄と鍔からは黒色の刀身が伸びている。しかし、その刀身は途中から徐々に幅が広くなっている。

 わたしの方はというと、さっきまでの戦闘で発動させたスキルの燐光が拡散せずに手甲の周りを漂っている。

 それは……なんていうか、黒いオーラをまとったちょっとイタい人のようになっていた。

「何その武器! どう見てもでっかい三味線のバチにしか見えな……ぷくく」

「いやいやいやいや、これでもカオリに頼んでだいぶマシになったんだよ! 元はほんとにハエたたきにしか見えないような形だったんだから! それに、そっちのほうがよっぽどおかしいよ!」

「これはさっきの戦いのせいで仕方なくこうなっちゃったんですー」

「何をどうやったらそうなるの……いや、カオリの設計した武器だもんね。それくらいはあり得るかも」

 さくらはへんてこな剣を仕舞い、コノカの手周辺のオーラも空気に溶けるように薄まっていく。


「ま、そうだね。コノの魔王オーラも消えちゃったし、本日のメインイベントと行こうか」

「メインイベント? そんなのあったの?」

「……あたしが何の理由もなくこんなところに呼びつけたと?」

「……今のさくらならあるいは」

「その評価は嬉しいよ。あんまり時間もないし、行こう」

 さくらはそう言うと洞窟の先へと歩き出す。

 コノカはその後をついていく。目的地に着いたのは思ったよりも早かった。

「ここだよ」

 わたしたちの目の前には狭い岩の隙間がある。

「この先? 本当に入れるの?」

「あたしは入れたよ。コノカもたぶん大丈夫。さ、中に入って」

 さくらに背中を押されて、コノカも体を横向きにしながらその隙間へとに入っていく。


 中は紫色の小部屋だった。

 紫色の水晶が部屋一面に突き刺さっている。

 しかも、その紫色の水晶は現実のものと違って、その全てが光を飲み込むかのように暗く、そして、中に光の粒のようなものを内包して艶やかに光っていた。

「どう、コノちゃん?」

 いつの間にか隣にはさくらが立っている。

「……昔、ここに星が降ってきたんだって。そのときここで砕け散った星の光をこの紫水晶はずっと閉じ込めたまま、今でも残ってるらしいよ」

 さくらは近くの壁まで寄って、生えている小さな水晶の欠片を二つもぎ取った。

「きれい……」

「ね、中にいっぱい星が輝いてる。夜の空みたいでしょ?」

 そう言って片方を差し出す。わたしはそれを受け取った。

「……それに、今のコノカの髪にとっても似てるの」

 さくらはおとぎ話に出てくる妖精のように無邪気に笑う。

 小部屋にはもう一つ出入り口があった。そちらは洞窟の外まで続いているようで、月の光が漏れている。

 わたしは水晶をしまう。所持品の一覧に一つ新たな名前が追加された。

 『夜水晶』

 それが親友からもらったプレゼントの名前だった。

 

 洞窟から外に出る。

 そこは周りを岩と崖に囲まれ、地面には草が生えた小さなスペースになっていた。

 隣のさくらは空を見上げていた。わたしもつられて空を見上げる。

 見上げた夜空には数え切れないほどの星が浮かんでいた。

 

「なんたって『星見の水晶洞』だからね。星を見るならここしかないって思ったんだ」

 さくらはそう言った。

「どうしても今日この夜、コノちゃんにこの景色を見せたかった」

「……」

「……コノちゃんがこっちの世界にやってきた時にね、あたしは奇跡が起こったって思ったんだ」

 わたしはさくらの言葉に耳を傾けながら、視線はずっと空に向いていた。

「ひと目でわかったんだ。『違う』って、あたしが毎日顔を合わせている心乃香じゃないって」

「……」

「嬉しかった。やりたかったことも、言えなかったことも、言いたいことも、やりたいこともたくさんあったから」

 わたしは口を開こうとして、止めた。

「……ごめんなさい。あの日のこと、あたしのせいでこのちゃんは」

「違う! あれはわたしの――」

「でも、コノちゃんだけのせいじゃない。少なくともあたしには責任がある。だからごめんなさい。それと……ありがとう。もし、あの時このちゃんがいなかったら、あたしはもっとひどい目にあっていたと思う。あたしはあの時本当にこのちゃんに救われたんだよ。だから、ありがとう」

 さくらの言葉は夜の闇に溶けて辺りに満ちていく。それはわたしが暗闇の中で必死に考えまいとしていた救いの言葉。

「……もうひとつ、言いたいことがあるの」

 さくらが真っ直ぐにわたしの目を見つめる。


「誕生日おめでとう」


「……きっとコノちゃんはさ、もう何年も誕生日お祝いしてもらってないでしょ。だからね、あたし、コノちゃんの――今あたしの目の前にいる双葉心乃香の誕生日をお祝いしたいって思ったの」

 さくらからの不意の一撃に、わたしは言葉を発することができなかった。

「あたしからのプレゼントはね、あたしが一番大好きで、一番コノちゃんにあげたかったもの――


 ――この世界、だよ」


 さくらはそう言って笑った。

 わたしはぼやけた視界でさくらの顔を見ようと前を向いた。

「だからね、コノちゃんにもこの世界を好きになってもらえると嬉しいな」

 さくらからのダメ押しの一発。

 わたしは目からこぼれ落ちる雫をこらえることができなかった。

 でも……。

 わたしはもうとっくにこの世界が好きだった。大好きになっていた。

「でも、わたしは……わたしはここにいるべきじゃ……。それにもう約束の時間は過ぎちゃったもん」

「まだだよ。あの日あの約束をしたのは向こうの日付が変わってから。向こう換算なら今日でちょうど一週間」

「でも……」


 そうだ。それでも。だからこそ、わたしはここにいるわけにはいかなかない。向こうにいるもう一人の私のために。


「もう、本当に頑固だなぁコノちゃんは」

 聞こえてきたのはさくらの声。聞き分けのない子供をたしなめるような声。

「だったら一度向こうに行ってみてよ。できるんでしょ?」

 さくらは草むらに腰を下ろし、自分の横をトントンと軽く叩く。

「できる……と思うけど……」

 ――そんなことをしても何の意味もない。

「まあまあそう言わずに、ね?」

 目の前ではわたしの知らないさくらが不敵な笑みを浮かべていた。

 わたしは訝しみながらもさくらの隣に寝転がって目を閉じる。ここで時間になるまで眠り、わたし自身がそう望んだなら。短時間だけど、向こうでもわたしが・・・・起きていられるはず。


「最後に一個だけお願いしてもいいかな」

「……いいよ」

「……『さくちゃん』って呼んでくれない?」

「りょーかい。……おやすみなさい『さくちゃん』」


 わたしは満天の星に抱かれながら、美しい世界で目を閉じた。

 

 ◆

 

 わたしの目覚めは昨日とは違ってとてもスムーズなのものだった。

 金縛りにもあのひどい頭痛にもあわずに意識が覚醒する。部屋の中は暗い。こちらもまだ夜のようだ。

 わたしは体を起こし、ベッドから立ち上がる。

 あんなに自信満々だったということは何かあるんだろう。会わない間にすっかり腹黒くなってしまった親友の顔を思い浮かべる。……とりあえず心当たりのある場所を探してみよう。

 ……とは言っても心当たりのある場所なんて一つしかないわけではあるんだけど。

 というわけで机の前まで来た。机の上には開かれたままの日記が置かれていた。わたしは部屋の電気をつけて開かれていたページを読む。


 そのページの冒頭には6月18日(火)と書かれていた。

 

 ――わたしへ。

 ありがとう。

 これだけは最初に言っておきたかった。

 ありがとう。ずっと私を守ってくれて。今まで私の忘れてしまっていたところで私を守ってくれてたんだよね。だから、まずはありがとうを言わせてください。

 あなたのことを知ったときはびっくりしました。本当にびっくりしました。

 ……本音を言うとちょっとだけ怖かった。

 でもね、それ以上に……嬉しかった。

 私は今まで自分が何かを忘れてしまうのは、記憶が無くなってしまっているからだって思っていました。

 無くなってしまったって思っていたものが、本当は自分の中にちゃんとあったんだってこと。それが嬉しかったんです。その記憶の持ち主が私じゃなくてもう一人の私だったとしても。

 私は最近ちょっとだけ前を向くことができるようになりました。

 あなたが私のために頑張ってくれていたのなら、今度は私の番です。私は恩返しがしたいんです。

 さくらが言っていました、そっちの世界にいるときのあなたはとても楽しそうだって。

 これが本当に恩返しになるのかわかりませんが、そっちの世界で思いっきり楽しんできてください。それで、楽しかったお話を私に聞かせてください。

 それが私なりの恩返しです。

 最後に、本当にありがとう。               私より

 

 ……自分が泣いていることに気づいたのは日記に落ちた涙のシミを見た時だった。

 昨日のページよりも大きく取られた余白に、何かを書こうと鉛筆を手に取る。でも涙が滲んでなにも書けなかった。

 わたしの中にあった氷が一気に溶けだして溢れ出る水が止まらないみたいだった。わたしは滲んでぼやけた視界の中をベッドまで歩いた。

 わたしはそのままベッドに倒れこんだ。

 頭の中を今日の出来事がぐるぐると回っている。全部が奇跡みたいな出来事だった。

 わたしはベッドの上で何かをかき抱くように体を丸め、眠ってしまうまで枕を涙で濡らし続けた。

 

 ◇

 

 わたしが湿った枕で眠りについた翌日。わたしは今日もこの世界で目覚めた。

 今、わたしははじまりの緑の丘に片膝を立てて座って空を見上げている。

 そこには吸い込まれそうなぬばたまの夜が広がっていた。

 見上げるわたしの視線の先には幾億の星が流れる天の川がある。見える星の数は昨日の夜空よりも少ない。それでもなおこの星空は美しかった。

 昨日まで、わたしはこうして夜空を見上げることもしなかった。


 今、わたしがここで夜空を見ていられるのはさくらともう一人の私のおかげだ。

 二人のおかげで、わたしの世界は昨日とほんのちょっとだけ違って見える。

 

 わたしは胸元にさげた宝石を空にかざす。

 夜空と同じ色をした、影のような宝石。でも、それは確かに美しくそこにある。

 空を流れる流星か、それとも宝石に閉じ込められた星屑の欠片か、光が小さくきらめき夜に溶けるように消えていった。


「お~い」

 わたしが光の粒を見送った時、不意に後ろの方から声が聞こえた。この一週間でもう聞き慣れてしまった声がだんだんと近づいてくる。丘の上から三人分の影がわたしに向かって降りてきた。

「なんや、コノお前昨日が誕生日やったらしいな。……はよ言ってくれたらもっと盛大なパーティーができたっちゅうのに」

「……水くさい。」

「ってわけで今日は家に帰って鍋パーティーや!」

「……何故、鍋?」

「そんなもん決まってるやろ、新作のポン酢の試食会やからや!」

「……誕生日パーティーは?」

「兼や、兼。コノの一日遅れの誕生日パーティー兼試食会や」

 二人はやってきた丘の上の方へと歩いていく。

「ほら」

 さくらがわたしに向かって手を伸ばす。

 わたしはその手を取って立ち上がって、二人してわけもなく笑い合う。

 わたしとさくらはどちらともなく走り出した。


 星降る夜空の下をわたしたちは笑いながら走っていった。



 ◇◆◇

 

 

 ――カオリのポン酢はすっごく酸っぱくて全然食べられたものじゃなくて、やっぱりテレットさんに怒られてた。でね、リンちゃんはプレゼント代わりだって小刀でジャグリングを見せてくれてね。それから教会のライカさんも来てくれて、呼んでない! って怒ったカオリと試合になって、止めようとしたプリムも加わって乱戦になって、それから――

 

 私は毎晩の日課となっている日記確認を終えて日記ノートを閉じる。

 私が自分のことをちょっぴりだけど知ることができたあの日からも、私とわたしの交換日記は続いている。

 あの日から私の記憶は私たちの記憶になった。

 

 私の病気について、お母さんとお父さん、先生、さくら、いろんな人に聞いた。


 思い起こすように日記帳の縁を指でなぞる。


 私はずっとたくさんの人に守られてきたんですね……。

 先生曰く病状は安定している……んだそうだ。念のためということで、週一回だった通院は週二回に増やしてもらった。

 

 あれから、私は考えることがある。

 もしかしたら、私が傷だと思っていたものはとうの昔にふさがっていて、ただ私がそれに気づいてなかっただけなんじゃないかって。

 

 机の前の椅子から立ち上がり、窓際に寄って、窓の外を眺めます。

 私は夜が嫌いだった。もう一人のわたしと記憶は共有していなくても、心が覚えていることもある。

 私は上を向いて夜空に浮かぶ星を眺める。

 きっとこの夜空もどこかでもう一人のわたしへと繋がっている。根拠は全くないけれどそんな気がするのだ。


 相も変わらず、私は夜があまり好きではない。

 けれど、この夜空はそんなに悪くないのかもしれないと、そう思った。










こちらが最終話になります。いかがだったでしょうか。少しでも楽しんでいただけた方がいらっしゃいましたら幸いです。

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