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Double/Dream-ダブドリ  作者: あおいしろくま
第三章/Re-birth day
20/21

第十四夜/それでもわたしは


 ――わたしのせいでさくらが襲われる?

 

 それは足元が崩れ落ちるような感覚だった。単なる罪悪感とも違う、自分の足元が揺らぐ、わたしの根底を揺るがすような感覚。

 地面に座り込んでしまいそうになるのをなんとかこらえる。

 そんなことは……そんなことは断じてあってはならない。

 わたしは洞窟の方へと歩いていく。

 洞窟の入口には引きずったような跡が残っている。言うまでもなく、あの二人が這っていった跡だ。

 

 迷いはなかった。


 わたしは地面にうつ伏せになった。そのまま、ほふく前進で穴へと進んでいく。ただただ前へ前へと進んでいく。

 穴のような狭いトンネルはそんなに長くは続いていなかった。すぐに、天井の高い開けた場所に出る。

 そこにあった景色は圧巻だった。

 『水晶洞』。そう呼ばれる理由もよくわかる。

 白く濁ったものや透明に近いもの、たくさんの水晶がそこらじゅうから生えていたのだ。

 そして、その水晶たちは一様に淡い燐光を帯びていた。移ろいゆく柔らかい光が洞窟内を満ちていた。


 わたしはそんな幻想的な風景の中を走った。

 明かりがあればさくらを早く見つけられるだろう。もちろん明かりになるアイテムも持ってきているけれど、手に持って行動するとなるとどうしてもスピードが落ちる上に、逆に見つかってしまう可能性も高まる。

 向こう側も条件は同じとはいえ、ただでさえこっちは一人、向こうは二人だ。人数の差的に初めから向こうの方が有利なのは明らかだ。

 結局――わたしが急ぐしかないんだ。

 わたしは入り組んだ迷路のような道を地図も持たずに走る。

 しかし、さくらは見つからない。


 ……今にもさくらが見つかって襲われるかもしれない。いや、もしかしたら既に。

 さくらが強いことは知っているけれど、プレイヤー二人が相手ではそれもどうなのか分からない。


 焦りがコノカから冷静さを奪っていく。

 

 どれほど走っただろうか。

 それまで変わり映えのしなかった美しい洞窟に、変化が現れた。


「立ち入り禁止……?」

 一本の通路にロープがかけられ、大きく警告の文字とマークが並んでいる。

「何、これ……?」


 ――その時だった。


「やっと見つけたぜ、ここだ。お、誰かいるぞ」

「おいちょっと待て! こいつは……!!」


 後ろから声が聞こえた。

 聞き覚えのある声だった。……でも、それはわたしの聞きたかった声ではなかった。


「よぉねぇちゃん。あの時は世話になったな」

 振り返ったわたしの目に写ったのは、今最も会いたくなかった男の姿だった。

 初日に教会で暴れ、今はさくらを探していたはずの男。……かつてわたしが殴り飛ばした男。


 男は一歩ずつわたしに向かって近づいてくる。途中で手を軽く振り、武器を出現させる。男の手に現れたのは鈍く輝く一振りの刀だった。

「まさかこんな所で会うとは思わなかったが、前ん時の借りも含めてまとめて話聞かせてもらう……と言いたいところだが、今はこっちが先だ。ねぇちゃんは大人しくここで待ってろ。後できっちり相手してやるからよ」

 二人はためらいなく警告のロープを超え、その先へと駆け出していく。


 直後、突如として洞窟に遠吠えが響く。

『アォォォォォゥゥゥゥン』


 それは明らかに人間の声ではなかった。

 何かが起こっているのだ。

 男たちは目的地がわかっている様子だった。何らかの手段でさくらの居場所をつきとめているのかもしれない。

 そう思うと居ても立ってもいられなかった。

 コノカもまた規制線を乗り越え、二人の後を追いかけていく。


 それからは一本道だった。

 しかし、道から突き出した巨大な水晶が行く手を阻む。

 天然の要害か、それとも単に整備がされていないだけなのか。どちらにしても、一度に大人数が通ることはできないだろう。

 それはまるで、奥に待ち受ける何かが来訪者を拒んでいるかのようだった。

 だが、道は狭くとも一本道、迷うような場所はなかった。距離もさほどではなかっただろう。悪路に苦戦しながらも、間もなくコノカは広間のような大きなスペースに出る。


 男たちもそこにいた。

 だが、そこにあったのは男たちだけではなかった。


 金属の瓦礫、巨大な機械の残骸。

 およそこの水晶洞にふさわしくない、鈍色の築山の上に一本の剣が刺さっていた。


 幅広の黄金に輝く刀身に、青く光る紋様が刻まれている。

 遠目にでもわかる。それは明らかに尋常なものではなかった。パックスと呼ばれた男の盾に程近いような……。

「まさか、レジェンダリィ……!?」

「そうさ。やっぱりあんたも知ってたんじゃねぇか。そこで指をくわえて見てな。俺たちがレジェンダリィを手に入れる瞬間をな!」

 そして、もう一人の男は剣の柄に指をかけ……。


「アォォォォォゥゥゥゥン!」

 その時、再度、あの遠吠えが聞こえてくる。

ここ今に至って、ようやく気づく。

 と、同時に、何匹もの機械の狼が現れ、襲いかかってきた。

 初日に見たウサギと同様に全身が機械で構成された狼だ。

 完全に不意を突かれ、男たちは築山から転げ落ちる。

 男はすぐさま刀を構え直し、追撃を行う機狼を振り払おうとする。


「くそっ! こいつら強えぇ!」

 しかし機狼もさるもの。追撃を不発と見るやすぐさま後退し隙を見せない。

 コノカもただ見ているというわけにはいかなかった。

 こちらにも一匹の機狼が迫り、その攻撃を紙一重で躱す。

「おい! 俺はレジェンダリィを狙う。お前は下で時間を稼げ!!」

「わかったぜ。……せっかくだからな、俺も今のうちに世話になった分を返しておくぜ!」


 男が駆け出した。握る刀が赤い光を帯びて奔る。

 向かう先は機狼ではなく、わたしだ。

 視界の中で、止まらない悪寒とともに切っ先がブレる。

 あの日、まだ小さかったわたしが見た凶刃と、今、目の前に迫っている赤いを纏った刃。その二つがダブって見える。

 急激に体温が下がったような感覚。冷たい何かが体を満たしてゆく。

 わたしは咄嗟に体を左にひねって紙一重で赤い刃を回避した。わずかに赤いスキルの光がわたしの肌を焦がす。

 わたしは体勢を立て直し、全身で構えを取る。


 ――ズキリ。

 頭の奥から感じる痛み。

 まただ。あの日の感情が頭を割るような痛みとなって溢れ出す。


 男から第二の刃が放たれる。

 わたしは一歩前に踏み出し、身をかがめるようにして躱す。そしてそのままガラ空きの男の胴体へ白く光る拳を打ち込んだ。拳が男の体を捉えた瞬間、まとっていた光が弾ける。体重の乗った一撃に男は数メートルにわたって吹き飛んだ。

 素手攻撃系のスキルの多くに付いている追加効果『インパクト』。その効果はヒットした相手を大きく吹き飛ばすこと。

 そして、そのデメリットは……与えるダメージが小さくなってしまうこと。

 今度は横から機狼が飛びかかり、こちらも前へと跳んで回避する。

 すぐに男は立ち上がった。

 男は笑う。

 まるでこの戦いそのものを楽しむかのように、むき出しの戦意をわたしに向けて笑う。


 あの日見た男の顔も――あんな風に笑っていた。

 

 ――ズキリ。と頭が痛む。

 痛みがあの日と今を繋いでゆく。

 あの日の恐怖と無力は今のわたしのものでもあって、わたしが戦っているのはあの日の戦場でもあった。


 躱し、捌き、いなし、ときには打ち合う。

 刀を操る男と、ヒットアンドアウェイを繰り返す機狼。強化されている反射神経でもすべてを避けきることは叶わない。

 隙を見てスキルを使い、男を吹き飛ばして距離を取る。

 かするような当たりがわたしのHPたいりょくと防具の装甲を削っていく。未だに大きな当たりはもらっていないけれど、それでもHPは半分を切っている。

 力を全て引き出しているとは言えないけれど、この装備が無ければ、耐えることも躱すこともままならなかっただろう。

 相手がどうなのかはわからない。

 男はただ激しい戦いの中で笑い続けている。

 男の背後にはあの日の幻影が陽炎のように揺れていた。


 ――そうだ、わたしの居場所はここだ。

 

 今と繋がったあの日の記憶が流れ出す。

 あの日に起きたことは思い出したくもない記憶だ。

 でも、どうしようもないほどに、それはわたしの原点だった。

 わたしは肉と刃と闇と殺意の中で生まれた。

 忌々しくも、決して忘れられない。

 罪と死と、そしてわたしという人格の誕生の記憶。


 それでも、わたしは――それでも守りたいと思うものがあったんじゃないのか。

 

 そのために、今もわたしは拳を振るっているのではなかったか。 


 目の前で男が刀を引き絞る。わたしは軌道上から素早く身を翻し、橙色の光とともに一直線に突進してくる男を横目に捉える。

 体勢が入れ替わり、わたしは拳を握り締めて停止した男に向かって突っ込んでいく。

 

 と、そのとき、笑っていた男の口の端が大きく吊り上がった。

 瞬間、強烈な悪寒が背中を駆け抜けた。わたしは反射的に首をひねって後ろを見ようとした。

 そこには……完全に背後を取った機狼がわたしの方を向いて立っていた。

 無理をして後ろを向いたから、機狼の姿はわたしの視界の端をギリギリかすめるくらいにしか写っていない。しかし、無機質なはずのカメラアイから放射される冷徹な敵意が背中に突き刺さっているのはわかる。

 

 ――やられる。

 わたしは直感した。この姿勢からでは何もできない。わたしは顔を前に戻して目をつむった。

 

 次の瞬間――

 

「コノちゃん!!」

 

 ――水晶の洞窟に、声が響いた。

 

 わたしはハッとなって目を開ける。

 目の前には初めて笑みではなく驚愕した表情を浮かべる、男。

 わたしはそのまま拳を前に突き出して男を殴り飛ばす。後ろでは、何かがぶつかり合うような甲高い金属音が連続して響いて、止んだ。

 わたしはその場から後ろに飛びずさる。

 ちょうど着地した場所で、わたしの背中に温かいものが当たった。

 

 気付いたときには、わたしとさくらは美しく輝く洞窟の真ん中で背中を合わせていた。

 

 背中を伝って、わたしの中に温かいものが広がってゆく。

 わたしの目の前で男が起き上がる。

「このか……行けるよね?」

 二人の背中越しに親友の声が聞こえた。

「とう……ぜん!!」

 わたしは振り返らずに前だけを向いて答えを返す。

 その返事を合図に、目の前の男は刀に赤い燐光を宿らせて地面を蹴った。

 わたしは迫り来る刃を……正面から迎撃する。

 左の拳で男の右腕の内側をとり、その軌道を外側方向にそらす。

 光を纏わせた右の拳で残った左の手首を強打する。

 全く同じタイミングで、背後からも剣戟の音が聞こえてきた。

 大きく姿勢を崩した男に、わたしは猛然と突進した。

 男の顔が歪む。

 

 ……正直に言えば、怖い。

 この世界での死は向こうのそれに比べて格段に軽い。もちろんそうでないとゲームとして成立しないのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 でも、そんなことは関係ない。

 目の前の男から浴びせられている敵意も、一度弱気になれば体が動かなくなっしまいそうな恐怖も、今、わたしの中にある感情全ては本物だ。

 ……やっとわかった。ここはリアル(・・・)なんだ。わたしの記憶を通してあの日と今が繋がったのと同じように、この体を通してここと向こうは繋がっている。


 その証拠に、記憶は消えてしまっても、もう一人の私の熱はまだ胸の奥に残っている。向こうで今も私が鼓動を続けている。


 そして、わたしの後ろでは親友が戦っている。


 ……わたしはずっと一人で戦っているんだって思ってた。

 でも、違った。

 

 わたしたちは二人で一人だった。

 

 体をめぐる心音がわたしに勇気をくれる。

 今なら、一人ではできなかったこともできるって思える。

 右手を黒い光が包む。右の拳は右下から跳ね上がるような軌道を描いて脇腹へと吸い込まれていく。

 わたしはそのまま流れるように動作で左手を突き出す。その手はスキルの証である光をまとってはいない。左の拳は肩口にヒット。その瞬間、痺れるような痛みが左手を伝う。

 スキルではない攻撃の反動は軽減されずに本人にそのまま返ってくる。他人を殴ったら自分も痛い。それは、あの日学んだ当たり前のこと。これは本当の人を殴る痛み。


 それでもわたしたちは殴るのを止めない。


 拳から痛みが伝わってくるたびに頭の芯が冷えていく。でも、鼓動がそれに負けない熱を送り出してくれている。

 頭は冷静に、心は熱く。

 胸の奥から聞こえる心臓の音と後ろから鳴り響く剣戟の音。二つの旋律に合わせて、わたしは黒く光る拳と生のままの拳を織り交ぜて踊るように攻撃する。

 多分、わたしは笑っていた。でも、それは嫌な笑いじゃなかった。わたしはやっと本当の意味でこの世界に来たんだって感じがした。


 二つの旋律に導かれたダンスは男が地に伏せるまで続いた。

 

 ……男が光の粒となって辺りに散っていく。

 後ろの剣戟の音もいつの間にか止んでいた。


「狼もお仲間もあたしたちが倒した。大人しくそこから降りろ。それを抜かせるわけにはいかない」

 一人になった男へ向かい、さくらは投降を呼びかける。

「何をそんな戯言を! これさえあればお前だって!!」

 さくらは男の言葉をその場で軽くステップを踏みながら聞いていた。


「……そうか」

 わたしには燐光が置いていった残像しか見えなかった。

 いつの間にか築山の上に男は倒れ、さくらも男の傍に移動している。


 それはいっそ呆気ないくらい。瞬きの間にこの戦いは終わりを迎えた。



次話で一度完結になります。ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

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