A4用紙切れちゃって
仕事始めは1月4日。つまり今日なのだが、私は昨年12月29日から約1週間に及んだ連休に毒され、まだ部屋に居る。くるまった毛布が少し酒くさい。
(仕事、行きたくない。ていうか生きたくない。)
年々重ねているのはスキルでもなければ預貯金でもなく、ただ単に年齢のみ。市場価値が目減りしていく様を体感しているアラサーは、林立するドラッグストア並に都合のいい存在。売り出されている商品は低価格帯だから、普段の買い物には利用するけど、特別な日に立ち寄ることはない。
私は携帯の電源を切ってしまう。外界をシャットアウトして、家にこもってしまう。「行動からしかチャンスは生まれない」。誰かが言っていた台詞を思い出す。
「私はバックレるという行動を起こして、長期休暇という、自分を見つめなおすチャンスを得たんだ」
そう自分を納得させる。偉人の言葉も、解釈は受け手に委ねられる。ざまぁみろ、偉人。
強がってみたところで、明日への不安はぬぐい切れない。こうした葛藤を繰り返し、精神を摩耗させ、私は一生を終えるのだろうか。ベッドから抜け出し、テレビをつける。頭がガンガンする。配信されている番組はまだまだお正月ムードが強い。頭痛がひどくなる。
「行きたくない行きたくない行きたくない」
次の瞬間、私は歯を磨いている。身なりを整えている。
「仕事がある、それは、とても有難いことなんだ」
駅へ向かう。電車を待つ。近くで学生たちが他愛もない会話で盛り上がっている。その様を横目に、私は遅刻の理由を考えている。頭痛がひどくなる。
職場のアドレスを呼び出し、コールボタンを押す。
「あっ、草皆です。A4用紙が切れちゃってるの思い出しまして、近くの電気屋さんに寄ってから出社します。少し遅れます」
「A4なんて別にあとからでもいいのに、これからみんなで初詣行くみたい。もしかしたら事務所誰もいないかもだけど、よろそくね」
「はい分かりました。すみません」
電話を切る。
(A4なんてどうでもいい? ないと文句言うくせに)
電車が遠くに見える。こっちに近づいてくる。あれに乗ったら、選択肢は一つ。私は電話口で話した通り、電気屋に寄ってA4用紙を買って会社に行かなければならない。
「自由なんて、ありはしないんだね、邪神ちゃん」
私はバッグをその場に置いて、腕まくりする。学生たちが、物珍しそうにアラサー独身女を見つめている。
「うわぁぁぁぁ!!!! くらぇぇぇえええ!!!」
駅を目前に減速を始めた車両に向かって、私はダッシュする。ヒールなんか履いてるから、途中、何度もバランスを崩しそうになる。それでも勇猛果敢に電車との距離を詰める。今日、1月4日、全てが終わる――。
「ドロップキィィイイイック!!!」
金切り音が駅を支配した。車掌の驚いた表情を見て、私は初めて草皆道子として語られることへの喜びを知った。