表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/8

5話 隣にいたい人

「君に、聞いておきたいことがある」

「なんでごぜえましょう、お代官様」

「……真面目な話だ」

 まさかエビに真面目な話ができるなんてな。

「分かったよ、聞くからさ。そのレンチを置いてくれ」

 レンチで撲殺なんて、創作物の中だけで十分なんだよ。

「……まぁ分かっていると思うが、結ちゃん、君の妹のことだ」

「嫁にならやらないぞ」

「それより先に、聞いておかなければならないことがあると思ってな」

 ……トーンがいたって真剣だ。不気味なほどに。お前……死ぬのか?

「彼女は、本当に君の妹なのか?」

「当たり前さ」

 息をするように嘘をつく。そうさ、俺はそんな感じの人間であるべきなんだよ。超中二チック。

「本当に?」

「でなきゃ、何だと思うんだ?」

「……それは分からんが、不審な点はいくらでもある。学校もだし、君の親は確か……」

「確かもかかしもないさ。今頃地獄の何丁目にいるのやら」

 昔、何のことはない雑談の中で言ってしまったのを思い出した。微妙な空気になったからか、あれ以降聞いてくることは無かったが。

「そんな言い方をしなくてもいいだろうに。彼女にとっても親なんだろう?」

「……当たり前だ」

 くそ、めんどくさい。嘘をつき続けるのがこんなにめんどくさいなんて知らなかったよ。

「彼女は今までどこにいたんだ。そしてこれから、どこで生きて行くんだ?」

 ――どこにも行かないさ。

 そう言いたい。言うべきだ。俺とあいつが、2人で生きて行くには、そう言うしかない。なのに。

「何も言わない、か。疑うしかなさそうだな」

 ……言えないさ。俺は、あいつがどこから来たのかすら、分からないんだから。あいつが何者で、どこから来て、なぜ俺のもとにいて、どこへ行こうとしているのか、何も分かってやしないんだ。

「……私も、思いつきで言ってるわけじゃない。初めて彼女を見た時から、私はいつか言わねばならないと分かっていた」

 俺の予想より遥かに、マトモだったってか。嫌になるな。自分が。

「だからこそ、君が誘拐とかそういうことをした訳ではないと思う。……君も彼女も、本人の意思で今の状況を選んだのではないのか?」

「さぁどうだか。ヤク漬けにでもして従順にさせてるだけかもしれないな」

「君にその筋の知り合いはいないだろうが」

「そもそも知り合いが少ないもんな」

 ぼっちの何が悪い。

 しかし、こいつはこいつなりに、考えてたってことか。エビにも脳があったと。生物学的にどうなんでしょう。あいにくと物理派でしてね。

「私はただ、君とあの子がどういう関係なのか。それを聞きたい」

 それでお前は、湯たんぽだなんて言って、信じるのか?

「……もっと率直に言おうか。私は君とあの子と住みたい。そのために君を脅迫したいんだ」

 ……そう来たか。

「だったら誘拐犯でも脅迫にはなるんじゃないのか」

「私が納得できる説明が欲しいのさ。君がかつて、どんなことにもそうだったように」

「昔話は程々にしといてくれるかな」

「別に今だって、やろうと思えば……」

「やめてくれ」

 もうその頃のことはいい。思い出すたびに、ただただ不快感が背中を走るだけなんだ。

「そんな話は確かに要らないな」

 なら最初からしないでくれ。

「二度としないで欲しいな」

「君が私に従順ならば、しないで済むのだが」

 なんたるゲスエビ。これは安値で取引されるべき。

「簡単に言おう。私の家にいる限りは、君とあの子は兄妹だ。私が保証するさ」

「逆に言えば、お前はいつでも俺たちを吊るし首にできるってことだよな」

「そういうプレイの趣味はないな」

「誰がプレイの話をしたんだ」

 どうしてこうも変態なのか。

「私は君の本音を聞いて、この家で3人で過ごしたいのさ。君にとっても悪くないと思うが」

 ……打つ手なしってやつですね。こいつは脅そうと思えばいくらでも俺たちを脅せる。ひどい話だ。

「信じるかどうかは分からんが、本当のことを言おうか」

 めんどくさくなってきました、ぼく。分かったよ、手詰まりなんだろ?もうどうしようもないんだろ?

「……その気になってくれて嬉しいよ。少年」

 脅迫しといて何を言うか。このエビ。エビチリにしてやる。

「あいつはな。――湯たんぽだ」





 ――昔の、話をしよう。

 私は、いわゆる優等生だったな。幼い頃は神童なんていって、よくおだてられたものだ。確かに成績も運動も上位ではあったけど、それは所詮狭い世界でのことだった。

 高校2年生の夏、父親が死んだ。事故だった。遺体はひどいものだったらしい。私も見たはずなのだが、なぜか覚えていない。

 ショックで茫然自失となってしまった母との生活に嫌気がさして、私は家から遠い大学を選んだ。我ながら薄情だとは思うさ。でもその時は本当に我慢がならなかった。

 後悔する時はすぐにやってきた。大学1年の夏に、母は死んだ。晩蝉(ひぐらし)が哭く季節。自殺。脆い人だった。私は上手く泣けなかった。何が悲しくて、何に涙を流せばいいのか分からなかった。大学での生活は、予想より遥かに私を鬱屈させていたらしい。

 彼と初めて会ったのは、母が死ぬ少し前だったはずだ。言いようのない退屈感に苛まれていた私は、いつしかゲームセンターに足を向けるようになっていた。初めはあの喧騒に驚かされたが、いつしかそれに快感を感じるようになってしまっていた。

 そんな、自ら騒音の中に埋まろうとしていたある日、私は彼に会った。

 あの時、彼との初戦は、リプレイなどなくても記憶に蘇らせることができる。それ程までに、彼は独創的なプレイヤーだった。その日から定期的に戦う内に、私はいつしか彼と、彼の戦いに惹かれていた。

 彼が同じ大学だと知った時は、心底驚いた。私は彼の顔つきにどことなく老獪さを見出し、勝手に年上だと思っていたが、それは間違いだった。

 ……まぁ、同年とは思えない人物であることは間違いないのだが。彼は、私の想像より遥かに偏った人物だった。

 その後、私は顔も知らない1人の男性の死によって、莫大な財産を得た。大学は中退した。もはや、私がそこにいるべき理由はないような気がした。その後は、彼との連絡が、私にとって数少ない外界との接点だった。

 私は知っている。彼がそこらに蔓延(はびこ)る有象無象ではなく、確固たる自分を持っていることを。そしてそれを外に出すのには、不器用すぎることを。

 だから、私は信じたいのだ。

 彼はまだ、死んでいないと。



「天さん、相談したいことがあるのです」

 彼の言葉を胸中に反芻させていた私は、その声で現実に戻った。

「どうしたんだ、まだ寝ていなかったのか」

「眠れなくて、お兄ちゃんの部屋に行こうと思ったんですが……」

「何かあったのか?」

「鍵なんてかけてて、どうしようもないのです……」

 考えているんだろうな、彼なりに。

「この家で防犯を気にする必要はないんだがな」

「むしろ我が家の防犯に気を配って欲しいぐらいなのです」

「……甘いのか?」

「ゆるっゆるですね。控えめに言って」

 控えなかったらどうなるんだろうか。

「意外だな、カチカチに守ってそうなイメージがあるが」

「やることが適当な人ですね、本当に」

「鍵をかけてある所は開けたくなる、昔そう言っていたな」

「……お兄ちゃん、前科者なのですか」

 前科者か、笑ってしまうな。

「逮捕歴はなかったと思うがな。彼は……おかしな奴だからな」

「それは私も同感です」

 この子も同じくらい変わっているがな。言葉使いも、10歳そこそこの少女には思えないし、外出した時も学校に行けない子供のようには見えなかった。

「それで、どうしたんだ。一緒に寝るか?」

 願っても無いチャンス。時代が私に追いついたか。

「それも嬉しいですけど、少し相談したいことがあって」

 かるーくスルーされたな。

 しかしこの子は、純粋に私を頼ってくる。それは、私と彼くらいしか、頼れる人がいないからだろうか。

 ……彼はあまり頼りにならないしな。

「もうすぐ、クリスマスですよね」

「そうだな、ウチでパーティでもやろうかと思ってるが」

「お兄ちゃんに、ですね……なにか……」

 ……あげたいということか。健気な子だな。あの兄のもとで育ってるとは思えないほど。

「何か買いたいなら付き合うぞ」

「それも考えたんですけど、私お金もないし。何かつくってあげようかとおもったのですが……」

 なるほど、手作りか。私が欲しいくらいだな。彼も喜ぶだろう。なんだかんだと言って、彼もこの子に惹かれている……と思う。

「決まらないのか?」

「……マフラー、とかだと、ダメだと思いますか……?」

「良いと思うぞ、きっと喜ぶさ」

 少なくとも、私なら。

「ホント、ですか?」

「嘘をついてどうする。彼のことだ、マフラーを買う金もないだろうしな」

 滅多にこの子のこんな笑顔は見られない。そう思うと、彼はとても恵まれてるとしか思えないな。軽く嫉妬しても許されるだろうか。

「あの、それでその……編み方をですね、教えて、頂けますか?」

「勿論だ。あまり上手くはないがな」

 ……一応昔やった……気がするから大丈夫だろう。多分。恐らく。そう信じたい。

 ありがとうございます、と心底嬉しそうな顔で言い、喜び勇んで出て行こうとする彼女を呼び止めて尋ねる。

「少し待ってくれ。君に聞きたいことがあるんだ。答えてくれるか?」

「……どうしたんです?」

 さっきまでの笑顔はもう、見られなくなるのかもしれない。それを思うと、自分が手の込んだ自殺でもしようとしているように思えた。

「君のこと。君と、彼のことを少し聞きたいんだ」

 幼い顔が、少しだけ歪む。させたいわけじゃない、でもしなければならない。こんな立場で会わなければ。

「彼から聞いたんだ。君は、人間じゃないらしいな」

 ストレートすぎたかと、言ってから思ってしまったが、彼女の反応は予想より遥かに穏やかだった。

 ――兄を、信じているのだろうか。

「はい、私は、お兄ちゃんの湯たんぽです」



 大丈夫、お兄ちゃんがそう決めたことだから。

 今の私は、迷いなくそう言えるんだ。

 湯たんぽとして、初めて一緒に寝た日、あの人は泣いていた。その頃の私に自我はなかったような気もするけど、どうしてか覚えている。

 それからずっとあの人を、支えたいって思ってた。湯たんぽの分際で何ができるんだろうとも思った。だけど、この気持ちは変えられなかったから。

 私は、あの人を支えたいし、一緒にいたい。一緒に笑って、泣いて、寒い冬を暖めあって生きたい。

 おかしな話だって分かってる。私は所詮湯たんぽ。あの人とは根本的に違う。人間社会のこともよく分かっていないし、あの人の昼の姿もよく知らない。

 でも、それでも、私はあの人を――お兄ちゃんを、信じて生きていく。いつまで人の姿でいられるかわからなくても。神様が私にくれたチャンスを、決して無駄にするわけにはいかないんだ。


「私は、人の理を破っている存在です。でも、お兄ちゃんが私の存在を許してくれている間は、誰がなんと言おうと、お兄ちゃんの隣から離れる気はありません」


 思っていることを言葉にすることは難しい。昔、お兄ちゃんが布団の中で言っていた言葉。その頃の私には、ただ温めることしかできなかった。

 でも、この言葉はきっと、私の心とほとんど変わらない。


「私は、お兄ちゃんの隣にいます。これまでも、これからも」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ