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4話 ハゲと馬刺しとスリーサイズ

「お兄ちゃん、これは家ですか?」

 俺の妹はまだ、社会を知らない。

「いいか、結。世の中には色々な家があるんだ」

 そして俺たちの家はその最底辺に位置するんだ。

「とっても……大きいです」

「広けりゃいいってもんじゃないんだぜ」

「狭いよりはよくないですか?」

「フリーターに無茶を言ってはいけない」

「別に広くしろなんて言ってないですよ。ただ、天さんがこんなお家に住んでるとは……」

 まぁ、あいつは一種の成金だからな。

「……これが、日本の格差社会って奴だ。俺たちは産まれてすぐに、こいつを脳髄に嫌ってほどに書き込まれる」

「お兄ちゃん、闇が見えてますよ」

 それは俺の闇じゃない、社会の闇だ。ホントに格差ソサエティ。

「ところで、その猫は今何してるんだ」

「猫さん今は寝てるのです」

「怨霊化してまで怠け続けるその精神は尊敬するよ」

 なんでも、俺はこの猫を昔いじめていたらしい。全く記憶にないのだが、結構前から取り憑かれていたとか。霊感があったら即死だった。

 今は結のペットになってるんだが。妹の情操教育だよ。貞操も守らないといけないし、お兄ちゃんは大変だね!

「それでだ、結」

「はい、お兄ちゃん」

「門と玄関って、こんなに離れているのが最近の建築なのか?」

「湯たんぽに建築学を聞くのはどうかと思いますが」

「だってだって、長いんだもん……」

「天さんの家で泊まるなんて言い出したのは、お兄ちゃんなんですよ。こんなところで駄々こねないでください」

 相変わらず昼はクールですな。しかしこのままだと、遭難して餓死しかけない。

「お迎えに来てもらったりとかは、できないのですか?」

「ケータイの充電……盗電しようと思って空っぽにして来たんだ」

「性根が腐ってますね」

「最近毒舌激しくないかな?」

「日々知識を増やして、お兄ちゃんに相応しい妹になりますから」

「罵倒スキルなんか、お兄ちゃんは望んでないよ!」

「好きになるよう、努力してみては?」

 私にMになれと申すか。それもまた一興。

「しかし天さんは、こんな広いお家に1人で?」

「1人では無いと思われるが。使用人とか」

「……お金持ちなんですね」

 俺と違ってな。やかましい。人は財力より心の豊かさが大切なんだって、道徳で習ったぞ。

「人生に必要なのは、愛と勇気と少しの金だ。チャップリンが言ってたよ」

「誰です?」

「ヒゲのおっさん」

「ドイツなら逮捕ですよ?」

 それは違うヒゲだ。やめろ、色んな人が寄ってくるだろ。

「それで、俺たちはいつまで漫才やるんだ?」

「お腹減りました……お兄ちゃんが朝ごはんは抜きだなんて言うから……」

「ひ、昼にごちそう食べれると思ったんだよ」

 仕方ないじゃ無いか。食費だってギリギリなんだ。徳川吉宗もびっくりの倹約生活を送らないといけないんだよ。

「たかる気満々ですね」

「貧乏人が金持ちにたかって何が悪い」

「そんな精神だから貧乏なんですよ」

「……本当に毒舌が進化したな」

「猫さんから色々教わったので」

 おのれクソ猫。尻尾引っ張ってやる。触れないけど。

「しかし本当に長いな。発煙筒でも持ってくるべきだったか」

「お兄ちゃん車持ってないじゃないですか」

「公共交通機関が好きなんだよ」

「免許は持ってるんですよね?」

「一応な、ほとんど乗らなかったけど」

 自動運転が完成したら欲しいかな。運転するの面倒だし、アクセルとブレーキって、間違えやすいみたいだし。

「お兄ちゃん、あれ人影じゃないですか?」

 …ああ、確かに人影だ。だがな。

「あれは……見つかっちゃいけない奴じゃないかな」

「そうですか?」

「うん、ああいう人には近づかないようにしろよ」

 どうみたってあんなの、某有名番組のハンターじゃないか。

「でも、あっちの方に門があるんじゃないんですか?」

「推測に頼るな、妹よ。考えるのではない、感じるのだ」

「お兄ちゃんが言うと薄っぺらいですね」

 確かに。

「でも俺はあのハゲグラサンと接触したくない」

「実はいい人かもしれないじゃないですか」

「それはそれで夢が壊れる」

「ワガママな……」

 回り道する!するったらする!

「お兄ちゃん、気づかれてますよ」

 え、まじ?

「こっち来てます」

 ……終わったな。賞金は無しか。自首しとけば良かった。




「全く……君は本当に浅はかだな」

 結局、ハゲグラサンに連れられて俺たちはエビ天家への突入に成功した。……意外と良い奴だったよ、ハゲグラサン。

「こんな建築をする方が悪いんだよ。俺の方向感覚は標準レベルだ」

「見苦しいのです、お兄ちゃん」

 なんで2対1なんだよ。俺はお前を守るために来たんだぞ妹よ。

「食事の準備はできてる。食べるか?」

 食べる。そのために俺は、ここまで来たんだ。たとえ今が食事時から外れた時間だとしても。

「天さん、先にシャワー借りても大丈夫ですか?」

 ……飯が遅れるじゃないか。妹よ、綺麗好きなのは素晴らしいことだが、今は飯が優先ではないのか。

「いいとも。すぐに準備させるよ。……君も、そんな飢えた狼のような顔をせず、入ればいいだろう」

 仕方ない、妹とバスタイムかな。

「男女で完全に分離されているからな、遠慮はいらない」

 ふざけんな。

「結がコケたり沈んだら危ないだろ!俺も一緒にいく!」

「お兄ちゃん、欲望ダダ漏れですよ」

「私がいくさ、安心したまえ」

 ……ッ!こいつ、これが目的か……!しかしまずい、このままでは止められないッ!

「安心しろ、淑女的な態度で接するさ。彼を男子浴室に連れて行ってくれ」

 完全に、淑女(ロリコン)的じゃないか!この変態!ロリコン!犯罪者!そんな叫びは結の手前できず、俺はハゲグラサンに引きずられて風呂にぶち込まれた。……浴室って、広いもんだね。


 飯は、これまで生きて来た中で最も豪華な食事だった。

「まぁ、悪くない味だな」

「最速で完食しておいてよく言えるな、君も」

「残すのは申し訳ないからな、俺はテーブルマナーに精通してるんだ」

「君の生まれに興味はないよ」

 しかしこのエビは成金だな。テーブルも椅子も、テーブルクロスも何から何まで豪華絢爛だし、シェフまで雇ってやがる。

「食事はありがたいが、成金趣味は程々にしろよ」

「金を持つことすらできない人種には言われたくないな」

「今お前、多くの一般市民を敵に回したぞ」

「別に君臨してる訳じゃないし、自分の家で何を言おうといいじゃないか」

 全く、これだから金持ちは。市民革命の恐ろしさを教えてやりたい。

「お兄ちゃん……眠いです……」

 あー、いつもなら昼寝してる時間帯か。お昼寝顔のかわいさは異常なのである。俺のみぞ知ることだが。

「部屋は準備してある。案内しよう」

 準備がいいな、この淑女(ロリコン)

「俺の部屋は?」

「ちゃんと準備してあるさ。馬小屋なんてことは言わない」

「馬いるの?」

「いない」

 軽く夢が壊れたな。馬刺し食べて見たかったのに。

「Wi-Fiは?」

「あるよ」

 やったぜ。もう何も怖くない。

「案内は?」

「一緒に来い。隣なんだ」

「……意外と良心的じゃないか」

「私は淑女だからな」

「風呂でやましいことでもしたのか」

「いい加減に信用してもらいたいな」

 誰がロリコンの言動を信じられるものか。そしてこいつ、しれっと結をおんぶしやがった。

「おい、変なところ触るなよ」

「触ってなどいないさ。信用したまえ」

「顔が火照ってるぞ」

「……暖房だよ」

 レンジでチンした冷凍エビか。あーやだやだ。俺だって……俺だって、妹をおんぶしたかったのにぃぃい!

「レディーファーストだ、代わってやるよ」

「気にしなくていい。ゲストに仕事させる訳にはいかんよ」

「……本音は分かってるんだ、今すぐ譲れ」

「断る!」

 無意味に長い廊下を、俺たちは睨み合いながら歩き続けた。絶対に結は渡さんからな。



「ベッドって、柔らかいんだなぁ……」

 まるでホテルのスイートルーム。

 ……入ったことないから想像だけど。

 エビ天のやつは、なんだってああなってしまったのか。

 大学入学当初のことやらなんやらを、ぼんやりと思い返す。あいつと初めて会ったのはゲーセンだった。大学とまるで関係ないなんて言ってはいけない。お互いぼっちだったんだよ。

 最初は、ただの見知らぬ対戦相手だったのだ。毎週通っていた俺は、その度にあいつと対戦して、無敗だった。どれほど時間をかけているのかは分からなかったが、それほど強い相手ではなかった。

 それで偶然、大学構内ですれ違った時に初めて同じ大学の生徒と分かった。彼女曰く、強さの秘訣を知りたかったが完全にヤバイ人だと思い、話しかけられなかったそうだ。

 俺の人相の悪さがわかるイベントである。単に近眼で細目になる癖があるだけだが。あと貧乏くさい。

 その後、俺は生活の困窮もあってゲーセン通いはやめたが、連絡は取り合う仲だった。彼女は彼女で、ある事情から大金を手にし、大学は中退した。それからはただのゲーマー仲間である。

「ちょっと、聞きなさいよ」

 ……ん?

「流石に聞こえるでしょ!」

 ああ、聞こえるが。……え?

 いつの間にか、目の前には白い髪の美少女がいた。そして猫耳に猫尻尾。これは高得点が期待できる。

「キモい目で見ないでよ。祟り殺すわよ」

「殺せないくせによく言うぜ」

「……べ、別に本気出せばいつでも殺れるし」

「で、なんでお前実体化してんの?」

「これ、アンタの夢だから」

「夢でござったか」

「結ちゃんが近いし、何とか夢の中なら直接会話できるみたいでね。話しておこうかと思って」

 ……なんだろう、恨み節でも聞かされるんだろうか。てか俺、いつの間に寝てたの?

「まずアンタ、ホントに私のこと、覚えてないの?」

「いえすにゃーん」

「キモい語尾つけないで」

 怒られた。しょぼーん。

「とりあえず、暫くアンタを殺す気はないわ」

「殺せないもんねー。残念だねー」

 目がキレてる。煽りすぎた。とりあえず謝ろう、ごめん。

「私は、あの子に救われてるから。そしてあの子はアンタを必要としてる。分かる?」

「つまり結ちゃん万歳と」

「逆に言えば、あの子がいなくなったりすれば、アンタを殺す」

「でも無理じゃん?」

「……方法は、色々考えるし。別に何とかなるし」

 具体的な攻略方法もなく倒すとか。無能の極みですな。

「結ちゃんがいる間なら、いつだって殺せるのに……」

「え?」

「あの子、私を信頼しきってるの。隙だらけ。いつでも憑依できるくらいにはね」

「……結の体で俺を殺ると」

「アンタを殺すってだけなら、すごく良い方法ね。だけなら、だけど」

 なるほど、これも結に惚れてやがる。何だってまともな奴が1人もいないんだ。

「つまり、結がいる限りは殺されないのか」

「まぁ、そういうことね」

 今の所はって条件付かな?

「……ぶっちゃけ、お前にも感謝してるからな。結の話し相手としては、だが」

「ふーん……でも、油断しない方がいいかもね」

「何をだよ」

「あの子は、人じゃない。アンタよりも、寧ろ私に近い存在ってことよ」

 人じゃない、か。

「……オカルティックってことか」

「そんなところね。そろそろあの子、起きるわ。私も戻る」

「おい待て」

「どうかした?」

「結とはずっと一緒にいるんだよな?」

「まぁ今の所はその予定だけど。それが何か?」

「結のスリーサイズを教えてくれ。兄として知っておかなくてはいけない」

 さぁ早く。そんな汚物を見るような目はいいから。別に嬉しくなんかないから。

「殺した方があの子の為かしら……」

「べ、別にやましい目的じゃないし。妹の成長を知るのも兄の務めだし」

「どっちにしろ教えないわよこの変態兄貴」

 そんなこと言って、すーっと消えていきやがった。ホントに話の通じない猫だ。兄の責務を果たさねばならぬというのに。

 しかし、夢枕に立たれるってのはイマイチ寝た気がしなくてよろしくないな。これは明晰夢と呼ぶべきなのか否か。


 ……明晰夢ってさ、見続けたら死ぬんじゃなかったっけ。




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