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3話 湯たんぽは猫派の模様

 結がエビ天に連れられて買い物に行った日、俺は仕事と部屋の掃除を行なった。結と暮らしていく上で、色々ダメなものを捨てたのである。察しろ。俺だって男だ。

 結は晩飯までエビ天に食べさせてもらい、心配していた俺の予想を裏切り、今までにないほどの笑顔で帰ってきた。後から聞いた話だと、猫カフェに行ったらしい。どうやら猫に懐かれる体質のようだ。

 あったかいからかね。何故か猫の写真集まで買ってもらっていた。我が家で飼えないのが心苦しい限りである。俺が猫嫌いなわけではない。ペット禁止なのだよ妹よ。

 エビ天はエビ天で、至極満足したようで色々と話も聞かせてくれた。ともあれ、俺としてはエビ天に頼んで正解だったと思いたかったのだ……が。




「そこで……折り入って頼みがある」

 エビ天のこんなに真摯な目つきを見るのは初めてだ。結が寝てる時間を見計らって来るとは一体何事。

「妹さんを、いただきたい」

 ……は?

「我が家に、迎え入れたいんだ」

 こんなこと聞く予定はなかったぞ。嘘だろエビ天。ふざけんな。俺に親父気分を味あわせるとは。まだ禿げたくないんだよ。

「一生苦労しない分の財産はあるし、空き部屋もちゃんとある。悲しい顔をさせるようなことはしない」

「落ち着けエビ天」

 いやー、ここまでご執心になるとは予想していなかった。無駄にカッコいいし。俺なんかより男前だし。悔しい。

 先日、結と一緒に服を買いに行ってくれてからは、結も彼女に懐いてくれたっぽいので、家にも何度か来て頂いた。その間にエビ天ちゃんも恋心を募らせたのだろうか。

 俺とてこいつが嫌いなわけではないし、結の事に関しては感謝している。だが、妹を下さいとは話が別だ。

 ――お前に私の湯たんぽは渡さぬぞ。

「いや、無理だ」

「私は断られて引っ込むような人間ではないぞ」

「どうやったら引っ込むんだよ」

「世界ごと焼き払うくらいはしてもらおうか」

 この人マジ怖いわー。痛いわー。

「別に籍まで入れるという訳じゃない。ただ私は結ちゃんと一緒に暮らしたいだけなんだ」

「だからそれがダメだと言っている」

「籍を入れればいいのか!」

「アホかお前は」

 やめて、そんな恐ろしい形相でみないで。くそう、なまじアホなだけに余計に手間がかかる。

「……別に結に会うなって言ってるわけじゃない。家に来るのも構わん。だがな」

 はっきり言っておくべきだろう。

「俺もあいつを手放すつもりはない」

「……面白い、君にそこまで言わせるとは。君もこちら側の人間か」

 どちら側のお話でしょうか。私めにはとんと分かりませぬが。

「それではプランBだ」

 プランBとかあったんかい。どうやら徐々に要求の難易度を下げて俺を頷かせるのが目的のようだ。手の内見切ったり。

「私と君で、結婚しよう」

「え?なんだって?」

 ティッシュの箱投げられた。痛い。復讐のつもりか。復讐は何も生まないって誰かが言ってた。

「君に難聴属性があるとは知らなかったぞ。その腐りかけた耳には治療が必要かな?」

 やばい、今日のエビ天はやばい。マジギレダブルフィーバーしてる。はやくそのドライバーを捨てろ。

「落ち着け、落ち着くんだエビ天。俺の耳を串刺しにしても事態は好転しないぞ」

 目が怖いよう、もうやだこの変態淑女(ロリコン)

「もう一度、はっきりと喋るからよく聞くんだ。私と結婚したまえ」

 最近は草食系の男が多いからな、女性の皆様もこのぐらい必要なのかもしれない。嫌な社会になったもんだ。ドライバーチラつかせながらプロポーズとかおかしいだろ。

「もちろん、私の家で暮らせる。前にも言った通り、お金に関しては不自由させないさ」

「あー、待て。少し落ち着け」

 後ろで結が寝てるのを確認する。とにかく、こいつは本気だ。なんとかはぐらかすしかない。いやーきついっす。

「さぁどうする少年。3食美味い食事を与えてやるぞ」

「人を飯で釣るんじゃない」

「君には1番効くじゃないか」

「確かにそうだが」

 そんな釣り針に釣られるものか。今だけは。

「こういう話は焦ってするものじゃないだろう」

「そんな風に逃げても無駄だぞ少年。今日の私は阿修羅すら凌駕する存在だ」

 おとめ座は帰ってくれ。この変態野郎が。

 しかしこのままでは押し切られるような気しかしない。まずいまずい、流れを変えねば。流れを。川の流れのようにー。

「俺からひとつ提案がある」

 頷いてくれるあたり、一応聞くことは聞いてくれるみたいだな。余裕だとでも思っているのか。

「いくらなんでもすぐにどうこうってのは、現実的じゃない。だからな」

「そんな道理は通用しんぞ、少年」

 くそったれ。話を聞けやこのエビ野郎。

「ん……ん。天さん……来てたのですか」

 天使降臨。どうしてこんなタイミングで起きて来るのだ妹よ。今修羅場なんだよ。察しろよ。

「ああ、結ちゃんおはよう。実は大事な話があってだな」

「止まれエビ天」

「どうした少年。結ちゃんの気持ちを聞くのが1番早いとは思わんか?」

 クソが。こいつに頼むんじゃなかった。俺の読みが浅かったとでも言うのか。いやガチレズの生態とか分かるわけないやん?

「いいから止まれ。明後日の日曜だ。俺と結でお前の家に泊まりに行く」

 もうヤケクソだ。とりあえずこいつを帰らせられればなんだっていいや。

「ふぇ……?」

 結は混乱してるが、まぁとりあえず仕方ない。悪いとは思うがどうしようもないんだ。

 ――このロリコンから、妹を守らねば。

 いや待て、このエビ野郎フリーズしやがった。

 いっそこのまま冷凍エビになってくれればそんな楽なことはない。そのまま安価に取引されてくれ。

「分かったよ……少年。今日はそんな所に落つけようじゃないか」

 満面の笑みで譲歩した感じを出すんじゃねぇ。結論出すのやけに早いし。

「そういうことなら、今日は私は帰るよ。色々とやることができたからな」

 そう言ってこの腐れエビ天は、我が家から足取り軽く帰って行ったのである。あー……疲れた。




「というわけで、明後日は奴の家に行く」

「……お兄ちゃん、話の流れが読めません」

「まぁ、結論がわかれば何とかなるっしょ?」

 あー、焼きそばマジうめえ。

「天さんのお家にお泊まりですか。……お兄ちゃんも一緒、ですか?」

 当たり前だ、可愛い妹の貞操の危機だぞ。

「お仕事は大丈夫ですか?」

「まぁ大丈夫だ。心配するな、美味い飯を食わせてもらえるぞ」

 3日分に相当する給料をエビ天からむしり取る予定だし。

「そう言えばお兄ちゃん」

 どうした妹よ。焼きそばならもうないぞ。

「なんだ、不安か?」

「いえ、全く違うことなんですけど……。最近、夜中に変な物音がするんです」

 ……ホラーゲームは趣味じゃないよ?

 前にも言った通り、俺は寝付きがいいので夜中に多少の物音がしようと恐らく分からぬ。結がそう言うのなら、本当かもしれない。

「どんな音がするんだ?」

「天井の方からカタカタいったり、たまには人の声も」

「他の部屋からの声……だろ?」

「いえ、何だか……頭に直接語りかけて来るような、そんな声がするんです」

 結の頭の心配をするべきか、幽霊の心配をするべきか。湯たんぽの頭の異常って最早どういうことだろうな。深く考えちゃいけない気がする。SAN値がピンチ。

 しかし俺は、怨みを買うような人間だろうか。少なくとも幽霊に直結する理由は思い当たらん。

「気のせいだと思いたいな……どんな事を言っているのかは、分かるのか?」

「そこまでは……よく分からないです。お兄ちゃん、人を陥れたり辱めたりした記憶は」

「特にないと思うが」

 お前以外は辱めてないからな。結様のあの声はやっぱり捨てがたいものでしてね。

「なら、多分気のせいですよね。お兄ちゃんって、怖いの苦手なのですか?」

「……まぁ、人並みかな」

 とりあえず結を抱いて寝てれば大丈夫だろう。

 警察とか来ない限りは。




「お兄ちゃん……お兄ちゃん……」

 あー、いい気分だ。湯たんぽ温かくまどろみに誘う。揺らさんでくれや妹よ。

「声が……声がするんです」

 は?マジ?遂に通報されたか。

「晩御飯の時に話した、幽霊さんかもしれないです」

 幽霊にさん付けする礼儀正しい妹が誇らしい。しかし俺は眠いんだ。幽霊なんかに……幽霊?嘘だろ。嘘だと言ってよ湯たんぽ。

「妹よ、いつ声がしたんだ?」

「ついさっき……玄関のあたりから……」

 流石の結もビビってるようだ。一般人からすれば、こいつだって十分超常現象なんだけど。

「今は声しないのか?」

「今はしません。でも何か、すぐ近くにいるような感じがします……」

 速報、湯たんぽはニュータイプ。人間だけが神を持つって言うけど、訂正が必要だね!

「幽霊なんて、ここに住んでから一度も感じたことなかったのに……」

 言った途端、結がビクリと動いた。

「何か言ってます……」

 やめてくれぇ!しかし結を連れて逃げ出したりしたら幽霊より怖い人にお世話になる。いつだって人間が、他人が何よりも怖いものだ。

「なんて言ってるかとか……分かる?」

「えーっと……感覚が鈍い?もうずーっと……?」

 よく分からんが。

「あ、そこにいます」

 やめろぉ!虚空を指ささないでくれ結様!

「み、見た目は……」

「白い髪の、女の人……です」

 ブルブルしてるよ。俺もだけど。バイブレーション機能つき湯たんぽとはこれいかに。

「こっち指差してます……。待ってた?この時を?ふぇっ!」

 なんだよ、どうしたんだよ。やめてくれよ結。

「め、目の、前に……お、にい、ちゃん……!」

「落ち着け結……そいつら何をしようとしてるんだ!」

「お兄ちゃんの首……思いっきり、締めてます……!」

 マジかよ怨霊じゃねーか!やばい!死ぬ!死ぬ!

 ……あれ。全然苦しくないんだが。

「お兄ちゃん……幽霊さん怒ってます。えーっと……このバカ!鈍感!ポンコツ!」

 妹に言われると傷つくな。しかしどういうことなのか、俺締められてんの?

「結、そいつと会話できるか?」

「いや、お兄ちゃんの声も私の声も聞こえてるみたいです。日本語の通じる幽霊さんで良かったですね」

 さっきまでの恐怖は薄れてしまったのである。怨霊とは言え無能にも程があるだろうが。



「というわけで、数々の暴言や恨み節、比喩を省略して要約するとですが」

 有能な通訳で助かる。結の才能と言うべきか。元湯たんぽは伊達じゃない!

「どうやらこの幽霊さんは昔お兄ちゃんがいじめた白猫さんのようです」

 ……記憶にもねぇや。白猫なんていたっけか。

「既にだいぶ前にお亡くなりになってからずーっと、お兄ちゃんを襲っていたようですが……あまりの霊感の無さにいくら手を出しても感じなかったとか」

 怨霊に同情する羽目になるとは思わなかった。健気すぎるだろこの猫。

「しかも他の怨霊には人の1人も殺さないとバカにされ、後から死んだ後輩怨霊にまで、先を越されたりしたそうです」

 可哀想すぎる。

「ここ5年で話しかけてくれたのは私が最初だとか」

 ぼっちにも程があるだろう。哀れなるかな白猫。

「それで、そいつは一体どうしたいんだ」

「端的に言えばお兄ちゃんを殺さないといけないみたいなんですが……それが出来れば苦労しないと」

 俺がそれほど鈍感だとは知らなかった。

「他の奴じゃダメなのか?」

「怨霊としてのプライドが許さないと」

 そんなプライド捨てちまえ。

「じゃあ、俺以外の奴に害を及ぼす気はないと?」

「みたいですね。お兄ちゃんにも害を及ぼせないですし」

「人畜無害だな」

「あんまり言うと泣いちゃいますよ」

 お前も中々畜生なことを言っているがな、妹よ。

「まぁそれなら俺の頭の上をふわふわしててもらえばいいんじゃないのか」

「お兄ちゃん、あっさり信じるんですね」

 湯たんぽが人になる世界で、何を疑うことがあるのか。しかも結の話し相手にぐらいはなるかもしれないし。

「そうと決まればそれで構わんよ。怨霊だし魔除けくらいにはなるだろ」

「目には目を、魔には魔を。と言ったところですか」

「成長したな、妹よ」

 あー、誇らしい。可憐で有能な妹って素晴らしいな。

「結、そいつに寝てる間は静かにしとけって言っとけ。あとはまぁ、お前が飼っていいよ」

「え……」

「猫が気に入ったんだろ?見た目も猫っぽくしてもらえばいいじゃないか」

 どうせその怨霊だって結以外には相手にしてもらえないのだから、結が飼い主で何の不足もあるまい。

「飼っていいんですか…?」

「いーよ。餌代もいらないし、人に見えないし」

「……ありがとうです。お兄ちゃん」

 俺がいない時、結の話し相手になってもらえるとありがたいし。俺に殺意を持ってるらしいが、今んとこ大丈夫そうだし問題ない。


 次の日に結が、見た目も猫になってもらったと嬉しそうに報告してきた時、俺は怨霊に同情を禁じ得なかった。



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