第七話 エンド・オブ・ジ・エンデミック
「どこに向かってるんですか?」
「私のボスがあなたに会いたがってます。その前にあなたの様子を確認しようと思って、あの部屋に少し居てもらいました」
二人は隔離室から出て、長い通路を歩いていた。
「ていうか日本語話せるなら最初からそれで話してくださいよ……。すげえ恥ずかしい事した気がする」
「ごめんなさいつい悪戯心で。私は日本人ですよ、大町結花と言います。挨拶が遅くなって失礼しました。……さあ、着きました。この部屋に私のボスが居ます」
三上は大町に連れられるがまま部屋に通された。
会議室のようだ。
上座に大柄な男が座っている。
とてもガッチリとした体型で、軍服を窮屈そうに着ていた。
防護マスクは装着していない。
その男と大町が何かを話しているのを三上はじっと見ていた。
そして話し終わると大町は防護マスクを外した。
男が三上に何か話しかけた。
大町がそれを訳して三上に伝える。
「手荒に扱って申し訳ない、ああするしか君を連れ出す方法が無かった、と言っています」
「ああするしかって、俺達のヘリを攻撃した事ですか? 何言ってんだコイツ頭おかしいのかよ! 死にかけたんだぞ!? 諦めず他の方法考えろ!」
「落ち着いて下さい三上さん。事情は私から説明します」
三上は黙って男を睨み続ける。
彼らの目的が自分であることを三上は察していた。
理由は何であれ、一歩間違えれば死んでいた。
明らかにあの攻撃は輸送ヘリの撃墜を目的としていたように三上には思えてならなかった。
(俺を連れ出すってのは、嘘か。本当は殺そうと思ってたんだろ……)
大町が話しかける。
「三上さん、私たちは合衆国直属の組織です。ハッキリ言います。私たちが練馬の自衛隊基地を襲撃しました。強硬手段をとった事には、そうしなくてはならない理由がありました」
三上は黙って大町の話を聞いていた。
「昨日、ウィルスの感染報告を受けて私たちは直ぐ独自に調査を始めました。その症状、感染速度は明らかに異常だったからです。その過程で自衛隊の通信も傍受していました。そして、通信の中に最初の感染者を確保したという報告を確認しました。三上さんの事ですね」
「異常って、どういう事なんです?」
大町は三上の問いに答えず、上座に座って様子を見ていた男に何か話しかけた。
男は黙って頷く。
英検四級の三上にはもちろん何を言っているのかわからない。
「……ボスに全て話して良いと許可を頂きました。つまりですね、このウィルスは自然に生まれたものではないという事です。もっと言えば、私たちが研究、開発したものです。その原株を三上さんが取り込んでしまい今回の事件に至ったようです。原株は合衆国で厳重に保管されているのでハッキリ言ってこんなことは有り得ないはずなのですが。三上さんの血液から採取したウィルスを確認したところ、私たちの作り出したウィルスと96%一致しています」
「へ……?」
「基地を襲撃したのはこの事実を周知させない為です。合衆国の関与が明るみに出たら、世界情勢に多大な混乱が生じます。それを防ぐ為に強硬手段を取るしかありませんでした。この事実を知っているのは我々と防衛省の一部高官のみです。……さて三上さん、何か感染した原因について心当たりありませんか。例えば合衆国の人間や他の外国の人間と最近接触した事があったりとか。兎に角何でもいいんです。気になることがあれば教えて欲しいです」
三上は考える。
「俺には外国人の友人は一人もいないです。でも会社の取引先の一部は外国企業で、たまにそこのビジネスマンと取引の打ち合わせとかで会うことはありましたけど……」
「あの英語力でビジネストークするんですか?」
「すげえ失礼なこと言うな……。もう敬語使わないぞ。話すときは通訳を通してたんだよ」
「ごめんなさいつい悪戯心で。三上さんの務めていた会社の名前を教えてもらえます?」
「株式会社エコノミック・スレイブですけど……」
後ろで話を聞いていた男が思わず噴き出した。
「……社名はともかく、三上さん、その一部の外国取引先企業の名前をすべて教えて頂いてよろしいですか? コンプライアンスは無視してください。非常事態ですので」
大町が三上にペンとメモ用紙を渡す。
しかし三上は企業名を書き出そうとしなかった。
「その前に質問があるから答えて欲しいんですけど。ヘリに俺と一緒に乗ってた人達はどこにいるんですか? この施設に一緒に運び込まれてたりします? 居たら少しだけ会って話したいんですけど」
大町は答えない。
「大町さん、それ教えてくれたら調査でも何でも協力しますよ」
「……その人達はここには居ません。今はそうとしか答えられないんです。ごめんなさい」
三上はそれ以上は何も言わず、仕方なくメモに企業名を書き始めた。
※2017/01/14
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。