第六十一話 パンデミック・リターン
「無茶言わんでくださいよ!」
飛行屋の男が三上と山田に向かって思わず声を張り上げる。
そのリアクションを予想していた山田が粘り強く交渉を続けていた。
「そうですよね。只でさえ長旅になる上に、あの島に着陸してくださいとは言えません。そこで提案なのですが……」
山田がちらちらと三上の方を見てきた。
三上は意図が読めず取り合えず下手な笑顔をマスク越しに返すだけに留めた。
「提案というのはですね、この男をね、機が島の上空に辿り着いたら、放り出してしまおうと思ってるんです。この男が日本に行きたいと言い出した張本人でして……」
「おっと!? んんっ!? ちょっと山田さん何言ってるんですか!?」
突然の山田の発言が全く理解できない三上。
まぁそれなら、と飛行屋が承諾した事で彼はより一層の焦りを見せる。
「つまり、山田さんのお隣に居るその不気味な男をパラシュートで降下させるんですな?」
「そういう事です。それならどうでしょうか、日本までのフライトをして頂けますか?」
「なぁんだパラシュートなら大丈夫ですねとは言いませんよ俺は!! 高所ダメなんです!! 高所恐怖症なんですよ俺!! 何勝手に決めてるんですか山田さん!!」
山田は笑いながら三上の訴えを受け流して交渉を続ける。
「では、報酬の件ですが……」
「貴方には昔お世話になったとは言え、今回の要件は長旅だし危険な地域へのフライトですから。報酬はそれなりに弾ませてもらいたいものですな」
日本へのフライトの話が徐々に纏まっていく。
三上の訴えはもう山田には届かなかった。
「……本当に、それを頂けるのですか?」
「なんなら今、前金として何個かお渡しする事も出来ますよ。ほら三上君、ウィルス殺しを差し上げて」
三上はバッグから数個のサンプル瓶を取り出し、地面に並べていく。
「これがあのウィルス殺し……。本物であるという保証は……」
「以前会った時と違い、俺がマスクをしないでここに立っているのが証拠ですよ。信じて頂けないなら俺たちのコミューンに来ていただければ」
「いや山田さん、大丈夫です。あなたの事だし嘘はつかないはずだ。これをどれほど頂けると?」
「少なくともあなたの身の回りの人々を救うのに十分な量を用意できます」
飛行屋の男はしばらく考え込んだ後、首を縦に振った。
そして山田と飛行屋の男は直ぐに詳細を煮詰め始めた。
その会話を聞きながら三上はこの先の事を考えていた。
全てを終わらせる。
その覚悟はあのマンハッタンの戦いから既に一ヶ月が経とうとしている今も三上の心に焼き付いていた。
「その為に日本に行くんだ……。パラシュート降下なんて、望むところだ」
「おっ、良い心がけだ三上君。大丈夫だよ俺が事前にレクチャーしてやるから」
間もなく飛行屋と山田の間で最終的な取り決めが終了した。
飛行屋は燃料や人員の用意にかかる日数を元にフライトする日を二人に伝えると立ち去っていった。
「さて、準備はこれでいよいよ整ったぞ三上君。もうキャンセルできないぞ。本当に良いんだな?」
「この一ヶ月本当にお世話になりました山田さん。大丈夫です。覚悟を決めてますから」
「なぁ、それならそろそろ日本に戻って何をするのか教えてくれてもいいんじゃないか」
しかし三上はその問いには答えず、マスク越しに下手な笑顔を見せるだけだった。