第五十五話 パンデミック・ウォー7
「つまり、まだ誰もブロードウェイを渡れていないんだな」
ベイズアザディの兵士達は一時的に広場に集合していた。
戦闘状況の確認と今一度マンハッタン攻略の為に作戦を練り直すためである。
「ブロードウェイを突っ切ろうとすると途端に銃弾の雨が降ってきやがる。しかし妙だ。カバーしている範囲が広すぎる。俺達は180丁目辺りから抜けようとしたが駄目だった。でもお前らは南下した90丁目付近でも同じく阻止されたんだろ?」
「相手はそこまで兵隊は揃えていない筈だしな。何かカラクリがあるはずだ。それに厄介なのが例の原株キャリアー、パンデミックマンの存在だ。味方が相当やられた。これ以降もツーマンセルで分散して行動するのは危険だな」
彼らが思案していると、遠くから重低音が響いてきた。
それと共にこちらに何かが向かってくるのが見えた。
ブロードウェイをダウンタウン方面からゆっくりと進んでくるその何かの姿を確認した兵士達が青ざめる。
「……おい、あれってまさか」
「ヤバいぞ、散開しろ! あんなもんまで出てくるのかよ!!」
次の瞬間、衝撃波と耳を劈くような咆哮と共に兵士達の直ぐ付近に砲弾が飛来した。
エイブラムス戦車の主砲の直撃を受けたビルは周辺に瓦礫と煙をまき散らす。
「撃ってきやがった! 逃げろお前ら! 早く散開しろ!!」
主砲発砲の後、砲塔から山田が身を乗り出し砲塔上部に設置された重機関銃で嵐のように兵士達に向けて弾を浴びせていく。
蜘蛛の子を散らすようにベイズアザディの兵士達が路地に逃げ込んでいった。
「よし、一先ず挨拶はできたな。側面に注意しつつ転身、ウェストエンドアベニューに入ってくれ」
「了解」
山田達四人の運用するエイブラムス戦車が素早く転身し路地へ進路を取る。
散開した兵士達はそれを見て急いでサーシャに連絡を入れた。
「司令! 戦車が出てきました! あれは流石にまずいですって!!」
それを聞いたサーシャは事も無げに言葉を返してきた。
「回り込んで何とかして。私も市街地に来てるけどさっきの音は戦車砲の発砲音だったんだ。回収できれば私たちのコミューンの影響力はますます高まるじゃん、鹵獲しよう」
「そ、そんなの無茶ですよ!」
しかしそれ以上何も言わずサーシャは無線を切ってしまう。
兵士達は何とか数名ずつ再び合流し、無線を通じて対戦車戦の為に動き出そうとしていた。
しかし、その全てはマンハッタンの人々には筒抜けだった。
「暗号通信もジャミングウェーブも使えないこの時代だからこそ、無線通信ってのが統率のとれた軍隊の最大の弱点になるんだよ」
ヤンはそう呟くと直ぐに山田達に連絡を入れる。
「おいゼンダー、敵さんの次の動き傍受できたぜ。戦車の裏に回って直接鹵獲しようとしてるっぽいな。あと三上、そっち付近に二人組が3セット、ブロードウェイに近づいてるから足止めか排除頼んだ。迎撃隊の奴らはウェスト120丁目付近からウェスト130丁目付近で待機警戒、っと」
「流石ヤンだ! 俺たち偵察隊のリーダーを任されていただけの事はある」
「もっと褒めろや。この時代に無線傍受出来る人間なんて俺くらいなもんだぜ。敵さんは市街地でのゲリラ戦を意識していく以上、常に仲間と連携を取らなきゃならねぇ。無線封鎖が出来ないってのは辛いだろうな」
ヤンの盗聴によって、ベイズアザディの動きをマンハッタンの人々は完全に把握していた。
その為、ブロードウェイの防衛線を少ない人数で的確に構築することが出来たのだ。
「広い範囲で飽和的且つ一斉にブロードウェイを横断されたらどうしようもなかったが、戦車が到着したからもうそれにも対策可能って訳だ。後は西側の完全放棄だけだな」
ジェシーが無線で三上に連絡を取る。
「そろそろ偵察も引き上げていいぞ、いよいよグランドフィナーレだ」
「あと少し待ってくれ、交戦回数が多くてまだ予定数仕掛けられてないんだ」
「了解、急げよ」
三上は無線を切ると、急いでビルの非常口階段を駆けていく。
ヤンの無線傍受と三上の偵察によって、市街地でのベイズアザディの行動は掌握されていた。
そうまでして東側に到達させないようにしていたのは、三上が提案したある作戦の為だった。
三上はビルに何かを設置しては次のビルに向かっていく。
そして会敵すれば、これを次々に排除していった。
「困ったね」
サーシャは無線を投げ捨てる。
彼女は傍受に気付いた。しかしそれを味方の兵士に伝えようとはしなかった。
彼女は単騎で市街地に潜伏していた。
その目的は三上の排除だった。
「マンハッタンの制圧なんか今はもうどうでもいいんだ。原株のキャリアーがまだ生きていたと分かった以上、これは全ての事項に優先される」
サーシャは静かにその身を隠しながら、街に入り込み三上を探していた。
※2017/01/15
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。




