第五十二話 パンデミック・ウォー4
マンハッタンの街はかつての姿に引けを取らないほど慌ただしさを取り戻していた。
サーシャが橋の向こうへ戻って3時間ほどは経っただろうか。
依然として兵を引き揚げる様子は無かった。
三上の読み通り、恐らく強攻策を講じてくるのだろう。
それ故に、橋の周りを始め、マンハッタンは防衛の為の準備を急遽進めていた。
その中にはゼンダー、マルティネス、ヤンの三人の姿もあった。
三人はコミューンの人々に混ざり、作業を手伝っていた。
「いいのかお前ら。もう自由の身なんだ。仲間のところに戻っても誰も咎めないぞ」
ジェシーが三人に呼びかける。
マルティネスがそれに答えた。
「いいか、あの橋の向こうに俺達のコミューンはあったんだ。あの道からここに来るには絶対に俺達の居たコミューンを通る必要がある。そして、当然ながらすんなり通す訳がない」
ヤンが続けた。
「つまり、ベイズアザディに潰されたんだろうよ。俺達のコミューンも、あいつ等とは敵対してたからな……。もう帰る場所なんてねぇんだ。後は成り行きに任せるさ」
「なるほど……。何にせよ非礼を詫びるし、感謝してる」
ヤンがそれを聞いて笑い声を上げた。
「どこかのマスク野郎と違って若いのに礼儀が分ってるじゃねえか!」
その頃、三上は単身橋の付近に赴いていた。
橋には車の残骸が散乱している。
付近の建造物は不安定に鉄筋を露出させていたり壁が剥がれ落ちている。
街に入る為の進路上に戦力を集中させても、ベイズアザディの連れてきた数百人の兵士の侵入を止めるのは難しいだろうと三上は考えていた。
どう考えてもベイズアザディの連れてきた兵士を止めるには戦力が不十分だった。
「そう、普通ならな……」
三上がそう呟く。
すると背後から笑い声が聞こえてきた。
振り返るとマホーンがそこに立っていた。
着込んだ防護服がとてもキツそうだ。
「三上君、何を考えているのかは何となく予想がつく。そのスーツの傷の付き方からして、前にも同じような事をしたんだろう」
マホーンが三上の横に立つ。
三上はマスク越しですら、マホーンの目を見る事が出来なかった。
マホーンは気にせず続ける。
「君の着てるそれは特殊防護服なのだろう。一目で分かった。何せあの当時の最新鋭特殊部隊用のスーツがベースになっているからな。それのベースを作ったのは私がSWARPAよりも前にいた合衆国軍の兵器開発部署でね。高見博士と知り合ったのもそこだった」
「そ、そうだったんですか。ホントこの10年間これには救われましたよ。耐弾性も高いし放射線測定機能付きだし」
「しかし改造してあるな。傷の補修では無く本体そのものにカスタムが加えてある」
マホーンがそう言うとスーツをまじまじと眺め始めた。
10年間殆どメンテナンスもしないで四六時中着用され続けたそのスーツはあちこちが酷く汚れていた。
「脱がなかったのか?」
「本当に辺りに人気も無いようなところでしか、脱いでません。わかるでしょマホーン局長、俺が生身晒すとどうなるか」
マホーンは少し申し訳なさそうな顔をした。
「ところで、ウィルス殺しは原株のキャリアーである君には効かなかった、と言うことなんだろう」
「それどころかウィルス殺しを取り込んで変異しましたよ。簡単に言うとウィルス殺し殺しってところですね」
「そうか……。やはり君は、その身を持って彼らを止めるつもりなんだな」
「大丈夫ですよ。対物ライフルでも持ってこなきゃこのスーツの正面装甲は抜けないですし。マホーン局長の言う通り昔一度やった事ありますから。その時はまるで違う理由でしたけど」
二人はしばらく静かに橋の向こうを眺めていた。
数時間前よりは離れているものの、相変わらず遠くに集団の影が蠢いて見えた。
恐らく襲撃の為の準備を進めているのだろう。
「だから、戦闘になったら皆さんは絶対に防護マスクを外さないで下さい。そして、俺が防護服を解放状態にして移動したエリアは封鎖して誰も立ち入らせないで下さい」
三上はそう言うとマスク越しに微笑んだ。
マホーンはそれが不思議だったが何も言葉は返さなかった。
※2017/01/15
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。