第五十一話 パンデミック・ウォー3
「三上君、ようやく見つけたぞ」
「マホーン局長……」
三上は言葉を続けられなかった。
自分が引き金を引いた相手が今、目の前に座っている。
何を言うべきかまるでわからなかった。
それを察してか、マホーンが言葉を繋いだ。
「結果こんな世界にはなってしまったが。あの時の事はもう気にしてない。本心だ。お互い必死だったんだ」
「マホーン局長、それでも、本当に、すみませんでした。撃った事も、ウィルスの事も、結花ちゃんの事も全て……」
「ユカ? そうか、つまり……。そう言えばな、撃たれた時、傷口が摩擦で焼かれたから私は感染しないで済んだ。幸か不幸かわからないが、ともかくその後も私は生き残れた」
小さなビルの一室。
三上、ジェシーの二人と対面して、サーシャ、山田、マホーンの三人が座っていた。
マンハッタンとベイズアザディとの間の和平交渉は三上とマホーンの会話から始まった。
「なぁ、三上君、俺の事は覚えてる?」
山田が冗談っぽく言う。
「も、もちろんです。自衛隊にいましたね。ご無沙汰です」
サーシャが口を開いた。
「旧友との再会ってのはいいものだね。もちろん私もまた君と会えて嬉しいと思ってるよ。しかし無駄話を長く続ける訳にはいかないんだ。今後の取り決めをそちら側のリーダーさんとも決めていきたいし」
ジェシーはぶっきらぼうに答えた。
「言っておくが、脅迫される為じゃなくて交渉をする為に集まってんだ。そこは分かってんだろうなお前」
サーシャが不敵な笑みを浮かべた。
「シンプルな話だ。私達はLA、西海岸に拠点がある。東海岸のニューヨークに支部があるととても心強いんだ。だから、どうだろう、同盟という形でお互いに協力しあっていくというのは」
「具体的には? それは俺たちにどんなメリットがあるんだ」
ジェシーが表情を変えずに言葉を返す。
「君たちのメリットとしては、コミューン間の交友関係の拡大、物資の安定的な供給源の確保、大陸全土における安全の保証。先程言ったように私達は東海岸に拠点が持てるから、より勢力が拡大できる。お互い良い事尽くしだろ」
三上が鼻で笑った。
「根底にあるのは排他主義じゃないですか。他のコミューンを襲って物資を巻き上げて勢力を伸ばしてるわけでしょ。ここのコミューンをよくもまぁ排他的だなんて言えたもんですね。結局このマンハッタンのコミューンの人々にもあなた達と同じ事をさせるってことじゃないですか」
「三上君、なんかこう、賢くなったな」
山田が目を丸くしながら呟いた。
「そりゃまぁあの頃よりは……。色々見てきたし色々知りましたよ。ところで、俺はあくまでマンハッタンには旅の途中で訪れただけの部外者だからあまり意見はしたくないんですが、これは俺が今後も旅をしてウィルス殺しを配っていく上で付きまとう問題だからハッキリ言っておきます」
一呼吸おいて三上が再び話し始めた。
「少なくと今後はウィルス殺しはベイズアザディの関連コミューンにはもう配りません。既に配ってしまっている分は仕方ありませんが。ウィルス殺しの量産にはあるものが必要なんですが、それは恐らくそう易々とは手に入りません。だから、俺が打ち止めたら」
「待ってよ三上君、それはあくまで交渉決裂が決まった時の話だろ? 気が早いなぁ、まずは前向きな意見交換と行こうじゃないか」
サーシャが三上の言葉に被せるようにそう言った。
「……まぁ、良いでしょう。決めるのは俺じゃなくてここにいるジェシーです。彼は見た通り若い。でもマンハッタンをとり纏めているコミューンのリーダーです」
ジェシーは挨拶もなくその場で足と腕を組みながら、だらしなく椅子に腰掛けたままだった。
「やぁ、ジェシー君。改めましてこんにちは。私はサーシャ。ベイズアザディ全体の戦闘隊長、司令官みたいなもんだ」
「悪いな、色気の無い女とは会話しねえって決めてるんだ」
ジェシーがサーシャを挑発した。
「なぁ、気持ちはわかるよ。そりゃ武装した人間をこれだけ連れてきたら警戒もするだろう。だけどね、こうして会談して、話し合いで事が済むならそれに越した事は無いだろう」
「なら、一度あいつらを連れて帰って、後日また話し合いに来てくれよ。ご足労だが、姿勢が気に食わねえ」
ジェシーがすぐさま切り返す。
伊達にこの年齢でリーダーを努めているわけではない。
「大体一方的な話じゃねえか。俺は、俺達マンハッタンは今でも大して困ってないぜ。見返りが小さすぎるな」
ジェシーは畳み掛けるようにそう続けた。
「交渉する気が無いってことかな? 私達は精一杯の提案をしたんだけど」
サーシャは静かに言葉を返した。
暫く沈黙が続く。
「時間をおいて、私は戻ってくるよ。君たち二人はどうするんだ。彼に、三上に会うのが旅の目的だったんだろ」
サーシャはマホーンと山田に問いかける。
「そのとおりだ。まさかこんなところで再開するなんて思っても見なかったからな」
「このままここでお別れでも構わないよ」
「魅力的な提案だが、セドをLAに置き去りにしてしまった。彼を迎えに一度LAに戻らなくては」
サーシャは不敵な笑みを浮かべる。
「心配には及ばないさ。彼は、あの少年は私達ベイズアザディにとっての宝だったんだから。心配はいらない」
「し、しかし」
マホーンは食い下がろうとした。
しかし、LAはセドにとって恐らく最も安全な場所であると断言できる。
それを思うとマホーンは何も言えなくなってしまった。
山田も恐らく同じことを考えていたのだろう、彼もまた何も言う事なくただ俯いていた。
「まぁ、お二人が離反するかどうかは今すぐ決めなくても良いよ。最も、決断を迫らざるを得ないかもしれないけどね」
そう言い残して、サーシャは部屋を去った。
「どういう意味だ……?」
「勘が鈍ったんすね、山田さん」
三上が答えた。
「つまり、サーシャさんは直ぐに問答無用でここを潰しに来るってことですよ」
※2017/01/15
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。