第五話 エンデミック・ストライク
朦朧とした意識の中で、三上は自分が担架で運ばれている事だけは理解していた。
僅かに人の声が聞こえる。
その言葉は日本語では無いように三上には思えた。
頭が働かない、まるで今朝起きた時の状態みたいだ、と三上はぼんやりと考えていた。
あの時は部長に息の根を止められたくない一心、その気力だけで会社に向かっていた。
(いや、もしかしたら今朝から夜までの出来事は夢か空想だったのかもな……。きっとそうだ。家で倒れちまって救急車を呼ばれたか何かで今運ばれてるんだろ)
首を横に向ける。担架の作りが悪いのか、身体が全く楽にならなかった。
手足が動かない。何かで固定されているようだ。
それを確認しようと目を開くと、担架を運んでいる人の姿が目に入った。
(ん……? なんだこの救急隊員ライフルなんか担いで……。ていうかこの人は外国人か。どこの病院に運ばれてんだ俺は。……いや、まずこの人の着てるの、軍服かこれ? んん? まさか、夢じゃないのか!?)
三上の意識が急激に覚醒した。
しっかりと周りを見渡す。
遠くの方に戦車や装甲車がちらほら見えた。
どこかの軍事関連の施設の側を通っているようだ。
「ンンムムム!? ンウーッ!! ンンンーーー!?」
口が開けない。どうやら拘束具のようなものを装着されているらしい。
すると三上が目覚めた事に気づいた何人かが、慌ただしく何か話し始めた。
周辺には担架の運搬係の他にも多くの兵士が三上を囲むように追従していた。
彼らが急ぎ足で建物の方へ向かう。
担架もそれに合わせて移動速度を上げた。
(ええーーー!? 何処ここ!? なんだこいつら外国語しか話さねえじゃん!! 国外か!? いや違うこの空気は日本の空気、俺がホームでこいつらがアウェイのはずだ……。ウェルカムようこそ日本へだ)
混乱する三上を載せた担架は施設内に運び込まれた。まだまだ担架の旅は続くらしい。
運ばれている間、三上はなんとかして最後の記憶を思い出そうとする。
次第にその記憶がよみがえってきた。
高見博士に連れられ、急いで屋上に向かう三上。
そこから直ぐにヘリに乗り込んだ。
ヘリが浮上してから三上は眼下の練馬駐屯地の様子をずっと眺めていた。
暫く経った頃だった。
駐屯地が制圧されたという連絡が同乗していた山田陸曹長の元に届いた。
隊員達は皆驚いていた。
一方の三上は他人事同然で、ただその様子を眺めるだけだった。
山田が乗員達に手短に行先の説明をする。
「赤羽の基地は自衛隊の兵站の中枢です。ここには練馬のものと相違ないレベルの研究施設、つまりバイオセーフティレベル3に対応可能ですから、今はまずそこに、十条駐屯地に向かいましょう」
直ぐにヘリは赤羽に向けて移動を開始した。
しかし、動き始めた直後に、背後から二機のヘリが追走してきた。
「ばっ、馬鹿なぁ!? この機影は攻撃ヘリじゃないですか!! あ、あああ、ぁああぁあまずい! いつら攻撃ヘリまで持ってるなんて……。本当にまずいですよぉ陸曹ぉ! このCH-47じゃ逃げられませんよ! 輸送ヘリなんですからぁ!!」
「落ち着け梅宮ぁ! おい小林、追走してくる機の特定急げ! 機長、出来るだけ高度を落としてくれ」
三上達を乗せたヘリが急速に高度を落としていく。
後を追ってくる二機の攻撃ヘリも釣られる様に空から降りてきた。
攻撃ヘリの一機が機関砲を使用する。
その掃射音は、エンジンの騒音が響く輸送ヘリの中でも不気味とはっきり聞こえた。
「ひいいいいいい……!? た、高見博士えええええ!! 俺まだ死にたくないよおおお」
三上は思わず絶叫する。
「落ち着いて三上さん。威嚇だ、今の射撃は。相手が本気なら僕たち肉片になってるよ」
高見博士は笑いながら冷静に三上をなだめる。
三上を窘めつつ、一方で高見博士は別の事を考えていた。
急な会敵による緊張からなのか、或いは別の要因があるのか、高見博士はどこか自身の体調に違和感を覚え始めていた。
(発症したのか? 僕の身体の特性抗体ですら感染を抑えられないなんて事があるのか? ……まさか、彼の中にある原株が変異している?)
攻撃ヘリが再び機関砲を発射する。
今度は輸送ヘリの側面ギリギリを掠めた。
ヘリの中に金属の擦れる音が響き渡る。なんとか躱したようだ。
しかし尚も二機の攻撃ヘリから掃射を受け続ける。
先程までとは違い、今度は確実に狙いを定めているようだ。
操縦士達は必死に回避行動を続けていた。
山田が思わず声を荒げた。
「クソッ!! 奴ら市街地上空でもお構い無しか! 完全に読み違えた!」
少し夜が明け始めた東京。
流れ弾のいくつかは地上の建造物にダメージを与えていく。
早朝の東京は、自宅待機命令もあって異様な静けさを醸し出していた。
その中にあって、ヘリのエンジン音と機関砲の発射音は市街地にひと際響き渡っていた。
「山田陸曹、敵の特定できました。急なもんですから自分の知見と推定によりますが」
「ご苦労! あいつらは何者なんだ!?」
「先の練馬での交戦時に先方が用いていた突撃ライフルの種類も考慮に入れますと、まあ間違いなく彼らは」
その時、二機のヘリが再度攻撃を仕掛けてきた。
二機は上手く射線を合わせ、三上達の乗る輸送ヘリの回避方向を制限する。
そして遂に輸送ヘリの駆動機関が打ち抜かれた。
ガクンと強い衝撃が走り、ヘリはバランスを失う。
直後に輸送ヘリは大きく弧を描くように急降下し始めた。
地面が迫ってくるのを三上はしっかりと視た。
事故に遭った時の光景はスローモーションのように感じられる、という話を三上は何故か思い出していた。
そこで三上の意識は途切れいた。
三上はその出来事を思い出し、担架で運ばれているという現在の自分の置かれた状況を理解し始めていた。
※2017/01/14
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。
最後に一行加筆しました。