第三十四話 パンデミック・フェイス
高見博士の特性抗体のサンプルの入手から一ヶ月程が経ったある日の事である。
真夜中の研究室。
その一室からのここ最近の不審な電力使用量を不審に思った他の研究員が、高見博士にその事を伝えた。
その研究室は三上が軟禁されている部屋だった。
その為、三上が夜な夜な何か暇潰しをしているのだろう程度に高見博士は考えていた。
しかし念の為に確認しておこうと彼は思い、今その研究室の扉の前に立っていた。
何重もの防護扉で塞がれているその先の様子は外からは伺うことができない。
高見博士はひとつひとつ扉を開いていく。
各扉の間毎に洗浄液のシャワーが降り注いだ。
小さなロッカールームを抜け最後の扉を開く。
部屋には明かりが灯っていた。
ベッドに三上が横たわって英語の参考書を読み耽っている。
三上はこちらに気づくと舌打ちをして苛ついた様子で高見博士に噛み付いた。
「こんな時間に何の用だ……。常識ねえのかよ」
「あ、いや、ごめん三上さん。他の研究員がここの一室の電力使用量を不審がっていて。確認しに来たんだ、何か変なことがないかを」
「お前、お前マジで、もう夜中だぞ。そのなんちゃって研究員の勘違いだろ。早く出ていけよ。そんでまた例のテロリスト達の所に行ってこいよ。目障りなんだからホントにもう……」
「ごめんって、三上さん。いやしかしたまには中学生のように一夜語り合うのも悪くないんじゃないか。悪くない」
「お前にそんな経験無いだろ。楽しい青春時代なんて送っちゃいない。ゼルゲ教授から聞いたよ。だからそんな捻くれた性格してんだよ」
高見博士の顔から笑顔が消えて、極めて悲しそうな表情になった。
三上はその表情を見ただけで満足していた。
とにかくこの卑劣な男を苦しめたいと日夜願っていた三上にとって、高見博士が苦しむ姿を見るのは至福の瞬間だった。
「そうか、ゼルゲ教授が……。まぁいいよ、仕方ないね。僕は大人しく帰るよ」
高見博士がトボトボと部屋を出て行く。
三上が息を大きく吐き出した。
途端に汗が吹き出してくる。
「あっっぶねえー!! ごまかせて良かったわ……。ついでにアイツの嫌な思い出抉れたし満足な結果だなぁこれは」
ベッドの下から森崎が這い出てきた。
「ホントびっくりしたぁ! バレてたらお終いだったよ〜。それにしても三上くんってちょー性格悪いよねぇ」
「うるせぇ、アイツには何言っても良いんだよクズなんだから! ゼルゲ教授ももう出てきていいですよ」
ゼルゲ教授が部屋の奥の機在庫から出てきた。
その表情は曇っている。
「三上君、私の名前を出すのは……。ユウキがどんな人間なのか知ってしまった今、この先彼と顔を合わせるのがひたすら恐ろしいぞ」
「す、すんません……。そ、それじゃ邪魔が入ったけど本題に戻りましょう。なんの話でしたっけ」
「だからぁ、ウィルスバスタァはなんか様子がおかしいことになっちゃってるんだって〜」
ゼルゲ教授が説明を始める。
「三上君の体内の原株とユウキの特性抗体を混ぜ合わせる事に成功した、信じられない事にね。全く世が世なら私は更に歴史に名を残せる偉大な人間として語り継がれたものだが……。まぁそれはいい。問題はその性質だ」
「どんな感じになったんすか?」
「試験的に、複数の感染遺体から採取したウィルスにウィルス殺しを使ったところ、そのウィルスには間違いなく効果を発揮した。しかし……」
三上は森崎とゼルゲ教授が喜びの表情を見せない事が不思議で仕方なかった。
不可能だと思われていたウィルスへの対抗策が出来上がったというのに、彼らの表情は暗かった。
「森崎君と何パターンもネズミを用いた試験を行った。だが、いずれも感染媒体諸共ウィルスを殺すという結果に終わった」
「そ、そうですか……。でも、少なくともこれで感染遺体から放出されてるウィルスには対抗できるんですよね? それは凄い成果ですよ!」
「その通りだが、これはワクチンでは無い。事前投与で被害を減らすと言った使い方ができない。つまり既感染地域に散布するなどして被害の抑制に使う事になる。そんな余力は今の世界に無い。どこの国がヘリコプターや航空機を余裕をもって飛ばせるのだろう」
「じ、地道に配っていくしか無いかもしれないですけど、でもこれは希望ですよ!」
「もう一点問題がある。それは三上君だ。ウィルス殺しを君に投与した場合、君は命を落とすかもしれない。だが、君の中の原株を潰さなくてはウィルス被害の根絶は出来ない。空気感染も接触感染もする上に感染者を一瞬でキャリアーとしてしまうのだから」
その言葉を聞いて三上は驚くほど素直に言葉を返していた。
「死ぬのは構いませんからそれを投与してください。でもその時は結花ちゃんを救い出して下さい」
ゼルゲ教授は何も言わなかった。
「と、兎に角三上くんっ。これから更に改良できないか頑張ってみたりするかもだから、もうちょっと我慢してて〜」
森崎はいつもよりテンパり気味にそう言うと研究室を出ていった。
ゼルゲ教授は三上と目を合わせないようにして片付けを始めていた。
その雰囲気に三上は違和感を覚えながらも、ゼルゲ教授の仕度の手伝いをする事にした。
※2017/01/15
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。
タメ語の三上はもうそういう味だと思う事にしました。