最終章7《ハルと奈美の頑張り物語》
国会議事堂制圧のため、動き出すBチーム。
その前に立ち塞がるのは、因縁の相手。
ジャスティスとの最後の戦いが、幕を開ける。
千景の立てた作戦は、実にシンプルなものだった。
正門から一気に本会議場へと侵入する。
つまりは、正面からの強行突破だった。
「これから私達は全速力で国会内まで駆け抜けます」
「随分大胆な策だな」
「根拠はあります。実は国会には警察や正義の味方は、配備されていません」
「そうなんですか?」
「ええ。ですので、これが一番確実で早い作戦となります」
「分かりやすいですね。私は賛成ですよ」
奈美がパシッと拳をうち鳴らす。
ハルとハピー達も、異存はなかった。
「そろそろ頃合いですね。……では、作戦開始っ!!」
ハル達は一斉に国会に向けて駆けだした。
突然の襲撃者達に、警備は対応できなかった。
正門の警備を、奈美が一撃で沈めて、道を開く。
巡回していた警備が集まってくるが、勢いに乗るハピネスの敵では無かった。
次々に蹴散らし、国会まであと僅かと言うところで、
「……全員、止まりなさい」
千景は目の前に立ち塞がる人影を見て、小さく舌打ちをして足を止める。
ハル達が向かう先には、銀の制服に身を包んだ美園と葵が待ちかまえていた。
「千景……やはりここに来ましたか」
「お見通しというわけですか……美樹」
美園と千景がにらみ合う。
そして、
「……姉さん」
「葵……」
敵味方に別れた、双子の姉妹が対峙する。
それを見守るハピー達。強襲作戦は、二人の登場で完全に勢いを失ってしまった。
「貴方が何をするつもりか、大体予測できています」
「なら、黙って通して欲しい物ですね」
「それは出来ません。……私は正義の味方、そして貴方は悪の組織なんですから」
「正義の味方? 今の貴方は悪の味方でしょう」
「…………それでも私は、正義の味方です」
「そんな正義に、何の価値もないわ」
美園は拳を、千景は鉄扇を構える。
言葉が意味を成さない以上、取るべき手段は一つだけ。
だが、
「……ハル君?」
「ここは、俺がやります」
【ピンピロリーン】
不吉なチャイムと共に、ハルが千景の前に立つ。
「紫音様と千景さんは、この先に進まなくちゃいけないでしょ」
【ピンピロリーン×2】
「……ハル君、そろそろ自重しないと危ないですよ」
「だったら、これ以上俺に喋らせないで下さい」
千景はしばし無言でハルを見つめたが、決意したように頷く。
「……分かりました。この場は任せます。みんな、行きますよ!」
「「はいっ!!」」
再び駆け出す千景と紫音、そしてハピー達。
「そんなこと、させるとでも……」
「こっちの台詞だっ!!」
ばすぅぅぅぅぅぅぅん
くい止めようとした美園に、ハルが蒼井特製空気砲をぶつける。
その隙に、千景達は二人を通り過ぎ、国会へと走っていく。
「……御堂ハルぅぅ」
むざむざ侵入を許した美園は、怒りに満ちた視線をハルに向ける。
「俺じゃ役者が不足してるだろうけど、付き合って貰うぜ」
【ピンピロリーン×3】
「いいでしょう。貴方を瞬殺して、追いつけば良いだけの事です」
「だったら精々、粘らせて貰いますよ」
【ピンピロリーン×4】
ハルと美園は、同時に大地を蹴った。
戦いを始めたハル達の横で、奈美と葵はまだ動かない。
互いに相手を見つめ、タイミングを図っていた。
「葵……まさか貴方がジャスティスだったなんて」
「気づいてなかったんですか?」
「うん、全然」
「……姉さんは変わりませんね」
苦笑する葵。
「む~、何よ。大体葵は知ってたの? 私がハピネスだって」
「当然です」
「なっ、一体何時から?」
「温泉旅館にあれだけ堂々と名札を掲げて置いて、何をいまさら」
ため息をつきながら、葵は答える。
「さて、無駄話は終わりにしましょうか」
「……やる気?」
「愚問です。私と姉さんは、今敵同士なのですから」
葵は身体を屈め、腰の刀に手を当てる。
「はぁ~、あんまり妹を殴るのは気が進まないんだけど」
「……甘く見てると、死にますよ」
「甘く見てるのは葵の方よ。……いいわ、教えてあげる。圧倒的な実力差を」
「…………行きますっ!!」
葵は奈美に向かって突っ込み、刀を抜きはなつ。
姉妹の戦いが始まった。
そのころ、ハルと美園の戦いは、既に最終局面を迎えていた。
蒼井が用意した発明は、美園にことごとく潰された。
もはや打つ手無し、と判断したハルが取った行動は、
「すんませんでした」
渾身の土下座だった。
「……御堂ハル」
哀れみの視線を向ける美園。
あれだけの大口を叩いたくせにこのざまでは、それも無理はない。
「もうお邪魔はしませんので、どうか命だけは……」
男として最低の事を口走るハルに、
「ふぅ……。貴方のようなゴミは、殺す価値もありません」
美園は失望したように、冷たい視線を向ける。
「全く、余計な時間を取らせてくれたものです。……ふんっ!!」
「ぐふぅぅぅ」
跪いたハルの腹に、美園は思い切りケリを入れる。
そのまま地面に倒れるハル。
ピクリとも動かない様子に、美園は決着を確信した。
美園はハル一瞥すると、背を向け千景を追いかけようとする。
その時だった。
「……なっ!」
背後から羽交い締めにされ、驚きの声をあげる美園。
心の声が読める自分が、不意打ちを受ける事などあり得ない。
信じられない事態に、美園は動揺を露わにする。
「だ、誰ですかっ!?」
「俺ですよ」
「ば、馬鹿な……どうして貴方が」
背後から聞こえたハルの声に、美園の動揺はピークに達する。
ケリの手応えはあった。こんな直ぐに動けるはずがない。
いや、それ以前に、どうして心の声が読めないのか。
「何故心が読めなかった」
「……千景さんが、心を閉ざす特技を持ってましてね」
「!! そうか、モノマネ!」
美園は自分の迂闊さを呪った。
御堂ハルの最大の特徴は、このおかしな特技だった筈。
なのに先程の戦いでは、妙な発明品ばかりで、モノマネを一切使っていなかった。
疑うべきだった。心をもっと深くまで読みとれば、気づけた。
だが、それを怠った。
ハルのあまりに情けない態度に呆れ、表層心理しか読みとらなかった。
その甘さが、今の状況を産んだ。
「袖に千景さんの写真を入れておきました」
「……だから土下座を」
「蹴られた時にモノマネすれば、意識を失ったように思うでしょ?」
それでも納得できない。
「私は本気で蹴りました。手応えもあった。……何故動けるんですか」
「それは……企業秘密ってやつです」
ハルがモノマネしたのは、心を閉ざす特技だけではない。
まず美園を真似た。心を読めば、腹を蹴ることが分かるので、心構えが出来る。
蹴られた瞬間、奥歯に仕込んだ柚子特製の気付け薬を噛んで、意識を保つ。
特効薬を兼ねた気付け薬は、痛みを我慢すれば身体を動かせるほどハルを回復させた。
そしてもう一つ。それが今の状況を産んだ。
「だが無駄なことです。こんな羽交い締め、直ぐにでも……」
渾身の力でハルを振り解こうとする。
だが、
「……解けないでしょ?」
明らかにダメージが残ったハルの腕には、信じられないほどの力がこもっていた。
「何せ、知りうる限り最強の奴の力を真似てますからね」
「モノマネは同時に出来るのか? いや、それよりも一体誰を……」
美園の表情が固まった。
羽交い締めされた自分に向かって、真っ直ぐ向かってくる人影。
それが信じられなくて、美園の思考は完全に停止した。
「何で……彼女が。だって今彼女は葵と……」
「あいつを舐めちゃ駄目ですよ。何せ、神様のバグですから」
ハルは誇らしげに笑った。
そして、向かってくる人影、奈美に叫ぶ。
「奈美ぃぃぃぃぃ!! やっちまえぇぇぇぇ!!!」
「分かってる! はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
奈美は走る勢いそのままに、渾身の左ストレートを、美園の心臓に叩き込んだ。
ズゥゥゥゥゥゥゥゥゥン
「ごふぅ…………」
鈍い音が響いた。
美園は数回吐血をすると、そのまま意識を失い倒れた。
それを見届けると、ハルと奈美は無言でハイタッチを交わした。
「ハル、大丈夫?」
「何とかな。…………お前、右手はどうした?」
「うん、葵に斬られちゃった♪」
あっさりと言い放つ奈美だが、ハルはショックを隠せない。
奈美の右手は二の腕当たりから、バッサリと無くなっていた。
右の脇腹から胸にかけても、大量の出血がある。
ハルとは比較にならないほどの重傷。こうして居るのが不思議な程の深手だった。
「何があったんだ?」
ハルに問われ、奈美は自分の戦いを話した。
葵は一直線に奈美に向かって駆け出す。
そして間合いにはいると、神速の抜刀術を放った。
それは確かに見事な技だが、いつもの奈美なら問題なく対処出来る筈だった。
だが、
「なっっ!!?」
仕掛けた葵が驚く。
奈美は一切避けようともせず、葵の刀をまともに受けた。
達人が扱う名刀は、奈美の右腕を容赦なく斬り落とす。
そして、刃は勢いを殺さずに、奈美の脇腹から胸へと斬り込んでいき、
「はぁぁぁぁ!!」
ゴスン、と鈍い音が辺りに響くと同時に、動きを止めた。
奈美の拳を頭に受けた葵は、信じられない、と言った表情を浮かべて、地面に倒れ込む。
「…………姉さん……一体何を……」
「芸術的なカウンターによる、ワンパンチKOって所ね♪」
自分も攻撃を受けているのだから、カウンターにはならない。
そんな突っ込みが出来る余裕は、もう葵には無かった。
「どうして…………そんな馬鹿なことを」
「ハルが出来るだけ早く決着を着けろって言ったから。だから、一番早い策を取ったの」
まともに戦えば、奈美は葵をほぼ無傷で倒せた。
だが、それには時間が掛かりすぎる。それではハルの作戦に間に合わない。
だから奈美は決断した。自分の腕を犠牲にしても、勝負を速攻で終わらせる事を。
「そんな……事で……」
葵は最後まで信じられない様子で、そのまま意識を失った。
「……そんな事? 私には、腕の一つや二つ無くしても構わない、大切な事よ」
奈美はそっと呟くと、急ぎハルの元へと駆けだした。
「って感じかしら。良かったわね、ハルの作戦は見事に成功よ」
「……この、馬鹿っ!!」
ハルは奈美の頭を叩いた。
「何するのよ」
「お前が、……お前がそんなに傷ついて、俺が喜ぶと思ったのかよ!」
「ハル……」
本気で怒るハルに、奈美は驚き言葉を失った。
結果だけ見れば、確かにハルの作戦通りだった。
競売場でコレクトと遭遇した事から、今回も必ずジャスティスの妨害があると予測していた。
翁の存在を知らないハルは、相手は恐らく美園と葵だと考えていた。
だからその時は、自分と奈美で戦おうと事前に相談していたのだ。
自分が美園相手に時間を稼ぐ間に、奈美が葵を可能な限り早く倒す。
そして二人で、美園を倒す。
作戦とも呼べない、机上の空論。
だが、奈美はハルを信じて実行してくれた。
自分の負傷を、右手を失うことすら厭わずに。
「お前……これから先、どうするんだよ」
「別に左手だけでも、充分戦えるわ」
「そんな事言ってんじゃない!」
理不尽だと思いながらも、ハルは怒らずにいられなかった。
「お前まだ十六だぞ。遊びも勉強も、恋愛だってこれからだろ……」
「………………」
「俺のせいだ……。俺が、お前の未来を奪ったんだ……」
「……さっきから聞いてれば、小さな事ぐじぐじとぉぉ、いい加減にしなさい!!」
奈美のチョップが、ハルの脳天に決まる。
「未来を奪った? 冗談じゃないわ。こんな事ぐらいで、私の未来は何も変わらない」
まくし立てる奈美を、ハルは呆然と見つめる。
「遊び? 勉強? 恋愛? そんなの、片手だって充分出来るわよ」
「…………だが」
「それに、私を支えてくれるみんなが居る、ハルが居るわ」
「…………」
「それとも何? ハルは私の側に居てくれないの?」
「そ、そんなことはない。右手の代わりは出来ないけど、お前の側で支えてやる」
「ずっと?」
「……ああ。お前がもういらないって言うまで、ずっとだ」
不意に奈美の顔が、ニヤリと笑みを浮かべる。
計画通り、と言わんばかりの邪悪な笑み。
「……そう。じゃあ、支えて貰おうかしら。ずっと、ね♪」
左手でポケットから取り出したのは、携帯電話。
奈美がポチっとボタンを押すと、
『お前の側で支えてやる』『ずっとだ』
と先程までのやり取りが再生された。
非常に嫌な予感がする。
「……奈美さんや、一体これは……」
「ここまで熱烈なプロポーズをされたら、断れないわ」
「なんじゃそりゃぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫するハル。
想定外の事態に、頭はパニック状態だ。
「ずっと側で支えるか~、プロポーズの言葉としては、なかなか王道よね」
「ちょちょちょ、ちょっと待て。話がおかしな方向に行ってるぞ」
「まず私の実家に挨拶に行って……。あ、心配しないで。喜びこそすれ、反対はしない筈よ」
「そう言う事じゃない!」
「ハルのご両親はどう? なっちゃんならOKしてくれそうだけど」
「母さんか……確かに問題無さそう……じゃ無くて!」
ハルの突っ込み虚しく、話はどんどん進んでいく。
「神社か教会か……私はウエディングドレスを着てみたいな~」
「問題はそこじゃないっ!!」
「大丈夫よ。左手は無事だから、指輪ははめられるわ」
「俺の話を聞けぇぇぇぇぇぇ!!!」
ハルの絶叫は、晴天の空へと虚しく吸い込まれていった。
「とにかく、まず美園さんと葵を拘束するのが先だ」
「む~、まあ仕方ないか。詳しい話は後で、と言うことで」
暴走する奈美を何とかくい止め、二人は美園を拘束する。
奈美は片手では無理なので、ハルが用意した蒼井特製ロープで、しっかりと縛る。
「……ハル、何か手慣れてるわね。それに、縛り方がちょっと……」
「言うな……」
ママ直伝の縛りを披露するハル。
明らかに違う目的の縛り方だったが、ひとまず拘束は出来た。
そして二人は、少し離れた場所に倒れる葵の元へと向かう。
「……気絶してるのか?」
「思い切り側頭部に入れたから、多分数時間は起きないと思うわ」
その言葉通り、葵はピクリとも動かない。
脈を確かめると、生きていることは確認できた。
ハルは手慣れた手つきで、葵も拘束する。
「ふぅ、これで一安心だな。さてこれからどうするかだが……ん、奈美?」
奈美はハルから少し離れたところで、何かを探していた。
「どうしたんだ?」
「えっと、確かこの辺に………………あった~♪」
奈美が左手で拾い上げたのは、斬り落とされた自分の右腕だった。
何というかグロテスクというか……シュールな光景だ。
「斬られた時に飛ばされちゃったのね。見つかって良かったわ」
切断された身体の一部は、適切な処置と治療をすれば、くっつく可能性がある。
だがそれは指のような、部位に限られ、腕は殆ど絶望的だった。
「……普通なら無理だけど、柚子なら何とか出来るかもな」
元通りにはならないだろうが、それでも右手がくっつくかもしれない。
そんな希望をハルは抱く。
「親指がこっちだから…………向きはこうで……」
「奈美?」
「……えいっ」
奈美は左手に持った右腕を切断面に当てる。
そのまま動きを止める。まるで、くっつくのを待っているように。
「奈美、流石にそれは無理だ。……気持ちは分かるが」
「………………………………」
それでも奈美は止めない。
更に待つこと数分。
「………………………うん、治った♪」
「うそぉぉぉぉぉぉぉぉ!??」
思わず突っ込むハルだが、
「ほら、ちょっと重たい感じがするけど、ちゃんと動くわよ」
奈美が右腕を自由に動かす光景に、ポカンと口を開ける。
「……マヂか」
「うん、段々馴染んできたわ。……はぁぁぁぁ!!」
奈美が右手を地面に叩き付ける。
ドッゴォォォォン
右ストレートの威力は少しも変わりなく、地面にクレーターを形成した。
奈美は満足げに微笑むと、
「いえ~い、完全復活♪」
ハルに向かってピースサイン。
「さっきまでの話は何だったんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
全くです。
「大丈夫よ。プロポーズは有効だから♪」
「そんなの無効だぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ハルの絶叫は、やっぱり晴天の空へと吸い込まれていくのだった。
ハピネス最後の作戦は、最終局面へと突入する。
最大の障害、ジャスティスは倒れた。
ハピネス全員の思いを込め、千景と紫音の二人は、最後の戦場、本会議場へ突入する。
最後に笑うのは、果たして……。
何ともぐだぐだな内容になってしまいました。
伏線も何もないご都合主義の展開で、申し訳ないです。
ハルのモノマネが、ちょっと分かりづらかったと思います。
土下座した時に、最初のモノマネ「心を閉ざす」をしました。これは袖に仕込んだ千景の写真がモデルです。
ほぼ同時に、目の前の美園をモデルに「心を読む」を真似ました。これで美園に気づかれることなく、美園の心が読めます。
最後に真似たのは、奈美の「怪力」です。純粋に力が劣化していますが、それでも十分な成果を発揮しました。
奈美のモノマネは過去二回、「瓦割り」「回し蹴り」をしています。これは技を真似ただけで、奈美そのものを真似た場合、怪力が真似できたのです。
凄まじいご都合主義ですが、ご容赦下さい。
奈美と葵の実力差は非常に大きなものがあります。
攻撃を受けたのは、葵の動揺を誘い一撃で仕留める隙を作るためです。
全てはハルの元に一秒でも早く駆けつけるための、奈美の決意でした。
今回で、ジャスティスとの決着がつきました。
次はいよいよ、本編の最終回となります。
国会を乗っ取った千景は、国民に向けて何を語るのか。
残念ながら、オールシリアスでギャグ無しです。
面白味に欠けるかも知れませんが、お付き合い頂ければ幸いです。