最終章6《男(あおい)の戦い》
遂に始まった、ハピネス最終作戦。
ローズ率いるAチームは、テレビ局の占拠を目指す。
順調に作戦を進めるハピネスに、最強の刺客が現れ……。
日本放送協会、通称NHK。
国営放送、つまり日本の国家によって運営されているテレビ局だ。
基本的にお堅い番組を放送し、娯楽的要素は少ない。
ハピネスがここを狙う理由はただ一つ、国会中継を行っているからだ。
「と言うわけでぇ、やってきましたNHK。みんなぁ、準備は良いかしらぁ?」
「「バッチリです!!」」
ローズの言葉に、気合い十分の返事をするハピー達。
彼らは今、テレビ局の駐車場に集結していた。
「これから私達はぁ、通行許可書を使って中に入り込むわぁ」
「よくそんな物を入手できたな」
「上層部に協力者が居てねぇ、物品の搬入をハッピーハピーに依頼させたのよぉ」
「困ったときのハッピーハピー、ですね」
頷くローズ。
「入り込んだらぁ、後はこっちのものよぉ。放送管制室を占拠してぇ、乗っ取るわよぉ」
「放送開始まで三十分ほどか……。良い時間だな」
ハピネスの戦力は少ない。
ギリギリのタイミングで占拠しなくては、放送前に潰されかねない。
「ハルさん達は……大丈夫でしょうか」
「信じるしか無いわねぇ。私達は私達に出来る事をするだけよぉ」
それは柚子にと言うよりも、自分に言い聞かせるようだった。
「……もう良いか? 管制室を弄る時間を考えると、もうギリギリだ」
「そうねぇ。じゃあ行きましょうかぁ。最後の作戦を、大きな花火を打ち上げにぃ」
「「おうっ!!!」」
ハピネス最後の作戦、前半戦が始まった。
内通者というのは、戦略上非常に重要なファクターだ。
施設の見取り図や警備情報など、機密情報をローズ達は入手していた。
それを駆使して、ローズ達は荷物を運搬するふりをして、内部を進んでいく。
怪しまれこそしたが、特に騒ぎになることもなく、一行は管制室へと辿り着いた。
「な、何だ君たちは?」
「悪いけどぉ、ちょっとここを借りるわよぉ」
「「キィィィィィ」」
某有名組織の台詞をパクり、管制室にいた局員達に襲いかかる。
多少手荒にお眠り頂いた後、用意していたロープで動きを拘束した。
「ここまでは予定通りねぇ。ドクター、時間はぁ?」
「後十分か。アレをやるにはギリギリだな……。手伝え」
「分かったわぁ」
蒼井とローズは手早く装置を操作し、乗っ取りの準備を進める。
完璧な完全犯罪とは、気づかれないこと。
その意味で、作戦は極めて順調に進んでいた。
後は放送開始後、向こうの作戦終了までここを死守するだけだ。
「……このまま無事に終われば良いんですが」
【ピンピロリーン】
柚子の台詞と同時に、何やら不吉なチャイムが鳴った気がした。
「「その台詞は駄目だっ!!」」
「え…………あっ!」
柚子は気づいたときには、時既に遅し。
ロックしていたはずのドアが、ゆっくりと開いていく。
その向こうには、
「ほっほっほ、邪魔するよ」
この場に似つかわしくない、一人の老人が立っていた。
そう、フラグは成立してしまったのだ。
突然の侵入者に、驚きを隠せないハピネス。
一方の老人は、穏やかな笑みを浮かべ、静かに管制室に入る。
見事な白髪に、白髭。しわくちゃな顔には、人の良さそうな笑み。
一見何処にでもいる、お年寄りだ。
だがその身体を包む銀色の制服には、見覚えのあるエンブレムが着けられていた。
「……ジャスティスとお見受けするわぁ」
「如何にも。儂は翁。一応ジャスティスの職員じゃよ」
ハピネスに緊張が走った。
予想外のジャスティス登場に、ハピー達は動揺を隠せない。
「ご丁寧にどうもぉ。それでぇ、何しに来たのかしらぁ……ご老体?」
「な~に、ちょいと一仕事しようと思ってのう」
「無理は止めた方が良いわよぉ。若くないんだからぁ」
「まだまだ若い者には負けんよ」
ローズと翁の間の緊張感が、一層高まる。
正に一触即発。そんな時だった。
「おい、お前は作業が残っているだろう。勝手に話を進めるな」
自分の作業を終えた蒼井が、ローズの横に並び立つ。
「不意の来客でねぇ。ちょっと代わりにやってくれるかしらぁ?」
「……仕方ない、特別に代わってやる」
言いながら蒼井は、ローズの前に立ち翁と向き合う。
「ドクター?」
「他人の尻ぬぐいはごめんだ。だから、吾輩がこいつの相手をしてやる」
【ピンピロリーン】
いや~なチャイムが鳴ったが、蒼井は気にしない。
「こんな爺、吾輩一人で十分だ」
【ピンピロリーン×2】
「ちょ、ちょっとドクター。これ以上はぁ……」
「貴様らは自分の仕事をしろ。吾輩だって戦えることを、証明してやる」
【ピンピロリーン×3】
もうハピネス一同は気が気じゃなかった。
「ほっほっほ、若いのう。……まあ一人ずつ消していけば同じことじゃ」
「ここは場所が悪い。外に出ろ」
「お断りじゃよ。最悪ここを破壊すれば、儂の仕事は達成できるからのぅ」
翁の目的は、ハピネスの放送を止めること。
施設の破壊は最終手段だが、それでもいざとなれば躊躇うつもりは無かった。
「ならば仕方ない。ここで相手を…………と見せかけて、不意打ちのエアバズーカ!!」
ばすぅぅぅぅぅぅん
蒼井が白衣から取り出した、エアバズーカ(通称空気砲)を翁にお見舞いする。
「ぬぉぉぉぉぉぉぉ」
直撃を受けた翁は、開いたままのドアを抜け、通路の窓を突き破り、外へと落ちていった。
「「何て卑怯な……」」
「うるさいぞ。この世界、勝てば良いのだ!」
【ピンピロリーン×4】
「さて、吾輩はあいつの相手をしてくる。……後は頼んだぞ」
【ピンピロリーン×5】
「はぁ~、こうなったら貴方に任せるわぁ」
「そっちこそ、ミスるなよ」
【ピンピロリーン×6】
蒼井は満足げに頷くと、翁を追って管制室を出ようとする。
「……止めても、無駄ですよね」
「そんな顔をするな。貴様に復讐を果たすまで、吾輩は死にはしない」
【ピンピロリーン×7】
「そうですか。では…………えいっ」
プスッと柚子は蒼井に注射をうった。
「痛っ。貴様、今何をした!」
「ドーピングです。人間の限界を超えた力を発揮できる、禁断の秘薬をうちました」
「…………副作用は?」
「効果が切れると、五割くらいの確率で死にます♪」
【パンパカパーン】
豪華なファンファーレが鳴り響いた。
「運が良ければ助かります。頑張って下さいね♪」
「うわぁぁぁぁぁん、ちくしょぉぉぉぉ」
蒼井は泣きながら管制室を飛び出した。
管制室に残った一同は、呆然と柚子を見つめる。
「随分……過激ねぇ」
「ジャスティスと一騎打ちして、蒼井さんが勝つ可能性は高くありませんので」
あのまま戦っていれば、かなり分の悪い勝負になっていた。
だから柚子は、少しでも蒼井が勝利する確率を上げるため、決断した。
「それに、あそこまでフラグが立ってしまえば、今更ですから」
「はぁ、まあドクターの自業自得かしらねぇ」
ローズは諦めたようにため息をつく。
「放送開始まで、後三分です」
「じゃあ私達は作戦を続行しましょう。それがドクターへのせめてもの手向けよぉ」
「「はいっ!!」」
まだ死んでません、と言う突っ込み役はこの場に居なかった。
亡きドクター(予定)の為にも、ローズ達は作戦を続行するのだった。
翁が吹き飛ばされたのは、テレビ局の中庭だった。
体勢を立て直して着地して、再び管制室を強襲しようと考えていると、
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん」
泣きながら蒼井が、翁目掛けて突っ込んできた。
予想外の追撃を、地面に転がりながら回避する翁。
「まさか突っ込んで来るとはのう。見かけによらず、肉体派のようじゃな」
翁は素早く立ち上がると、油断無い視線で蒼井を見据える。
白衣という出で立ちの性もあり、どう見ても肉弾戦に秀でているとは思えない。
が、四階の高さから飛び降りて平気な、肉体を持っているのは確かだ。
「儂と同じ科学者タイプで、知略を駆使した戦いになるかと思ったが……」
「うるさいうるさい、こうなったのも、全部貴様のせいだぁぁぁぁ!!」
そんな翁の呟きも、今の蒼井には逆効果だった。
常人離れした早さで翁に近づき、拳を繰り出す。
それは明らかに素人のパンチだったが、ドーピングした今では事情が変わる。
「ぐぬぅぅぅぅぅぅぅぅ」
顔面にクリーンヒットした拳が、翁の身体を十メートル以上吹き飛ばす。
「吾輩だって、そう言う戦いがしたかったんだぁぁ!!」
蒼井はそれ以上の早さで翁に追いつき、馬乗りになって何度も拳を撃ち込む。
ゴン、ゴン、ゴン
マウントを取られた翁は抵抗できず、徐々に地面に身体が埋まっていく。
「色んな発明を持ってきたし、実はそれを楽しみにしてたんだよぉぉぉ!!」
ゴス、ゴス、ゴス
「あの女、絶対に許さんぞぉぉぉぉぉ!!」
バキ、バキ、バキ
何度も何度も、ドーピングされた拳は翁の身体を容赦なく打ちのめす。
そして、
「はあ、はあ、はあ、はあ」
蒼井が落ち着きを取り戻したときには、翁の身体はすっかり地面に埋め込まれていた。
それでも翁は、まだ意識を持っていた。
「……見事……だ。……若いの」
「ふん、貴様の負けだ」
「ああ……。じゃが……これで終わったと……思うのは早いぞ」
「ん?」
「儂は……四天王の中で……最弱……いずれ……より強い刺客が……」
「いいから寝てろぉぉぉぉぉ!!!」
蒼井の渾身の拳で、ようやく翁は意識を失った。
「全く……タフな爺さんだ」
全身傷だらけの翁に、蒼井は思った。
これからは、少しだけお年寄りに親切にしようと。
一方管制室では。
「ローズ様。こちらは全て問題ありません」
「こっちもOKよぉ。時間はぁ?」
「放送開始まで三十秒。間に合いました」
「「よっしゃぁぁぁぁ!」」
歓喜の声とハイタッチの音が響き渡る。
「後はぁ、あっち次第ねぇ」
「ハルさん……ご武運を」
もう、ローズ達に出来ることはない。
ただ、彼らの成功を祈るだけだった。
蒼井の文字通り命がけの活躍により、Aチームの作戦は完了した。
全ては、ハル達に託された。
何というか、死亡フラグの大バーゲンでした。
止めろ止めろはやれの合図、とはよく言ったモノです。
この後蒼井がどうなったのかは、想像に難く無いと思います。
尊い犠牲でした……。
これからも蒼井は、みんなの心の中に生き続けます。
ハピネスAチームの作戦は、成功しました。
最終作戦の行方は、全てBチーム次第となります。
本編完結まで、後二話。
一気に突き抜けて参ります。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。