最終章3《ローズとコレクト》
遂に始まった闇の競売。
その裏で暗躍するローズに、彼が立ち塞がる。
闇の競売編、完結です。
学校では、人に値段は付けられないと習った。
社会に出てからも、それは正しいと思っていた。
そんなハルの価値観は、粉々に打ち砕かれた。
次々と壇上にあがる、名も知らぬ人。
その横で、男がマイクで何やら説明をして、競りが始まる。
ハルが想像できない様な金額が、続々と飛び出す。
最高額が提示され、ハンマーが鳴らされると競りが終わる。
満足げな表情で落札を誇る男と、落札された人。
同じ人間だ。ただ、立っている位置が違うだけの。
福沢先生に聞きたい。……人は、本当に平等なんですか?
「奈美を連れてこなくて、本当に良かった」
もしこの場に奈美が居たら、間違いなく暴走するだろう。
それは人として当然の感情だが、今は許されない。
自分達は、正義の味方ではない。
悪の組織として、自分達の目的のために、この競売に来ているのだから。
面倒事は、全部ローズが引き受けてくれた。
「……俺には俺に出来ることをするだけだな」
ハルは見たくもない光景に、目を逸らさない。
それが、ハルに任せられた役割なのだから。
一方そのころのローズは、
「通信施設は破壊完了。黒服のみんなもお眠り中。うん、順調ねぇ♪」
着々と仕事を済ませていた。
目的は、競売の参加者名簿などの証拠を入手すること。
その為の下準備を、すっかり終わらせた所だ。
応援を呼ばれる心配を無くし、警備の黒服達を物理的な手段で眠らせた。
「後はぁ~、いよいよ本命ねぇ」
目指すは競売主催者の部屋。
そこに間違いなく、目的の品はある。
ローズは慎重にかつ大胆に、作戦を実行していく。
そして、ローズは主催者の部屋へと辿り着いた。
見張りの黒服を瞬殺し、部屋の中へ。
中にいたのは、
「な、何だお前は。どうやってここに入った」
ローズの出現に動揺しまくりの、太った中年親父だった。
「私が誰かなんてぇ、どうでもいいでしょぉ」
「ぶ、無礼者。私を誰だと思ってるんだ」
「知ってるわよぉ。こう見えてもぉ、ちゃんとニュース見てるからぁ」
ローズはズカズカと部屋を進み、男へと進み寄る。
「この競売の本当の主催者も知ってる。…………あなた達には失望したわぁ」
「そこまで分かっていて……」
「じゃあお話はここまでぇ。良い夢見てねぇ」
ローズは男の首を軽く絞め、意識を失わせる。
「さてぇ、家捜しするとしますかぁ」
部屋をゴソゴソと漁ると、
「……ビンゴぉ♪」
目的の品が見つかった。
公表するだけで、国が揺るぎかねない重大証拠。
ハピネスにとって、最大の切り札となるものだった。
「さてぇ、後は首尾良く逃げるとしますかぁ」
「…………それは流石に勘弁して貰おうか」
声はローズの背後、部屋の入り口から聞こえた。
聞き間違いようの無い声。
「あらぁ、貴方も来てたのねぇ」
「ああ。……久しぶりだな、ハピネス」
「ローズって名前よぉ。…………会いたくなかったわぁ、Mr.コレクト」
振り返ったローズの前に、紳士服の男、コレクトが立っていた。
「まさか本当に潜入しているとはな……。正直驚いたよ」
「こっちも驚いたわぁ。正義の味方と、こんな場所で会うなんてねぇ」
二人は探り合うように、言葉を交わす。
「それで何しに来たのぉ? 闇の競売という最大の悪をぉ、潰しにぃ?」
「……そうしたいのは山々だが、残念ながら違う」
「でしょうねぇ。それはあなた達にとってぇ、自殺に等しい行為だものぉ」
「そこまで掴んでいたか……」
コレクトは諦めたように呟く。
それは、ローズの言葉を肯定する物だった。
「なら、そんな私がここにいる理由も、分かっているのだろ?」
コレクトの目的。それは競売の証拠が、公になる事を防ぐこと。
規模こそ違うが、以前の薬物事件と同じ状況なのだ。
「勿論。ただ、今度は前のようには行かないわよぉ」
「互いに譲れぬものがある以上、もはや問答は無用だろう」
コレクトはステッキを、ローズは拳を構える。
緊張感が、二人の周囲に広がる。
「貴方くらい強いと、手加減できないわぁ。…………死んでも、恨まないでね」
「侮って貰っては困る。…………行くぞっ!!」
二人は、同時に突っ込んだ。
コレクトは鋼のステッキを、自由自在に使いこなす。
棒のように突き、鞭のように薙ぎ払い、縦横無尽にローズを責め立てる。
それをローズは、拳で軌道を逸らして対処する。
鍛え抜かれた鋼の肉体とはいえ、ローズには奈美のような化け物じみた力はない。
だが、極限まで洗練された体術は、それに勝るとも劣らない力があった。
ローズが踏み込めば、コレクトが間合いを広げてステッキで責める。
二人の攻防は一進一退だが、徐々にローズが優勢になる。
繰り出す拳がコレクトを捉え始め、僅かながらダメージを与えていく。
「……やるね、正直、ここまでの実力とは思っていなかったよ」
コレクトは大きく間合いを取り、賞賛の言葉を贈る。
だが、ローズはそれを否定する。
「実力は貴方の方が上よ。ただ、その差を埋める理由があるだけ」
「ほう……参考までに聞きたいね」
「人の強さは心の強さ……。私には今、自分の信念のため命を賭ける覚悟があるわ」
言葉遣いが、すっかり男に戻ったローズが続ける。
「貴方にも命を賭ける覚悟はあるだろうけど、そこに信念が無ければ無意味よ」
「なるほど…………大きな理由だ」
唇を噛みしめるコレクト。
純粋な正義の味方として戦ったなら、恐らくコレクトが勝っただろう。
だが、今のコレクトは自分の戦う理由に、心からの信念を持っていない。
それは実力差を覆すほど、大きな要因となった。
「お喋りは終わり……決着を着けましょう」
会話が終わり、二人の間に一番の緊張感が漂う。
じりじりと間合いを詰め、互いに一撃を入れる瞬間を伺う。
そして、
「「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」」
コレクトのステッキ、ローズの拳が同時に相手へと打ち出される。
重なる二人の影。
届いたのは………………ローズの拳だった。
「………………見事、だよ」
「紙一重、ね」
コレクトの突きは、ローズの心臓を逸れ、脇の下を通り過ぎていた。
一方ローズの拳は、確実にコレクトの胸を直撃した。
崩れ落ちるコレクトを、ローズは支える。
心臓を強打されたのだ。暫くはまともに動くことすら出来ないだろう。
「……さあ、とどめを刺せ」
しかしローズは首を振る。
「悪いけどぉ、無駄な殺生は好みじゃないのぉ」
すっかり元の調子に戻ったローズは、意地悪な笑みを浮かべる。
「このまま基地に連行させて貰うけどぉ、文句ないわねぇ」
「……敗者に……言葉は無い」
その返事に頷くと、ローズはコレクトを肩に担ぐ。
「……君とは、違う形で戦いたかったよ……」
「……そうねぇ。でも私はごめんだわぁ」
意識を失ったコレクトを連れ、ローズは作戦の締めを始めるのだった。
異変が起きたのは、競売も終盤に差し掛かった頃だった。
会場の扉の隙間から、白い煙が入ってきた。
不審に思った黒服が扉を開けると、
「うわぁ、なんだこれは」
会場の外は、白い煙で溢れかえっていた。
明らかな異常事態に、会場は騒然とする。
慌てふためく参加者と、戸惑う黒服達。そんな状況に、
「きゃぁぁぁぁ。火事よぉぉぉぉ」
女の悲鳴が、だめ押しをした。
「うわぁ。逃げろぉぉ」
「早く外に出してよ」
「出口は何処だぁぁ」
「落ち着いて、落ち着いて下さい」
大混乱に陥る競売会場。
黒服達は必死に、参加者達を出口へと誘導する。
「こちらに、非常口があります。どうぞ落ち着いて非難して下さい」
我先にと非常用の階段へ群がる参加者達。
ハルもその中へ、コッソリ紛れ込む。
「……なかなかいいタイミングだったわよぉ」
背後からかけられた声に、ハルは振り返らずに答える。
「あの状況だしね、サクラになるくらいわけないさ」
「こっちは無事目的を果たしたわぁ。脱出後はぁ、予定通りのルートでねぇ」
「了解だ」
二人はそのまま、競売会場からの脱出に成功した。
「それでは、作戦の大勝利を祝って~」
「「乾~杯!!!」」
グラスをうち鳴らす音が、幸福荘の食堂に響き渡った。
恒例の祝勝会は、いつも以上の盛り上がりを見せていた。
「いや~目出度い。二人とも無事で帰還するとは」
「薬物事件の借りを、しっかり返してくれましたね」
「しかもあのジャスティスの一人を、捕虜にするなんて。流石ローズさんです」
全員が、ハルとローズを次々に賞賛する。
「俺は何もしてないよ。今回は、ローズの大手柄だな」
「そんなことないわぁ。ハルちゃんがいたからぁ、私も自由に動けたしぃ」
ローズは視線を柚子と蒼井に向け、
「二人の発明にも助けられたわぁ。ありがとうねぇ」
感謝の言葉を口にする。
「大した物はご用意できませんでしたが……」
「ふん。吾輩が発明したのだ、役立って当然だ」
満更でも無さそうな二人。
柚子が用意したのは、脱出の際に使用した特製煙幕。
匂いなどが実際の火災と同様に調合された、優れものだった。
そして蒼井が発明した物は、
「……ドクター、これを返しておきますね」
「ああ。それで塩梅はどうだ?」
「グッドです。映像も音声も、予定通りのクオリティーでした」
ハルが付けていた、眼鏡だった。
勿論ただの眼鏡ではなく、録画録音機能が搭載されていた。
ハルが見聞きした物は、全てこの眼鏡に記録されている。
既にデータの吸い出しも終わり、これも重要な証拠になるだろう。
まさに、今回の勝利は全員の力を合わせた結果だった。
祝勝会は続き、酒も入りみんなのテンションは更に上がる。
そんな中、
「いいな~ローズさんは~。ジャスティスと戦えて~」
シャンパンをラッパ飲みする奈美の姿があった。
「おい奈美、飲み過ぎだぞ」
「いいじゃない。めでたい席だし、それに、飲まなきゃやってられないわよ」
ハルの静止も聞かず、奈美はまた新たな瓶を飲み干す。
「い~い、私だってちゃんと着飾れば~、女らしく見えるのよ」
「……分かったから。その辺にしとけって」
どうやら自分がお淑やではないと言われたのが、まだ気になっているようだ。
「大体ハルはね~、私のこと女だって思ってないでしょ~」
「そんなこと無いって」
「じゃあハルは~、お淑やかな子……そうね~柚子と私、どっちが好き~?」
見事な絡み酒だった。
逃げ出したいが、肩に手を回され身動きが取れない。
「ねえ~、どっち~?」
「そ、それはだな……」
ちらりと視線を柚子に向ける。
柚子は他の面子と談笑しているようで、こちらを見ていない。
だが、ハルは気づいていた。
その耳が、こちらの会話を聞き逃すまいと、ダンボのようになっていることを。
どっちと答えても、よい結果は無さそうだ。
ハルがこの場をやり過ごす手を考えていると、
「……奈美?」
不意に奈美の身体がしだれ掛かってきた。
注意しようと身体を押しのけようととして、気づいた。
「寝てるのか……ふぅ」
安らかな笑顔で、眠りにつく奈美。
最大の危機は脱したようだ。
ハルは奈美の手に握られたままの、シャンパンの瓶を取り上げる。
「ん? シャンメリー? ……シャンメリーって、酔うのか?」
奈美が飲んでいたものの正体を知り、驚きの表情を浮かべる。
「……女の前に、まだお子様じゃないかよ」
ハルは苦笑しながら、奈美を背負って部屋へと連れて行くのだった。
ハピネス地下基地の一角にある部屋。
謹慎部屋、あるいは反省部屋と呼ばれる場所に、ローズは入る。
「……君か」
「起きたみたいねぇ。ご飯持ってきたわよぉ」
「助かるよ。丁度お腹が空いた頃だ」
祝勝会を抜け出したローズは、幾つかの料理をコレクトに差し出す。
コレクトは礼を言うと、ゆっくり食べ始める。
「……毒でも入っているかと思ったが」
「そんな無粋な事はしないわよぉ」
「好意に対し失礼だったな。……しかし、君たちは変わっているな」
「そうかしらぁ?」
「ああ。少なくとも、私の知る悪の組織とは似ても似つかないよ」
コレクトの本心だった。
捕らえた相手を拘束もせず、部屋をあてがい食事もちゃんとした物を出す。
これまでの経験からは、考えられないことだ。
「まあ気持ちは分かるわぁ。……私も元、正義の味方だからねぇ」
「……驚いたな。君ほどの男が、何故悪の組織に?」
「お・ん・な・よ」
「……君ほどの女が、何故悪の組織に?」
「良くできましたぁ。……大したことじゃないわぁ、ただ、正義に失望しただけよぉ」
ローズは静かに話し始めた。
「私には妻と子供がいたんだけど、ある日通り魔に襲われてね……死んだわ」
「………………」
「まあ良くある話と言えばそれまでだけど、話はそれで終わらないわ」
「………………」
「いつまで経っても犯人が捕まらない事に苛立って、私は独自に捜査したの。そして……」
ローズは小さく息を吸う。
「犯人が、泥酔した正義の味方の幹部だって、分かったわ」
「……そうか」
「私は証拠を集め、犯人検挙を訴えたわ。でも、駄目だった」
その時を思い出したのか、ローズは拳を奮わせる。
「その幹部、日本政府や警察の上層部とも繋がりがあったみたいで、全部潰されたわ」
「……くずだな」
「悪を裁けない正義なんて、何の価値もない。……だから私は正義を捨てた」
「それで、悪の組織に?」
「まあ色々あってねぇ」
ローズの話は終わった。
「悪いけどぉ、ハピネスの作戦が終わるまでぇ、ここにいて貰うわぁ」
「……今の私に、拒否権はないだろう」
「貴方が外に出るとき、世界は変わってるかもねぇ」
ローズはそっと、部屋を後にする。
「早ければ数日中に、彼らは動くだろう」
今回の件で、ハピネスの狙いは分かった。
それが成功すれば、間違いなく日本は混乱し、国を支配出来る可能性もあるだろう。
悪の組織が国を支配する……。
「私は……どんな結末を望んでいるのだろうか」
コレクトの問いに、答えはまだ出ない。
全編シリアスになってしまい、申し訳ありません。
初のジャスティスとの直接対決という事で、気合いが空回りしてしまいました。
ローズとコレクトの対決でしたが、実際の実力はコレクトが一枚上手です。
心の奥底に迷いがある状態で戦ったため、ローズに軍配が上がりました。
全力で戦った場合、ハピネスでは千景と奈美以外では勝てないと思われます。
以前本人が言ったとおり、彼は「正義」の味方ですので、表には出しませんが悩みや葛藤があったのでしょう。
本編でハピネスが得たのは、競売の映像データ。顧客名簿。品物として用意された人のデータ。今までの競売で落札された人と落札した人の一覧。落札金の流れです。
これが、ハピネスにとっての切り札となります。
次回はギャグ分を補給するため、馬鹿らしい話を入れます。
最後の作戦をはじめる前に、ちょっとした息抜きです。
お付き合い頂ければ、幸いです。