最終章1《闇の競売》
実に久しぶりとなる、ハピネスの作戦会議。
そこで千景から告げられた言葉とは?
「闇の競売、ですか?」
聞き返すハルに、千景はコクリと頷いた。
久しぶりとなる作戦会議中、千景が切り出した言葉が、闇の競売。
聞いたことのない単語に、ハル達は首を傾げる。
「まあ、日本ではあまりポピュラーではないですから、知らなくても無理はありません」
「簡単に言えばぁ、盗品とか非合法の品を扱う、裏社会のオークションよぉ」
ローズが補足説明をする。
「扱う品物は様々。その中に………………人間も含まれています」
空気が凍り付いた。
「扱う品物に人間って、それはつまり……」
「身も蓋もない言い方をすればぁ、人身売買ねぇ」
ローズは何時になく厳しい表情で告げた。
「そんな……、そんなのフィクションの中の物だと」
「残念ですが現実です。そして、それはこの日本でも行われています」
再び凍り付く一同。
「とても巧妙に存在を隠していましたが、ようやく尻尾を掴みました」
「それで……どうするんですか?」
「勿論、参加します」
凍り付いた空気が砕け散った。
「千景、見損なったぞ」
「そんな人でなしだとは思いませんでした」
「千景さん、やっぱりダークサイドに落ちてたんですね」
「腹黒だとは思っていたが、ここまでとは」
「魔女……です」
口々に千景を罵倒するハル達。
「みんなちょっと落ち着いてぇ。千景ちゃんがそんなことすると思うのぉ?」
「「はいっ!」」
「あ・な・た・た・ち・は~」
額に青筋を浮かべ、怒りに震える千景。
「まあまあ落ち着いてぇ。……別に本気で競りをするために、参加するんじゃないのよぉ」
「じゃあ、何が目的ですか?」
「競売の証拠を掴み潰すために、参加するふりをするつもりでしたが……」
怒りに満ちた視線をハル達に向ける千景。
一方のハル達は、早とちりに気づき縮こまる。
「ち、千景。そのだな……何というか……」
「良いんですよ。どうせ私は人でなしですから。腹黒ですから。魔女でダークサイドですから」
すっかり拗ねてしまった千景。
必死に謝り、何とか機嫌を直して貰うのに、凄まじい労力が掛かった。
「コホン、とにかくこの闇の競売の証拠を掴むことが、次の作戦です」
「何か、正義の味方みたいな作戦ですね」
奈美の指摘通り、まるっきり正義サイドの行動だ。
それはまあ、人として見過ごせないが。
「勿論、善意での行動ではありません。全ては、私達の利益の為です」
「競売を潰すことがですか?」
「ええ。それも非常に大きな利益を得ることができます」
千景がここまで言うのだから、それは相当な物なのだろう。
ならば反対する理由など無い。
「ただ、その前に一つ問題があるんですよ」
「何だそれは?」
「競売会場に入るには、特別な招待状が必要なのです」
「そんなの無くても、強行突入しちゃえば良いのでは?」
奈美の言葉に、しかし千景は首を振る。
「この競売、背後に非常に大きな組織が付いるので、あまり好ましい選択ではありません」
「内部に入り込んでぇ、可能な限り隠密行動で証拠を掴むのがベストよぉ」
千景とローズが正面からぶつかるのを避ける相手。
どれほどの組織が、バックに付いているのだろうか。
「では、まず招待状を入手する事が必要ですね」
「だがどうやって。それだけの組織が主催しているなら、参加者も厳選されているだろう」
「千景さん、どんな人物が招待されてるんですか?」
「国内外の有力な裏家業の人が多いですね。後は…………」
言いづらそうに、言葉を詰まらせる。
「どうした千景?」
「いえ……後は、国内大手企業の重役クラス、そして、日本政府の高官です」
「なっ!」
絶句した。
あり得ない単語に、一瞬思考が停止する。
「この国も、裏では色々と腐っていると言うことです」
千景の言葉には、諦めと苛立ちが込められていた。
「しかし……今の面子を聞くだけでも、招待状の入手は難しいな」
「コネでもあれば良いのですが」
「そんな裏家業の人に知り合いなんて………………………………いた」
「「えっっっ???」」
ハルの呟きに、驚きの声をハモらせる一同。
一番そう言うものに、縁の無さそうだから、余計に驚く。
「ちょっとハル、本当なの?」
「あ、ああ。確かイタリアのマの付く自営業って言ってたし」
「それはまた……どうやって知り合ったの?」
興味津々でハルを見つめる一同。
「昔バイトしてた店に、客として来てたんだよ。その時意気投合して」
「ハルのバイトしてた店って、ひょっとして……」
「うん……ロスト・ボール」
意外に思うかも知れないが、ああ言うお店を利用する著名人は多い。
ガードが堅く、情報漏洩の心配が少ないからだ。
その筋の方々も利用する事もあるわけで……。
「ハル君、その人と連絡取れますか?」
「一応取れますが……」
ハルは少し困ったような表情を浮かべる。
「何か問題があるのぉ?」
「えっと……まあちょいと訳ありで。……まあそんな場合じゃ無いですね」
ハルは覚悟を決めると、携帯を操作する。
数コールで、相手が出た。
『やあハルじゃないか。君から連絡くれるなんて、嬉しいな』
『久しぶり、ルチアーノ』
流暢なイタリア語で話し出すハル。
驚く一同を余所に、会話は続く。
『一体何事だい? まさかようやく僕の想いに、応えてくれる気になったのかな?』
『残念だけど違うよ。ちょっと、頼みたいことがあるんだ』
『ほう、君が頼み事なんて珍しいね。殺したいヤツでもいるのかい?』
『……闇の競売って知ってるかな?』
『驚いたな。まさか君の口から、それを聞くとは思わなかったよ』
『ちょっと訳ありでね、これに参加したいんだ』
『何やら事情がありそうだね。……詳しく話してくれるかい?』
ハルは簡単に状況を説明した。
実は悪の組織に所属していること。
そしてこの競売に参加するため、招待状が必要なことを。
『……という訳さ』
『ふむ……君の所属している組織のボスは、そこにいるかな?』
『いるよ』
『変わってくれるかい? 少し、大人の話をしたい』
『少し待ってくれ』
ハルは通話を保留にすると、千景に電話を差し出す。
「ボスと大人の話をしたいと」
「分かりました」
「お、おい。私は?」
「「イタリア語出来ますか?」」
全員に突っ込まれ、紫音はシクシクと引き下がる。
千景は小さく深呼吸すると、通話ボタンを押した。
『初めまして。私は柊千景と申します』
『ルチアーノ・カポネだ』
受話器の向こうの相手は、千景の予想を遙かに超える存在だった。
千景は驚きを表に出さないように、必死堪える。
『そんなに緊張しなくていい。他ならぬ、ハルの紹介だからね』
笑うルチアーノには、千景の心中はお見通しだったようだ。
『話はハルから聞いているよ。私は日本の闇の競売にも、コネクションがある』
『……力をお貸し頂きたい』
『それは構わない。だが、タダと言うわけには行かない』
『何が、望みでしょうか?』
『ハルをくれ』
一瞬、千景の思考は止まった。
何を言われたのか、理解するのに数秒を要した。
『そ、それは……どういう意味でしょうか』
『言葉通りだ。ハルを私に差し出せ。そうすれば、協力しよう』
予想外の要求に、千景は戸惑う。
『私はハルが気に入っている。手元に置き、愛でたいと常に思っているのだよ』
『………………』
『悪い話ではあるまい? さあ返答は? 私は待たされるのが嫌いだ』
声の様子から、数秒以内に答えなければならないだろう。
千景がハルに視線を向けると、
「…………(コクリ)」
千景の声と様子から、全てを察していたのだろう。
ハルは覚悟を決めた顔で頷いた。
その姿を見て、千景も覚悟を決めた。
『…………お断りします』
『ほう、いいのか? 私の協力が無ければ、困った事になるのだろ』
『他に方法が無いわけではありません。それに……』
『それに?』
『この程度のことで仲間を売るような組織が、日本の支配など出来るはずありませんから』
千景の明確な意思表示。
ルチアーノはしばし黙り込み、
『……く、くくく、ははは、はっはっっは』
堪えきれなくなったように、大笑いした。
『はっはっは、いや済まない。久しぶりに面白い話を聞けたからついね』
さっきまでの威圧的な空気は何処へやら、すっかりフランクな口調のルチアーノ。
『いいよ、協力しよう。招待状の件は、私に任せておきたまえ』
『ありがとうございます』
『詳しい話は、後にしよう。こちらから連絡するから、番号を教えてくれ』
千景は自分の番号を伝える。
『では、ハルに代わってくれ』
電話は再び、ハルの元に戻る。
『いい組織じゃないか。僕のファミリー程じゃないがね』
『また変なこと言ったんだろ』
『試しただけさ。部下を大切にしないボスは、力を貸す価値もないクズだ』
『……お眼鏡に適ったのかな?』
『若いがなかなか大したものだ。僕のファミリーに欲しい人材だよ』
『あげないぞ』
『分かってるさ。さて、君の電話代も大変になるだろうから、名残惜しいが終わろうか』
『また日本に来たときは連絡しろよ。暇なら付き合ってやるから』
『デートのお誘いとは光栄だ。次こそ、君を落としてみせるよ』
『……じゃあ、また』
『無事を祈るよ。マイスイートハート♪』
ハルは無言で通話を終えた。
「それで、結局どうなったのだ?」
紫音を始め、イタリア語が分からなかった面々が心配そうに尋ねる。
「何とかなりそうです。闇の競売に強力なコネを持つ組織に、協力を得られました」
千景の言葉に、ホッとする一同。
「しかし驚きました。まさかルチアーノ・カポネと知り合いだったとは」
「ルチアーノ・カポネぇ!! 超大物じゃないのぉ」
「そんなに凄い人なんですか?」
奈美の問いかけに、
「凄いも何も、イタリアの裏社会のボスよぉ。大統領より権力があるとさえ言われてるわぁ」
ローズは興奮した様子で答える。
「でも、ハルさん。結構フランクな感じで話してましたよね?」
「フランクも何も、完璧にため口でしたよ」
「あいつがため口で話してくれって、言うんだよ。敬語だと凄い不機嫌になるんだ」
ハルは呆れたように言う。
例えどんなに大物であろうとも、ハルには仲の良い変態のおっさんでしか無かった。
「随分気に入られている様でしたが」
「まあ、色々ありまして」
初対面の印象は、お互いに最悪だった。
何せ、ハルは銃口を額に押しつけられて、殺される一歩手前だったのだから。
それが今ではスイートハート。
人との関係は、どうなるか分からないものだ。
「私としては、ハルがイタリア語が喋れる方が驚きよ」
「そうですね。私よりも恐らく上手、と言うよりネイティブに近いレベルでしたが」
「……大学の第二外国語でイタリア語を取ってたんです」
勿論それだけではない。
「ルチアーノと会話してたら、どうやら自然に言語をモノマネしてたみたいなんです。普通モノマネの効果は長く持たないんですが、言語って身体に染みつくじゃないですか」
「なるほどな。ス○ードラ○ニングの様なものか」
ぶっちゃけると、そう言うことだ。
「細かい話はこれからですが、潜入できる見通しは立ちました」
「そこからはぁ、私達次第って訳ねぇ」
「失敗は許されません。これから、早速作戦会議に入りますよ」
「「はいっ」」
一同はすっかり頭を切り換え、作戦会議へと望むのだった。
ジャスティス作戦司令室。
広々とした室内には、美園とコレクトの二人がいた。
「……例の件ですが、ようやく尻尾が掴めましたよ」
「闇の競売……か」
机に広げられた資料の数々。
そのどれもが、人身売買を扱う競売に関するものだった。
「今まで実態を掴めず、身内に裏切り者が居るとは思っていましたが」
「主催者が彼らなら納得できるね。私達には、絶対に捕まえられない」
二人は穏やかな口調だったが、内心は怒りに満ちていた。
「顧客は諸外国の高官や金持ちに裏社会の大物。そして民間企業のトップクラスか」
「私達の立場では、調査すらままならないでしょうね」
美園は重苦しいため息をつく。
ジャスティスは大きな権限を持っているが、それはあくまで正義の味方としてだ。
政府直属である以上、その命令には逆らえない。
例え事業仕分けによる組織の規模縮小が無くとも、手の出しようが無かった。
「クビを覚悟で摘発に乗り出しても、失うものの方が多いとは……」
「何せ、身内の不正を暴くようなもの。それも規模が国単位だからね」
再び二人は頭を悩ませる。
事件が公になった場合、行政や経済に与える損害は計り知れない。
何しろ正義側の人間が、人身売買という最悪の行為を行っているのだから。
日本という国を守るためには、事を公にすることは許されない。
「正義を守るためには、正義を捨てるしかない。……何という矛盾でしょう」
「同感だよ。まったく、我々の存在意義は何なのだろうね」
沈黙が続いた。
「……次の競売の開催情報は掴んでいますが、どうします?」
「手出しは諦めるとしてだ、一つ気になる事がある」
「情報の流出、ですか?」
「そうだ。こういう事に鼻の利く、注意すべき連中がいるだろ」
「……ハピネス」
コレクトは静かに頷いた。
「政権交代の影響か、今回の競売はいつもよりも情報管理が甘い」
「彼らが情報を掴んでいる可能性は高いですね。なら、間違いなく仕掛けてくるでしょう」
美園の脳裏には、知りうる限り最高の策略家、柊千景が浮かんでいた。
彼女なら、この千載一遇の好機を逃す愚は犯さない。
「警察も正義の味方も動けない。……警備の連中など、相手にならないだろう」
ハピネスの実力を、直接対峙したコレクトは良く知っている。
例え自分でも、勝利できる保証は全くない。
「対策を取りたくても、私達に出来ることはそう多くはありません」
「ならば出来ることをやるだけだ。……私が行こう」
変装が得意なコレクトなら、難しい潜入も何とかこなせるだろう。
だが、成功しても失敗しても、コレクトにとって良い結末はあり得ない。
それでもなお、彼は自分が出向くと言う。
ならば、その意志を確認することは、彼への侮辱だろう。
「全て任せます。貴方の思うまま、動いてください」
「了解したよ、リーダー」
もはや二人には迷いはなかった。
例えどれほど欺瞞に満ちた正義であろうとも、それを守る。
ただ、それだけが彼らの行動理念だった。
若干重めの話でスタートした最終章。
何とも不安な立ち上がりになりました。
イタリアのマのつく自営業については、完全に作者のイメージです。
突っ込みはご容赦下さい。
初登場のルチアーノ・カポネ。
いい加減な人物に見えますが、その地位に相応しいやり手です。
自分のお気に入りにはトコトン甘く、それ以外には恐ろしいほど冷酷な対応をするタイプの人間です。
次回は闇の競売への潜入作戦が始まります。
お付き合い頂ければ幸いです。