幽霊なんて怖くない?
深夜の調査任務を与えられた、ハルと奈美。
しかしどうにも奈美の様子がおかしく……。
時刻は、そろそろ日付が変わろうとする深夜。
ハルと奈美の二人は、闇の中に佇む廃墟の病院に来ていた。
無論、遊びではなくハピネスの仕事だ。
「任務というか、これ完全に罰ゲームだよな」
ぼやきたくなるのも無理はない。
何せこれから、天然お化け屋敷へと、入らなくてはならないのだから。
気分はすっかり肝試しだ。
「……んで、大丈夫か、奈美?」
「べ、べべ別に平気よ。何も問題なんて……ない、わ」
「そうか。それじゃあ何でそんなに震えてるんだよ」
「さ、寒いからよ」
強がる奈美だが、その震えが寒さだけが原因では無いことは明白だ。
「まあ幽霊なんて居る訳ないって。ちゃっちゃと終わらせようぜ」
「もも、勿論よ。幽霊なんて居るわけが……」
「あ、人影が」
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
思い切りハルにしがみつく奈美。
いつもなら絞め殺される勢いなのだが、今は全く力強さが無い。
もうお分かりだと思うが、奈美は幽霊の類が大の苦手らしい。
「……全く、千景さんも人が悪い」
ハルはこの任務を命じた千景に、そっと悪態をつくのだった。
事の始まりは、今日の昼に遡る。
ハルと奈美の二人は、千景に作戦司令室へと呼び出された。
「急に呼び出してすいません」
「構いませんが、何かありましたか?」
「ええ。実は二人に、特別任務をやってもらいたいのです」
千景の言葉に、ハルと奈美の表情が引き締まる。
わざわざ千景が二人を呼びだした事を考えると、かなり重要なのは間違いない。
二人は緊張した面もちで、千景の言葉を待つ。
「ここから少し離れたところにある、紫十字病院は知っていますか?」
「えっと、確か大分昔に潰れた病院ですよね」
「そうです。実はその病院の地下は、私達の避難所に改造してあるのです」
意外な事実に、二人は驚く。
「万が一この基地が襲撃された場合、最悪ここを放棄しなくてはなりませんから」
「成る程。非常用の施設って事ですね」
「で、でも千景さん。どうしてそんな場所に?」
「人目に付きにくいですし、立地条件など色々と都合が良かったからです」
もっともな意見だ。
避難所が目立つ場所にあっては、確かに意味がない。
「地下施設は完成していますし、売りに出された土地も既に購入済みです」
「……でも何かがあった。今回の任務はそれに関することですか?」
「察しの通りです。実は最近、夜にその病院で人影が目撃されているのです」
千景の言葉に、奈美が僅かに身を固くする。
「あ、あの……それって、もしかして……幽……霊ですか?」
「まあ場所が場所だけに、そう言った噂も出てますね」
千景は呆れたようにため息をつく。
超現実主義者の千景には、幽霊など即座に否定すべき存在なのだろう。
「実際は浮浪者や肝試しの連中でしょうが、こうした噂が広まるのは好ましくありません」
「人目を避けたいのに、無駄に目立っては台無しですからね」
ハルの言葉に千景は頷く。
「そこで二人には、今日の夜現地に行って、実態調査をして欲しいと思います」
もし侵入者がいた場合は強制排除を、と付け加える。
「で、ででででも千景さん。もし、そうもし本当に幽霊だったら……」
「何を言ってるのです。幽霊など居るわけないでしょう」
「でも、もしかして、万が一にでも本物が居たら…………」
小刻みに震えながら、千景に訴えかける奈美。
その明らかにおかしい様子に、千景とハルは察した。
「奈美、お前ひょっとして幽霊とか駄目な感じか?」
「べ、べべべ別にそんなんじゃ無いわよ」
強がって否定するが、明らかに腰が引けていた。
「困りましたね。じゃあハル君は柚子と一緒に……」
「私が行きます!!」
千景の言葉を遮り、奈美が力強く言い放つ。
「……おい、本当に大丈夫か?」
「だ、大丈夫よ。そうよ、幽霊なんているわけが……」
「まあ相手が人間でも幽霊でも同じ事です。不法侵入者は全て、排除してください」
こんなとんでもない指示の結果、今に至る。
「……とにかく手早く終わらせるのが一番だな」
長引かせても、良いことは一つもない。
ハルは懐中電灯取り出し、足下を照らす。
「奈美、行くぞ。とっとと終わらせて、早く帰ろう」
「う、うん。……ねえハル、手、貸して」
ハルは一瞬キョトンとしたが、直ぐに意図を察し、
「ほら。はぐれると厄介だから、しっかり握っとけよ」
差し出した左手を奈美が握るのを確認して、ゆっくりと病院へと入っていった。
病院の中は、何というか本当に廃墟だった。
壁や床はあちこちはがれ、何十年も放置されたような状態だった。
古びた張り紙や、割れた薬品瓶など、なかなか雰囲気がある。
一歩歩くたびに足音が響き、一層恐怖心をかき立てられる。
ハルでさえ少し恐怖を感じるのだから、奈美には堪ったもんじゃない。
「うぅぅ、ハル……ハル……」
「大丈夫だから。ひとまず上に行って、順に降りてこよう」
半泣き状態の奈美を励ましながら、二人は最上階へと進む。
「じゃあここから始めよう。……ちょっと懐中電灯を持っててくれ」
「……それ携帯電話?」
「これか? ドクターが発明した、人間探知装置だよ。こうしてスイッチを入れると」
ハルは取り出した携帯電話そっくりの装置を起動させる。
画面に起動完了の文字が浮かび、直ぐに潜水艦のソナーのような画面に切り替わる。
「これの周囲五メートル以内に人がいると、探知してくれるらしい」
二酸化炭素の排出や熱源で探知するらしいが、面倒なので割愛する。
「じゃあこの真ん中の二つの点が、私とハル?」
「そう言うことだな。これがあれば、もし人が隠れてても直ぐに見つけられる」
もし浮浪者がここに住み着いていたら、ハル達から隠れるだろう。
こんな廃墟の病院を、隅から隅まで探す気にはなれない。
だからこの発明は、非常にありがたいものだった。
「他にも色々機能があるみただけど、今はこれだけで充分。さ、行こう」
「う、うん」
奈美は懐中電灯を左手に、右手にハルの手をギュッと握った。
病院は四階建て。
二人は探知機で一部屋ずつ丁寧に調べていく。
四階、三階、と順調に進む。
「異常なしだな。人が入り込んだ形跡も無し、と」
「じゃ、じゃあ目撃された人影って……やっぱり」
「いや、恐らくこのカーテンだな」
ハルは廊下の窓に備え付けられた、ボロボロのカーテンを指差す。
「割れた窓から吹き込んだ風で揺れたカーテンを、見間違えたんだろ」
「ほ、本当……?」
可能性は高いが、確証はない。
だが、奈美をこれ以上不安がらせる事も無いだろう。
「ああ。少しは安心したか?」
「……うん」
握った手からも、奈美の緊張が緩んだのが伝わってくる。
これで任務も無事に達成できるはずだ。
「よ~し、それじゃあパッパと終わらせるぞ」
二人はさっきよりも幾分気楽な様子で、二階へと降りたのだが、
「…………………………………………」
「…………………………………………」
階段を降りた瞬間、二人は硬直した。
二人の目の前には、一人の少女がいた。
ウエーブのかかった黒いロングヘアーに、白のワンピース。
見た目は紫音よりも少し年上だろうか。
深窓のご令嬢という表現が相応しい、可愛らしい少女だ。
だがそれ故、何故こんな時間にこんな場所に? と疑問を感じる。
二人と鉢合わせた少女は、少し驚いた表情を浮かべたが、直ぐに笑顔に変わり、
「あ、どうも。こんばんわ」
何ともフランクに挨拶をしてきた。
「え、あ、ああ、こんばんわ」
少し戸惑ったハルだったが、挨拶を返す。
「二人とも肝試しですか? 少し時季外れだと思いますけど」
「いや、違うよ。俺たちはこの土地の持ち主に頼まれて、見回りをしてたんだ」
「そうだったんですか~。それはご苦労様です」
どうやら普通の女の子だったようだ。
意思の疎通が可能なことに、ホッと一安心。
後はこの子の正体を聞き、家に帰るように話せば終わりだ。
「それで君は……」
「ハル……ハル……」
奈美が手を強く握り、涙声でハルを呼ぶ。
「ん、どうした?」
「ハル……それ……探知機……」
目に涙を浮かべながら、奈美はハルの持つ探知機を示す。
何事かとハルは探知機に目をやる。
が、画面にはハルと奈美の二つの点が映るのみ。
「何もおかしな所は無いだろ。どうしたんだよ?」
しかし奈美は、顔を強張らせて首を横に振り、
「…………この子…………探知機に……反応してない」
震える声で告げた。
「………………………あっ」
「あの~お姉さん大丈夫ですか?」
「えっと、ちょっと聞きたいんだけど。……君って、人間かな?」
「違いますよ。私、れっきとした幽霊です」
えっへん、と胸を張って答える少女に、
「…………きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
我慢の限界を超えた、奈美の絶叫が響き渡った。
「きゃぁぁぁぁ、ゆゆゆゆゆ幽霊ぃぃぃぃ」
「おい、落ち着け奈美。……いたたたたたた」
「あ~なるほど。苦手なタイプの人みたいですね」
驚かれることに慣れているのか、妙に冷静な少女。
だがハルはそれどころではない。
恐怖で加減の効かない奈美が、思い切りハルの左手を握りしめる。
メキメキと嫌な音が聞こえる。
「な、奈美。頼むから落ち着いてくれ……俺が限界だ……」
「いやぁぁぁぁぁ。悪霊退散、悪霊退散」
奈美はハルの手を離すと、何処からか取り出したお払い棒(正式には幣や御幣と言うらしい)を目の前に掲げて、一心不乱にお払いの真似事をする。
が、当然そんなモノに効果があるわけもなく、
「ん~悪霊では無いと思うんですけど」
幽霊少女はケロッとしていた。
「奈美、少し落ち着け。この子話が通じるみたいだし、悪い幽霊じゃないっぽいぞ」
「何言ってるのよ。幽霊に良いも悪いも無いわ。だって幽霊なのよ!!」
「ちょっとしょんぼりです」
少し凹んだように肩を落とす少女。
まあ、幽霊が苦手な人にとっては、そういうものだろう。
奈美が過剰反応しすぎたせいで、ハルはすっかり冷静になってしまった。
「こ、こうなったら、とっておきの切り札を出すわ!」
「…………味塩こしょう?」
「清めの塩よ。塩ってお払いの効果らしいから、食堂から持ってきたの」
いや、ハッキリ味○素って書いてあるぞ。
と言うか、不純物混じりまくってるし。
「てぇぇぇい、悪霊退散、悪霊退散」
必死に塩?を少女に振りかける奈美。
当然そんなモノ、効果があるはずも……、
「きゃぁぁ、痛っっっい」
「え、マヂで?」
…………あったようだ。
少女は顔を手で覆いながら、痛みに悶えている。
「はあ、はあ。どう、霊験あらたかな塩は?」
神主や住職が泣くぞ。
「お、おい。大丈夫か? あんないい加減なヤツでも塩は弱点なのか?」
「ううぅぅぅ、目に入りました……」
「物理的にっ!?」
何とも納得がいかないが、本人が言うならそうなのだろう。
と言うか、涙目で目をごしごしと擦る少女を見ると、奈美が悪者に見えてくる。
「うぅ、酷いですよお姉さん。まだ目がしぱしぱします……」
「あ、ごめんね」
思わず謝ってしまう奈美。
何とも間の抜けた空気が辺りに漂う。
「……じゃあ落ち着いた所で、少し話をするとしよう」
月明かりが差し込む廊下で、二人は少女から話を聞いた。
「…………じゃあ君は気づいたら幽霊になってたと」
ハルの確認に、少女は頷く。
「名前も何も覚えてないんです。ただ気が付くと、ここに居たんです」
「気づいたのはいつ頃?」
「えっと、二十日ほど前だと思います。日付が分からないので、正確ではありませんけど」
「成る程。これで繋がったな」
納得したように頷くハルに、奈美は首を傾げる。
「何が?」
「ずっと疑問だったんだ。病院が潰れたのは大分前なのに、何で最近になって人影の目撃情報が出始めたのかって。でも、今の話で分かった」
人影の正体である少女自体が、最近誕生したのなら納得できる。
「私達が来るまでは、何やってたの?」
「外には出られなかったので、病院内をブラブラしてました」
自縛霊というやつだろう。
やはりこの病院に因縁のある幽霊なのかも知れない。
「ふ~ん、でも一人じゃ寂しいんじゃない?」
「え、一人じゃありませんよ」
……ナンダッテ?
「みんな恥ずかしがり屋でして、隠れちゃってるんですよ。折角ですから、紹介しますね」
ハルが静止する間もなく、少女は「みんな~」と呼びかける。
そして、
「き、きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
奈美の絶叫が、病院に響き渡った。
凄まじい数の幽霊達が、ハル達の周囲だけでなく病院中に出現したのだ。
それも、何というか大変グロテスクなお姿の幽霊が多く、
「…………きゅぅぅぅ」
限界を超えた奈美は、そのまま失神した。
「あちゃ~、そう言えば苦手って言ってましたね。失敗しちゃいました」
「いや、苦手じゃなくてもコレはきついぞ」
こういった話は平気なハルだが、流石に頬が引きつる。
「でも、みんな優しくていい人達(?)ですよ」
褒められたのが嬉しかったのか、幽霊達は照れたように頭をかく。
なるほど、確かに悪霊には見えない。
これはひょっとして、とハルは少女にお願いをする。
「なあ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「何ですか?」
「ああ、実は……」
ハルは少女に事情を説明した。
病院の地下に秘密の場所があり、目立つとマズイ。
そして肝試しの連中など人が立ち入るのも好ましくない。
「そこで、お願いしたいのは…………」
「ふんふん、普段は人目に付かないようにして、噂を広めない、と」
「そう。それでもし人が入ってきたら」
「私達全員で脅かして、追い払っちゃえば良いんですね」
コクリ、とハルは頷く。
「皆さんにも協力して欲しいんだけど、お願いできるかな?」
少女と幽霊の皆さんは暫し考え込み、
「「グッッ!!」」
任せろ、と親指をグッと立てて見せた。
ああ、何て頼りになるいい人達(?)なんだろう。
ハルはお礼を告げると、気絶したままの奈美を背負い、病院を後にする。
こうして、ハピネスに強力な外部協力者が加わることとなった。
その後。
「…………と言うわけです。信じられないかもしれませんけど」
「幽霊は信じたくありませんが、ハル君を信じますよ。……ご苦労様でした」
千景は苦笑を浮かべながら、ハルを労った。
「ただ、ハル君の話と一つ問題が出来てしまいましたね」
「え? 何がですか?」
「肝試しで本物の幽霊が登場したら、かえって人気の心霊スポットになるのでは?」
「…………あっ」
何とも間抜けな話だ。
「まあ、丁度良いカモフラージュかもしれませんし。……上出来ですよ」
ハルはガックリと肩を落としながら、頷くのだった。
結局、心配していた噂は広まることなく、自然と下火になっていった。
それは幽霊達の協力と、入り口に立てられた、
「私有地につき立ち入り禁止。入ったら殺しちゃうぞ♪」
と言う看板のお陰であることは、言うまでもない。
何とも尻つぼみになってしまいました。
一応、病院地下の避難所には、幸福荘の地下基地から秘密の通路を使って、移動できるという、ご都合主義の設定にしております。
まあ、使うことは多分無いと思いますが……。
え~奈美の弱点の一つは、幽霊でした。
ありきたりなものですいません。
本編ではあまり関わらないと思いますが、幕間で弄れたらと考えてます。
本筋が動き出すまで、少し小話を挟んでいきたいと思っております。
あまりスポットライトが当たらなかったキャラがメインの話も、入れていくつもりでおります。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。