《幕間》ホワイトデーにはお返しを
貰ったモノにはお返しを。
例えそれがどんなモノだったとしても。
あまりの惨状に、描かれなかったバレンタインデー。
今回のホワイトデーは、そのお返しの話です。
ホワイトデー。
バレンタインデーと対をなす日。
女性からの贈り物に対し、男性がお礼の贈り物をするのが一般的だ。
無論、それは悪の組織といえども例外ではない。
「と、言う訳なのです」
「うん。明日がホワイトデーなのは知ってる。それで?」
「是非ハルさんのお力を貸して頂きたい」
「……つまり?」
「「お菓子の作り方を教えてください!!」」
一斉に頭を下げるハピー達に、ようやくハルは合点が行った。
「俺を厨房に呼んだのは、その為だったのか」
「我々の中にも料理が出来る者は居ますが、お菓子となると話は別です」
「女性陣に頼れない今、ハルさんだけが頼りなんです」
訴えかけるようなハピー達。
「何も手作りじゃなくても、市販品で十分じゃないか?」
最近はホワイトデーも、大きなイベントとして扱われている。
その辺のスーパーでもかなりの種類があるはずだが。
そんなハルの意見に、
「いえ……その……だって……恥ずかしいじゃないですか」
ハピー達はもじもじしながら顔を赤らめる。
お前達は何処の乙女だ。
「それにハルさんも、お返しのお菓子を用意しますよね?」
「一応ね。時間がないから、市販品で済ませるつもりだったけど……」
ハルの答えに、何やらざわめくハピー達。
「あの~、それはやめておいた方が良いと思いますよ」
「なんでさ?」
「女性陣、と言うか奈美様と柚子様は、ハルさんのお返しを楽しみにしてました」
「どんなお菓子作ってくれるかな~、とウキウキしてたので」
「よほどの事情がない限り、手作りが無難だと思いますよ」
「それにハルさんも、二人には手作りのチョコを貰ったじゃないですか?」
言われてハルは、バレンタインデーを思い出し、
「……貰ったな。アレをチョコと言い切れるかは、自信がないが」
顔を引きつらせた。
「変なチョコだったのですか?」
「奈美のはな、甘くて辛くてしょっぱくて酸っぱくて苦くて渋かった……」
思い出すだけで舌が悲鳴を上げる。
「全部……食べたのですか?」
「目の前で奈美が、ニコニコしながら食べるのを見てたんだ」
食べずにはいられまい。
完食した時には、すっかり舌が壊れてしまったが。
「奈美様……料理出来ませんものね」
「お約束と言えばお約束ですね」
「では柚子様は? 確か料理は得意だったはず」
「味は良かった。良かったんだが……チョコに無数の栄養剤が入ってたらしくてな」
違うところが色々な意味で不味かった。
「それは何というか……凄く柚子様らしいですね」
「お陰で無駄に元気になっちゃって、夜一睡も出来なかったんだ」
悪気が無い分たちが悪かった。
よい子のみんなは、栄養剤は用法用量を守って正しく使いましょう。
「まあ、結果だけ見れば手作りチョコを貰ったことに変わりないな」
「では?」
「いいよ、お菓子作り教えるよ。と言うか、一緒にお菓子を作ろう」
「「よっしゃぁぁぁ!!」」
ガッツポーズで喜びを表すハピー達。
かくして、ハピネス男性陣(一部除く)のお菓子作りは始まった。
「やった~、出来た~」
「……料理の描写完全にカットしたな」
「いや~、男がひしめき合って料理してる様子は、あまり見たくないでしょう」
確かに……見たくない。
「ま、何にせよこれでお菓子は用意出来た訳だ」
「はい。ご指導ありがとうございます」
「しかしハルさん、見事な腕前でしたね。昔何かやってたんですか?」
「バイト先で習ったんだよ。料理は昔から自炊してたから得意だったしな」
と言っても、ケーキ屋という可愛らしいところではなく、例の店だが。
お菓子作り以外にも、色々な事を仕込まれたのだが、それは内緒。
「とにかく、これで安心して明日を迎えられますよ」
「それは何よりだ。じゃあ、今日は解散で」
「「お疲れさまでした~」」
そしてホワイトデー当日。
ハルは仕事の合間を縫って、お返し行脚を行った。
「紫音様、これお返しのクッキーです」
「おお、ありがとう。そうか、今日はホワイトデーだったな」
「手作りなので、お口に合うかは分かりませんが」
「ハルなら心配無用だろう。…………うん、美味いぞ」
「ありがとうございます」
「しかしハルよ。平凡と言われてたわりに、特技があるじゃないか」
「昔、恩ある人に教わったんですよ」
「ハルの恩人か……。一度私も挨拶したいものだな」
「……もう少し大人になったら」
「千景さん、これお返しのクッキーです」
「あら、ありがとうございます」
「……凄い数ですね」
「ええ、朝からお返しを貰いっぱなしで……。ありがたいことですが」
「これ、一人で食べるのはお薦めしませんよ」
「どうしてです?」
「……全部同じ味ですから」
「ローズ、お返しのクッキーなんだけど……」
「まぁ~嬉しいわぁ~。ありがたく頂くわよぉ」
「うん、それは良いんだけど……。ローズの立ち位置はそっちなんだなって」
「いいじゃないのぉ。私の手作りチョコ、美味しかったでしょぉ?」
「……うん。美味しかったし、何より安心して食べれたよ」
「ハルちゃんも大変ねぇ」
「柚子、これお返しのクッキーだ」
「え、私に? あの……貰ってよろしいのですか?」
「手作りチョコくれただろ? そのお礼だよ」
「嬉しいです……。ありがとうございます」
「まあ手作りだから口に合うか分からないけど……」
「ハルさんの手作り!! ……薬で永久保存して家宝にします!」
「……いや、食べてください」
「奈美、これお返しのクッキー……」
「あらハル。このお菓子くれるの? ありがとね~。パクパク」
「……まあいいけどな」
「美味しい! これ何処で買ったの?」
「作ったんだよ。バレンタインデーのお返しにな」
「………………………」
「ん? どうした?」
「ハル、このクッキー、もう一回頂戴」
「なんで?」
「ハルの手作りだって知ってたら、もっと味わって食べたわよ!!」
「……奈美らしくて安心したよ」
仕事が終わってからも、お返し行脚が続く。
「ママ、これバレンタインデーのお返しだよ」
「おやおや、こいつを渡すためにわざわざ来たのかい? 相変わらず律儀だね」
「大した距離じゃないしね。それに手渡しの方がありがたみが増すでしょ?」
「ははは、違いない。それじゃまあ、ハルの成長を見せて貰おうかね」
「…………どうかな、ママ」
「ふむ……いい経験をしてるみたいだね。ぐっと味が良くなってるさね」
「お師匠様にそう言って貰えると嬉しいよ」
「まるで子供の成長を見守る親の気分さね。……次はもっといい味を期待してるよ」
不意に着信を告げる電話。
表示された番号に、ハルは顔を強張らせながら通話ボタンを押す。
「……もしもし」
「あ~、ハルちゃん。久しぶりだね~、元気してる?」
「……母さんか。何とかね。そっちは聞くまでも無さそうだ」
「もっちろん、元気満々だよ♪」
「それで、何の用?」
「ぶぅ~、冷たいな~。用がなければ電話しちゃ駄目なの?」
「110番からかけてこなければね。てか何でこの番号から電話できるんだよ」
「ふふ~ん、蛇の道は蛇ってやつよ」
「凄いドキッとするから二度とやらないで。それで、何か用事があるんだろ?」
「うん。確か日本は今日、ホワイトデーでしょ」
「……それで?」
「愛するお母さんへのお返しの、送り先が分からなくて困ってないかな~って」
「いや、別に」
「もう、照れちゃって♪ でね、送り先をメールしておいたから、安心してね♪」
「意地でも送らせる気だね」
「だって~、ハルちゃんのお菓子、とっても美味しいんだもん」
「親父に作ってもらえよ。チョコあげたんだろ?」
「あげてないよ。パパには~、全身にリボンを巻いて、私を食べてって……」
ハルは無言で電話を切る。
親のノロケ話ほど、聞いていてきついモノは無い。
「まあ一つ余ってるし、送ってやるか」
数を数えて作ったはずだが、何故か余分にクッキーが一袋余っていた。
やれやれと頭を掻きながら、ハルは宅配便の手続きをするのだった。
こうして、ハルのホワイトデーは幕を閉じるのだった。
「…………お兄さん、私のこと嫌いですか?」
「本当にごめんなさい!!!」
翌日、すっかり忘れていた葵に全速力で会いに行き、全力謝罪。
買い物に付き合わされたのは、余談である。
ハルの意外な特技が判明しましたね。
これ以外にも、色々妙な特技を持っています。
ママ仕込みのその技術、披露できる機会があると良いのですが……。
本編で菜月が、110番から電話をかけていますが、
フィクションと言うことでご了承下さい。一応緊急通報専用番号ですので。
と言いますか、110番から電話がかかってきたら本気でビビります。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。