挑戦まとめて受けましょう
念願の車も揃い、ホッと一息のハピネス。
そんな彼らの元に、ある知らせが……。
ハピネス地下作戦司令室。
定例会議のため集まった幹部一同に向かい、
「突然ですが、みんなに報告することがあります」
千景がおもむろに切り出した。
「良い報告と、悪い報告がありますが……どちらから聞きます?」
ハル達は少し考え、
「悪い報こ……」
「「良い報告からお願いします!!」」
圧倒的多数で、ハルの意見は打ち消された。
「普通は、悪いのを聞いてから、良い報告で気持ちを切り替えないか?」
「良い報告があるだけラッキーだろ」
「そうよ。良いことなら早く聞きたいじゃない」
「意見の相違ねぇ」
「悪い方を聞いたら立ち直れないかも知れませんから……」
「どちらにせよ両方聞くのだ。順番などどっちでも良いだろう」
民主主義の恐怖。
ハルの意見は抹殺され、良い報告から先に聞くことになった。
「では良い報告を。本日付けで、ハピネスがランクFからEへと格上げされました」
「「おぉぉぉぉぉ!!」」
まさしく吉報だった。
「先日の研究所襲撃と、結構な数のヒーロー退治が評価されてしまったようです」
随分とネガティブな言い方ですね。
「ええ。ランクアップすると、前にも話したとおり面倒事が増えますから」
……口に出しましたか?
「その辺はあまり気にしないように。まあ、良いことには変わりありません」
顔を引きつらせるハルとは対照的に、幹部達はすっかりお祝いモード。
「我らもランクEか~。中堅どころまで後一歩だな」
「強くなってるって感じですよね。敵にでも評価されるのは嬉しいです」
「今夜はお祝いねぇ」
「吾輩の研究のお陰だな。ふん、悪くない」
「私も今まで以上に頑張ります」
浮かれ気分の一同。
どう考えても忘れているに違いない。
これから、悪い報告があると言うことを。
「では続いて、悪い報告を致します」
千景の言葉に、浮かれていた幹部達の表情が引き締まる。
「昇格のお祝いと言わんばかりに、こんな物が届けられました」
「……手紙?」
「正義のヒーローからの果たし状です。……五十通も」
「「五十通!!」」
いくら何でも多すぎだ。
どれだけ美味しそうに思われてるのだろうか。
「おい、流石にそれは舐められすぎだろう」
「そうですよ。このまま黙って居られません」
いきり立つ紫音と奈美。
他の幹部達も口には出さないが、同感のようだ。
「みんなの気持ちは分かります。私も正直イラっときました」
にこやかに笑う千景だが、かなりプライドを傷つけられたようだ。
「成る程。悪い報告ってのは、果たし状が沢山来て困ったのではなく」
「ハピネスが甘く見られている、と言う事なのですね」
「でも実は深刻な問題よぉ。悪の組織が舐められてたらぁ、お話にならないわぁ」
「同感だな。この業界はビビらせてナンボだ」
ハル達の視線を受け、千景は頷く。
「と言うわけで、ここは一つ、この愚か者達にお灸を据えようと思います」
「「賛成!!」」
今ここに、全員の心は一つになった。
とは言え、五十を相手にするのは流石に骨が折れる。
そこで、
「この中から、特に名の知れたヒーローをしめるとしましょう」
まるで不良のように千景は告げた。
「有名どころはぁ、この三人かしらぁ」
「そうですね。彼らをうち負かせば、他も大人しくなる筈です」
確かに自分よりも強い者が敗れた相手に、なお戦おうとする者は少ない。
効率を考えれば、良い策と言える。
「分かりました。じゃあ私が行って全員ぶっ飛ばしてきます」
パン、と拳を掌に打ち付ける奈美に、
「申し訳ないのですが、ぶっ飛ばすのは一人だけにして貰えますか?」
予想外の言葉を告げる千景。
「どうしたんです、何か問題でも?」
「いえ、ただ奈美に全員を任せるのは、流石に大変と思いまして」
「?? 全然平気ですけど……」
「大変かと思いまして、今回は私もお手伝いをします」
首を傾げる奈美の言葉を遮り、千景は微笑む。
千景さん……本気でむかついてますね。
直々に手を下すから、獲物を残せと暗に告げている。
「奈美はこのヒーローの相手をお願いします」
「はぁ……分かりました」
納得行かない表情を浮かべながらも、奈美は素直に従う。
千景から果たし状を受け取り、内容を確認する。
「私は悪の組織ハピネスに、決闘を申し込む。
もし貴様らに僅かでも誇りがあるのなら、これを受けろ。
無論、逃げても構わん。臆病者にはお似合いの選択だからな。
わっはっはっははははははははははは(以下略)。あ、これ連絡先ね」
「………………………っっ!!」
奈美は無言で果たし状を握りつぶした。
額には青筋が浮かび、全身から闘気の様なものが立ち上っている。
「な、奈美?」
「上等じゃない。ごめんなさいって謝るまで、殴り続けてやるわ」
何とも物騒なことを言い始める。
「返事はしておきました。コレが決闘の場所と時間のメモです」
「任せて下さい。二度と逆らう気が起きないよう、徹底的に殺ってきますから」
奈美さん、漢字が物騒です。
「時間は……もうすぐね。では、行って来ます」
メモを確認すると、奈美は鼻息荒く作戦司令室を飛び出していった。
「……俺も奈美に同行します」
「構いませんよ。ハル君もやる気満々ですね」
いいえ違います。
今回千景さんもノリノリなので、止め役が居ないからです。
「あ、あの……私もご一緒させて下さい」
「そうねぇ。心配ないと思うけどぉ、柚子ちゃんがいれば怪我しても安心だしぃ」
「許可するぞ。ではハルと柚子の両名は、奈美のフォローに回ってくれ」
「「了解です」」
ハルと柚子は返事をすると、司令室を後にする。
「……柚子、分かっているとは思うが、万が一の時には頼んだぞ」
「心得てます。命だけは助けて見せます…………相手の」
別の意味で奈美を心配しながら、二人は急ぎ奈美の後を追った。
三人が辿り着いたのは、決闘のメッカ、河原だった。
普段はジョギングや散歩を楽しむ人で賑わっているのだが、
辺りに漂う不穏な気配を感じたのか、今日に限って人影は見えない。
ただ一人、果たし状の主を除いては。
「……あいつね」
「だろうな。あんな妙な格好をした一般人がいてたまるか」
「侍って感じですね」
戦闘服の二人と仮面を付けた柚子は、河原にじっと佇むヒーローを見つめた。
年は三十代後半だろうか。
無骨な顔立ちを無精髭がより一層引き立てている。
何より特異なのは、その格好だ。
時代劇の侍が着るような着物に、刀を二本腰に差している。
コレでヒーローじゃなかったら、只の危ないおじさんだ。
「まあ良いわ。……行くわよ」
奈美を先頭に、ハル達はゆっくりとヒーローに近づいていく。
気配を感じたのか、腕を組み目を閉じていた男は、そっと目を開ける。
「…………何奴だ」
「呼び出しておいて、随分な態度じゃないの」
「ほぅ、貴様らがハピネスか。…………くっくく」
奈美達を一瞥した男は、不意に笑いだす。
「コソコソ活動をしている弱小組織だとは思っていたが、
果たし合いに女子供を寄越すとは、流石に思っていなかったぞ」
あの~一応男も居ます。
「何よ、文句ある?」
奈美さん、否定して下さい。
「あるに決まってるだろ」
男は呆れたように肩をすくめる。
「露出狂の女に、黒ずくめの女と小学生位のガキと果たし合い。……悪い冗談だ」
「ろ、露出狂…………」
「お、女…………」
「ガキ……小学生位のガキ……」
男の発言に、三人の怒りメーターが急上昇する。
「女共、見逃してやるから、少しはまともな奴を連れてきな」
「見逃す……この私を」
奈美の顔が、怒りに歪んでいく。
あまりよろしくない流れを、何とか変えようとハルが動く。
「人を見かけで判断するのは、未熟者のすることだぞ」
「はっはっは、勇ましいなお嬢さん。顔も悪くないし、どうだ、俺のコレにならんか?」
男はからかうように、ハルに向かって小指を立てる。
「……ハルさん、こいつ殺しますね」
「お、落ち着け柚子。それは洒落にならない」
何故か柚子が切れた。
目に危ない光を浮かべ、男に近づくのをハルが懸命にくい止める。
「駄目よ柚子。こいつは……私が仕留めるんだから」
ハルが視線を向けると、奈美も完全に目が据わっていた。
もう止められそうにない。
「まあ、自業自得だな。奈美、やり過ぎるなよ?」
「もちろん……善処するわ」
政治家並みに宛にならない返答をして、奈美は男へと進み出た。
「やれやれ仕方ない。女、私の前に立つからには、死を覚悟しろよ」
「その台詞、そっくり返すわ」
二人の間の空気が、一気に張りつめていく。
奈美は無造作に近づいていき、そして、
「てりゃぁぁぁ!!」
大地を蹴り、一気に距離を詰めると、渾身の右ストレートを放つ。
後は男が吹き飛ばされるのが、お約束なのだが、
「ふっ、甘いっ!」
男は最小限の動きで奈美の拳を避けて見せた。
そのまま流れるような動作で、腰の刀を抜きながら斬りかかる。
「くっっ!」
超人的な反応で、辛うじて回避した奈美は、一度大きく距離を取る。
「捉えたと思ったが……なかなか良い動きをするな」
男は涼しげな顔で、再び刀を鞘に戻す。
驚いた表情を浮かべる奈美だが、それ以上に驚いたのはハルだ。
「まさか奈美のパンチを避けるとは……」
「でも少し変な動きでした。まるで、奈美さんの動きが分かってたみたい……」
「正解だぞ、ガキ」
柚子の呟きを聞き取ったのか、男が勝ち誇った顔で言った。
「俺は相手の動きが読めるのだ。ほんの一秒先程度だがな」
恐るべき能力だ。
真剣勝負の中、相手の動きが読めるのはチート級の反則技だ。
「伊達に正義のヒーローをやってないって事か」
「マズイですね。これじゃいくら奈美さんでも」
二人が表情を曇らせる中、
「…………ん~、結局どういう事?」
全く理解してない奈美がいた。
ポカンとした奈美に、ハル達だけでなく、男も呆れ顔。
「お前達……こいつは、その……アレなのか?」
「ええ、まあ」
「そうか……お前達も大変だな」
敵に同情されてしまった。
反論できないのが何とも辛いところだ。
「ちょっと、何そっちで話してるのよ」
「ああ、すまんすまん。つまりだ、相手の動きが読めると言うのは、こういう事だ!!」
男は奈美に向かって跳躍すると、抜刀で脇腹を斬りにかかる。
当然、奈美も反応して腕でガードしようとする。
が、それを読んでいた男は体を反転させると、無防備の首へと刀を振り下ろした。
「奈美っ!」
「奈美さん!」
刀は奈美の華奢な首元へと吸い込まれ、鮮血と共に首を切り、
ガキィィィィィィィン
落とさなかった。
「…………へっ?」
間の抜けた男の声。
まあ、無理もない。
首を切り落とすはずだった攻撃で、逆に自分の刀を折られてしまったのだから。
「痛っっ!……よくもやってくれたわね」
奈美に睨まれ、男は慌てて距離を取る。
「奈美……無事なのか?」
「ん、平気よ。ちょっと痛かったけど、怪我はないわ」
その言葉通り、奈美の首筋は僅かに赤くなった意外に、傷一つ無かった。
「非常識、ここに極まれりですね」
「そうかしら? あんな薄っぺらい鉄の棒で叩かれても、案外平気なもんよ」
それはお前だけだ。
そもそも斬られる、と言う発想は無いのか。
「お前……本当に人間か?」
「失礼ね。乙女の柔肌に傷を付けといて、それは無いんじゃない?」
いえ、傷一つありませんよ。
ハルには男の気持ちが、痛いほどよく分かった。
「でも今ので分かったわ。あんた、私の動きを先読みしてるのね」
さっきからずっとそう言ってます。
段々男が可哀想になってきた。
「なら対処法は簡単よ。……ふんっっ!!!」
奈美は思いきり、サッカーのシュートのように地面を蹴り上げた。
大地が裂け、無数の土の塊が男へ襲いかかる。
「ぬぉぉぉぉぉぉ」
「読んでても避けられない攻撃をすれば問題ないわ。……行くわよ!!」
奈美は折れた刀で土塊を避ける男へと、猛然と襲いかかった。
刀の折れた男には、それに抗う力は残されていなかった。
「漫画とかアニメの話だけどさ」
「はい」
「よく、戦いの中で自分の特別な能力をべらべら喋る奴がいるじゃん」
「いますね」
「あれって、結構な負けフラグだと思うんだよな」
「そうですね。本当に強い人ほど、切り札は隠しますからね」
「俺もモノマネは、ギリギリまで隠そうと誓ったよ」
「それが良いと思いますよ。まあ、奈美さん相手では全部無駄ですけど」
ハルと柚子は、ボロ雑巾のようになっていく男を、ただ見つめていた。
「勝~利!」
地面に倒れたヒーローの横で、奈美はVサインを掲げた。
こうして、名の知れた(らしい)ヒーローの挑戦はあっさり退けられたのだった。
一方千景達は。
「ふふふ、ほら、もっと良い声で鳴きなさい!」
「あ~あ、千景ちゃん、完全にスイッチが入っちゃったわねぇ」
「……おい、止めなくて良いのか?」
「ああなったら満足するまで無理よぉ。……それに、良いじゃない、楽しそうだしぃ」
戦う千景の姿を見て、蒼井は思った。
鉄扇じゃなくて、絶対に鞭の方が似合う、と。
こうして、無謀にもハピネスに挑戦したヒーロー達は、全て返り討ちにあった。
翌日、ハピネスには四十七通の手紙が届けられた。
それらは全て、果たし状の撤回願いだった。
因みに私は、悪い知らせから聞く方です……。
順調にハピネスがランクアップをして参りました。
大きな花火、打ち上げるのも近いことでしょう。
奈美に関しては、もう何も言わないで下さい。
神様のバグ、と言う言葉が全てだと思います。
そんな彼女にも苦手なモノは当然あります。近々公開予定ですので、
あまり期待せずにお楽しみにして下さい。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。