車の製作いたします
前回の話の続きとなっております。
まだお読みになっていない方は、前回からお読みになることをお薦めします。
予想外の車の値段に、挫折したかに見えた車購入計画。
蒼井の発言で、自作することになりました。
果たして、どのような車が完成したのでしょうか。
ハピネス地下秘密基地。
そこには未だ明らかになっていない、部屋や設備がある。
今回ハルは、その一端を目にする事になった。
「何だここ」
ハルが呆然とするのも無理はない。
目の前には、トンネルのような広大な空間が広がっていたのだ。
「特別試験場です。全長約一キロ、幅や高さは公道のトンネル位はあります」
「こんな場所があったなんて、全然知らなかったわ」
「開発部以外の子はぁ、用のない場所だものねぇ」
「その……地下を掘るのって、許可がいるのでは?」
「柚子よ。私たちは悪の組織だ」
何とも便利な言葉だった。
「全員集まっているようだな、結構結構」
遅れて試験場に入ってきた青井は、満足そうに頷いた。
「ドクター、早速完成した車を見せて欲しいのだが」
「そう慌てるな。既に用意してある」
青井は試験場の隅で、シートに覆われた車を指さした。
「お披露目をする前に、言っておくことがある」
「何だ?」
「今回は幾つかのプロトタイプを用意している。
その中から、貴様らが気に入った車を選んで貰おうと思う」
青井にしては、随分慎重だった。
ひょっとしたら、という期待を感じる。
「理解しました。では、見せてもらいましょう」
青井は頷き、最初の試作車が姿を現した。
登場したのは、セダンタイプの乗用車だった。
おかしなところはなく、普通に町中を走っていそうだ。
一同が見守る中、青井はエンジンをかけ、試験場を一回りする。
大方の予想に反して、車は何の問題もなく走行を終えた。
「……普通だな」
「悪くないけど、乗れる人数が少なそうね」
「指揮車両と考えれば、一台はあっても悪くないですね」
「そうねぇ。幾つか種類があったほうがぁ、色々便利だしぃ」
ハル達の評価は概ね好評だった。
だが、
「……何か、嫌な予感がします」
柚子だけが厳しい表情で車を見つめていた。
「ドクターよ、まずは見事だ」
「ふふふ、我がボスよ。こいつの真価はこれだけでは無いぞ」
車から降りた青井は、得意げに笑みを浮かべる。
途端、ハル達に不安がよぎる。
「こいつには、ある特別な性能を持たせているのだ」
余計なことを、と紫音以外の全員が思った。
「それはどんなものだ?」
「説明するよりも、見た方が早いだろう。……おい」
青井に呼ばれ、奈美は訝しげな顔で近づく。
「助手席に乗れ」
「何でよ」
「護衛代わりだ」
意味不明な事を言いながら、青井は運転席へと乗り込む。
奈美はチラリと千景に視線を向け、頷いたのを確認して助手席に乗る。
「よし、では行くとするか」
青井はあからさまに怪しいスイッチを押す。
「こいつの真の力……それはっ!!!」
バシュゥゥゥン
青井が叫ぶと同時に、車が光に包まれる。
光が収まったときには、青井と奈美を乗せた車は、跡形もなく消えていた。
「…………え?」
ハルが間の抜けた声をあげると、
バシュゥゥゥン
再び試験場に光が溢れ、目の前には白煙を上げる車が現れていた。
「おい、大丈夫か」
慌ててハル達は車へと駆け寄る。
「あ、うん。平気よ。……何か、変な体験をしたわ」
少し惚けた様子で、奈美が車から降りる。
「……見たか。これがこの車の実力だ」
「見ても何もわかりませんよ。ドクター、説明を」
同じく車から降りた青井に、千景が問いただす。
「よかろう。この車は時間を超える、つまりタイムワープが出来るのだ!!」
「「んなアホな!!」」
ハル達の突っ込みが重なった。
「青井さん、あんまり冗談が過ぎるようなら……」
「ちょ、ちょっと待て。証拠もあるから、その注射器をしまえ」
柚子は渋々注射器を懐にしまう。
「証拠ってぇ、何かタイムワープ先の物を持ってきたとかぁ?」
「そのつもりだったのだが、この女が……」
青井は困ったような表情で、後部座席のドアを開ける。
消える前には誰も乗っていなかった、後部座席。
しかし蒼井が開けたドアの向こうには、何者か座っていた。
何者かとハル達は目を凝らして、絶句した。
白装束を着込んだ、ちょんまげ頭の男が、むすっとした顔で座っていたのだ。
「おい……この人は……」
「我が輩達は、とある時代の燃えさかる寺の中にワープしたのだが」
「そこでこの人が炎に囲まれて自殺しようとしてたから、つい連れて来ちゃったの」
奈美は笑顔で答えるが、ハルはそれどころではない。
「あの~、失礼ですけど、お名前は?」
「余か? 余の名は織田信長じゃ」
「「歴史変えちゃったぁぁぁぁ!!!」」
とんでも無い事をしでかしてしまった。
「これは一体何事じゃ。余は光秀に……」
「いや~、人助けっていい物ね♪」
「「即刻帰してきなさい!!」」
「そうしたいのは山々だが、これは行く時代を選べないのだ」
「「この役立たず!!」」
「ふむ、何やら面倒ごとが起きているようだな……むっ」
先ほどの光が、信長?の体を包み込む。
一際輝いたと思うと、後部座席には誰の姿も見えなくなっていた。
「いなくなっちゃいました……」
「お、恐らくですが、何らかの力が働いたのかと」
オカルト嫌いの千景が、納得のいかない表情で答える。
「歴史の修正力ってやつかしらぁ。……ありえるのね」
「何はともあれ、正しい日本史が守れてよかった」
ハルは心底安堵した声を出した。
「ドクターよ、この機械の詳細な性能はどんな感じだ?」
「行く時代は選べない。滞在時間は十秒ほど。ワープ成功率は、八割と言ったところだ」
使えない。
果てしなく使えないものだ。
「失敗する事もあったのね。ねえ、もし失敗したらどうなってたの?」
「まあ、世界から消滅するだろうな」
「んな危ない物に、人を乗せるなぁぁぁぁ!!」
奈美の右拳を受け、青井は吹き飛ばされた。
「……この車は、封印と言うことで」
「「異議な~し!」」
全会一致で、一台目の車は封印されることとなった。
その後も、蒼井は様々な車を披露した。
「何だこりゃぁぁ」
「それは人型に変形する、戦闘用可変自動車だ」
「……まあ、変形させなければ問題無さそうですね」
「蒼井、これどうやって車に戻すんだよ」
「一度人型になったら、二度と車には戻れん。何とも潔いではないか」
「「却下だ!!」」
「あらぁ、コレは普通の車みたいねぇ」
「甘いぞ。そいつは飛行機能を搭載した、空陸対応自動車なのだ」
「それは凄い。だがドクターよ、飛ばないようだが?」
「重量オーバーだ。積載重量は、四十キロが限界と言った所だ」
「……柚子、免許は?」
「ありますが、取って以来一度も運転してません」
「これも却下ですね」
「……これは普通ですね。乗り心地も悪くありません」
「だろう。それは吾輩が最先端技術を取り入れた、自信作なのだ」
「最先端? ターボエンジンとか?」
「ふふふ聞いて驚け。何と史上初、ステルス機能を搭載した車なのだ!」
「車にステルス……目視されて意味ない気がします」
「でも柚子ちゃん。今までの車に比べたらぁ、大分まともじゃない?」
「まあ問題があるとすれば、ステルス機能維持のため、燃費が若干悪い点だな」
「へ~、どのくらい走れるんだ?」
「リットル辺り、1kmと言ったところだ」
「「ステルス外せっ!!」」
殆どの車が、こんな調子だった。
車自体は良くできているのだが、余計な機能が全てを台無しにしていた。
車の紹介が終わる頃には、ハル達の間に諦めの空気が漂っていた。
「……みんな、すまん。この事態を招いたのは、私の判断ミスだ」
「そ、そんな……紫音様は何も悪くありませんよ」
「まあ今回のことは、誰の責任でもない、不幸な事故だな」
「「お前のせいだよっ!!」」
ハル達は全力で突っ込んだ。
「まあドクターに期待しすぎた、私達にも問題があるということで」
「結局振り出しに戻るわけですね」
ため息をつきながら、ハル達が試験場の入り口へ歩き始めた時だった。
「ん、まだシートが掛かっている車があるぞ」
紫音が隅っこに一台だけ残された車を指差す。
「あら本当ねぇ。ねぇ蒼井ちゃん、あれは紹介してくれないのぉ?」
「ああ、あれか。あれはな、残念ながら失敗作だ」
蒼井は不満げな顔で吐き捨てる。
よほど納得のいかない出来なのだろう。
「ふ~ん、でも見るだけ見てみましょうよ。……てい」
おもむろに車に走り寄ると、奈美はシートを引きはがした。
現れたのは、一台のワンボックスカーだった。
ハル達の要望にピッタリだが、一同の反応は薄い。
今までの事から考えれば仕方のない事だろう。
「……今度は水上走行可能とかでしょうか」
「宇宙に行けるとかかもねぇ」
すっかり諦めムードの千景とローズ。
だが、
「変ですね。この車からは、嫌な感じがしません」
「私もそう思うぞ。何となくだが……」
柚子と紫音は今までとは違い、好意的な意見を述べる。
「ねえハル。ちょっと運転してみてよ」
「そうだな、ここまで来たら、最後まで付き合うか」
ハルはさほど期待せずに、運転席に乗り込む。
軽くキーを回すと、驚くほど静かにエンジンが回り始めた。
走り出しも軽やかで、加速性能、旋回性能、ブレーキ性能も文句の付けようが無かった。
あっけにとられる千景達の元に、車を降りたハルが戻ってきた。
「ハル、どうだった?」
「いや、何て言うか……凄い良かった」
信じられない様子で答える。
「前乗ったレンタカーなんかとは、比べ物にならないくらいの乗り心地だった」
「ここから見てても分かるわぁ。まるで高級車の動きよ、あれぇ」
「なるほどな。だがドクターが失敗作と言う以上、何かしらの欠点があるはずだ」
紫音の言葉に、ハル達は蒼井へと視線を向ける。
「欠点て、さっきの燃費ってやつが悪かったりするの?」
「ハイブリッド仕様で、リッター五十キロは軽く超えるぞ」
プリ○スも真っ青だ。
「では操作系などに問題が? 部品の質が悪いとか?」
「ト○タやス○ルのデータを盗んで、基礎構造を作り上げた。
部品もそのデータを元に製造したから、そこそこの出来の筈だ」
道理で乗り心地が良いわけだ。
「車体が弱かったりするのかしらぁ?」
「吾輩が偶然発見した特殊合金製だ。そこの馬鹿力が殴っても、傷一つつかんわ」
「馬鹿力ってなによ! 上等じゃないの…………てりゃぁぁぁ!!」
ガァァァァァァン
奈美の右ストレートを受けて、車は吹き飛び、試験場の壁に叩き付けられた。
しかし車体は拳の部分が僅かに凹んだだけで、殆ど無傷だった。
「ほらっ、傷つけてやったわよ」
「この……人外の化け物が」
得意げに胸を張る奈美を、蒼井は忌々しげに睨む。
だが、
「おいおい、マヂかよ」
「……奈美のパンチを受けて、傷はこれだけ」
「洒落にならない耐久力だわぁ」
二人を除く全員は、車の耐久力に感動すら覚えていた。
「となれば、やはり妙な機能が付いているのですね?」
「残念ながら、こいつには何も搭載していない」
素晴らしい事だ。
「では何が問題なのだ。欠点とは何だ?」
「……こんな普通の車、何も面白く無いではないかぁぁぁぁ!!」
「「それを造れって言ったんだぁぁぁぁ!!!」」
全員の拳を受け、蒼井は遙か彼方まで吹き飛んでいった。
結局、最後の車をハピネスは正式採用することとなった。
一週間も経った頃には、幸福荘に新設したガレージに、五台の車が並んでいた。
当初の予算よりも、大分安く揃った車に、千景も満足げな表情を浮かべる。
一同の気持ちは、新たな作戦へと向いていたのだが、
「あの……千景さん」
柚子がそんな千景に声を掛ける。
「どうしました?」
「あの……医療班用の車は?」
「「………………あ」」
すっかり忘れていた。
すがるような柚子の視線に、千景は堪らず顔を逸らす。
「……さて、今回の件の補正予算の計算をしなくては」
「そ、そうねぇ。私も手伝うわぁ」
そそくさと逃げ去っていく千景とローズ。
「……それでは私は、宿題があるから」
機を逃すまい、と紫音も撤退する。
「あ~、……そうだ、買い出しを頼まれてたんだった」
「ラッキー、じゃなかった。……それは大変ね。私も手伝うわよ」
顔を引きつらせながら、ハルと奈美もその場を離脱する。
後に残されたのは、
「じゃ、じゃあ吾輩も研究が残っているから……」
立ち去ろうとする蒼井の手を、柚子が掴む。
柚子の全身から、黒いオーラが立ち上っているのを、蒼井は確かに見た。
「……ねえ、蒼井さん」
「な、何だ?」
柚子の声に、蒼井の背筋が凍る。
「みんなの為にも、医療班用の救急車両が欲しいです」
「そ、そうか。ならその内……」
「直ぐに……欲しいです」
「吾輩の一存では決められぬぞ。予算やら何やらあるから……」
「直ぐ欲しいです。返事はYes,No……いいえ、Yesしか聞きたくありません」
「お、おい……その注射器は……やめろ、分かった、造る。直ぐに造るから……」
蒼井の言葉に、ようやく柚子は笑顔を見せる。
「ありがとうございます。じゃあ、明日までにお願いしますね」
「明日ぁ! そんなの無理に……」
柚子が注射器の先端から、僅かに液体を垂らす。
「楽しみにしてますね、蒼井さん♪」
天使のような笑みを浮かべる悪魔に、蒼井は逆らう術を持たなかった。
かくして、ハピネスに五台の車+医療班専用車が配備された。
「これで皆さんをもっと助けることが出来ます♪」
ご満悦な柚子に向かい、
「……その前に吾輩を助けろ」
目の下に隈を作った蒼井は、過労で倒れながら呟くのだった。
この物語はフィクションです。
歴史上の人物、実在の会社・技術とは一切関係がありません。
……いえ、分かっているとは思いますが、一応……です。
蒼井は天才です。これは紛れもない事実なんですが、それ以上に変人です。
それさえなければ、優秀な人材なんですが……。
ようやくハピネスに車という機動力が加わりました。
今まで以上に、活動範囲が広まると思います。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。