車の購入しましょうか
レンタカーの廃車、そして莫大な違約金。
そんな事もあり、千景はついに決心をしました。
公共交通機関に頼る日々はおしまい。
さあ、夢のマイカー生活が始まる……はずでしたが。
幸福荘の食堂。
いつものようにハル達が昼食を摂っている時の事だった。
「車を、ですか?」
「ええ。そろそろ私達もマイカーを持っても良い頃合いかと」
ハルの問いかけに、千景が答える。
「これからの作戦では、遠出する機会も増えるでしょう。機動力の確保は重要です」
言われてハル達は納得する。
今までのハピネスは、基本的に徒歩かバスや電車などの公共交通機関を使っていた。
安上がりで便利だが、深夜や早朝には行動出来ないなど融通が利かない。
それに何より、
「……ようやく、あの格好で電車に乗る羞恥から解放されますね」
「何となく慣れちゃってたけど、改めて思うと凄いことしてたわ」
ハルと奈美がしみじみと言うように、戦闘服での移動が恥ずかしくなくなる。
非常にありがたい事であった。
「あ、あの、千景さん。出来たら医療班用の車が欲しいのですのですが……」
柚子が怖ず怖ずと声をあげる。
「医療班用……具体的に教えてください」
「治療道具の輸送と、ベッドで簡単な手術が出来るような車があれば……」
世間で言う救急車だろう。
「なるほど……。流石に本物は用意できませんが、代用を検討しましょう」
「ありがとうございます」
柚子はホッとしたように頭を下げる。
「そう言えば千景ちゃん。何台くらいの車を買う予定なのぉ?」
「折角ですから、五台ほど用意するつもりです。……紫音様、よろしいでしょうか?」
「話は分かった。反対する理由は何も無い。全て任せる」
紫音大仰に頷いて見せた。
どこか嬉しそうなのは、話を振られたからだろうか。
何にせよ、ボスの許可が出た以上、問題は無い。
「では早速、購入する車を選びたいところですが……剛彦、頼めますか?」
「十分、いえ五分頂戴。価格と性能、安全性の優れた車をリストアップするわぁ」
千景にローズは自信たっぷりに答えると、急ぎ食堂を後にする。
「車か~、楽しみだね、ハル」
「…………お前は運転できないから、そのつもりで」
先日の惨事を思い出し、ハルは念を押すように奈美に告げた。
「みんなぁ~、お・ま・た・せ~」
五分も掛からずに戻ってきたローズの手には、厚手のファイルが握られていた。
「それ、全部車のリスト?」
「そうよぉ~。取り敢えずめぼしい奴だけぇ、持ってきたわぁ」
どれだけめぼしい車があったのだろうか。
ドンッ、と机に置かれた辞書の様な厚さのファイルを、ハルは無言で見つめた。
「ひとまず、目を通しましょうか」
千景は慣れた手つきで、ファイルを捲り始める。
ファイルは五分で作ったとは思えないほど、整理されていた。
車種順に並んだ車は、写真付きでデータが細かく記されていた。
販売価格の横に、予想割引額まで書かれているのは、流石と言うべきか。
ファッション誌を見る女学生の様に、ファイルを捲っていたのだが、
「……高いな」
「車って高級品なのね」
「予想以上です……」
「むぅ、これでどれほどのゲームが買えるのか」
予想を超える高値に、ハル達は顔を強張らせていった。
車というのは、意外にお高い。
中古ならともかく、新車ならそれなりの値段はする。
特にハピネスが求めているのは、大人数が乗れる大きめの車だから尚更だ。
「あの千景さん、予算とかは大丈夫なんでしょうか?」
「……ええ。想定の範囲内です」
某IT企業社長の様な台詞を言うが、その表情は心なしか硬い。
「千景ちゃん、車には疎いからぁ」
そのわりに随分自信満々にファイル捲ってましたよ。
「……柚子。さっきの医療班用の車、無かったことには……」
完全に想定の範囲外ですよね、それ。
「そう……ですか。仕方ないですよね」
ガッカリする柚子を見て、
「千景さん、何とかなりませんか? 医療班の車は絶対に役立ちますよ」
「奈美さん……私のために……」
食い下がる奈美に、柚子は感動の視線を送る。
今ここに、固い友情が結ばれた。
「そうですね。奈美のお代わり分の食費を削れば……」
「諦めましょう」
友情は脆くも崩壊した。
「とにかく、一度計画の見直しを……」
「ふははははは。その必要はない」
突如聞こえた高笑い。
ハル達が声の方に視線を向けると、
「遂に吾輩の、天才的頭脳を発揮するときが来たようだな」
「あ、居たんだ」
すっかり存在を忘れられていた、蒼井がいた。
「一言も喋らないから、てっきり居ないかと思ってたわ」
「ずっと居たのだ。……前回も台詞は無かったが、ちゃんと裁判を聞いてたんだよ」
「何を言っているか分かりませんね。まあ、居ても居なくても変わりませんけど」
さらりと毒を吐く柚子。
蒼井に対しては、恐ろしいほどの切れ味を誇る。
「でだ。何か良いアイディアがあるのか、ドクター?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれた」
紫音の問いかけに、蒼井は気を取り直したように笑うと、
「その車とやら、吾輩が造ってやろうではないか」
自信満々に胸を張って宣言した。
ハル達は暫し沈黙し、
「……じゃあ予算の件は再検討ですね」
「そうですね。私も補正予算を組んでみることにしましょう」
「今度は時間をかけてぇ、少しでも安い車を探してみるわぁ」
今の出来事を忘れることにした。
「ちょぉぉぉっと待てい。何だそのリアクションは」
「……だって、あんた蒼井だもの」
「信用できると思いますか?」
グサッと言葉の刃が、蒼井に突き刺さる。
このまま蒼井の出番は無いかと思われたが、助け船は意外な所から出た。
「良いではないか、ドクターにやらせてみても」
「紫音様!?」
とんでもないことを言い出すボスに、ハル達は驚きの表情を浮かべる。
「紫音、流石にそれは……」
「私はみんなの力を信じている。それはドクターも例外ではない」
堂々と話す紫音には、今までにない風格が漂っていた。
「ドクターに、ハピネスが今後使用する車を製作して貰う。……異論は無いな?」
「貴方がそこまで言うなら」
千景が認めた以上、ハル達にも異論はない。
「ドクター、特別予算を出しますので、車の製作を行いなさい」
「言われるまでもない。吾輩に任せて貰おう」
「ただし」
千景の声のトーンが低くなる。
「紫音がここまで信頼しているのです。裏切ったらどうなるか……分かってますね?」
絶対に逆らいたくないような視線を蒼井に向け、千景は告げた。
「ふん、誰に言っているのだ。まあ精々楽しみに待っているがいい」
いつになく強気な態度で、蒼井は地下の実験室へと向かうのだった。
「……大丈夫ですかね?」
「賽は投げられました。どんな目が出るかは、神のみぞ知る、でしょう」
いきなり神頼みの千景。
「賽の目が一しかなくても、ですか?」
柚子の言葉に、答えられる者は居なかった。
こうして車購入計画は、思いもよらぬ方向へと進んでいく。
蒼井の完成報告があったのは、それより一週間後の事だった。
はい、タイトルに偽りありです。
購入計画は、何故か開発計画へと移行してしまいました。
まあ、ハピネスらしいと言えばそれまでですが……。
今回の千景は演技ではなく素です。
マイカー購入を甘く見ていたので、ろくに下調べもしませんでした。
予想していた予算を大幅に超えた故の、あの反応です。
ローズは気づいていたが、あえて突っ込まなかった感じです。
さて、次はいよいよメイドイン蒼井の車が登場します。
果たしてハピネスに相応しい車を、造ることが出来たのでしょうか?
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。