好奇心は猫をも殺すらしいです
平和な幸福荘に、突如訪れた事件。
一体何が起こったのか……。
好奇心、と言えばあの人の出番ですよね。
ドッゴォォォォォン
けたたましい轟音が、早朝の幸福荘に響き渡った。
「ななな、何だ~?」
心地よい眠りから無理矢理たたき起こされたハルは、布団から飛び上がる。
ただ事ではないと判断し、慌てて着替えを済ませる。
「音は下からだよな。降りてみるか」
身支度をする間も惜しみ、ハルは急いで一階へと降りた。
「あらぁ、おはようハルちゃん。酷い寝癖ねぇ」
「そんなこと言ってる場合じゃないだろ。一体何事だよ」
階段を降りたハルに、丁度やってきたローズが声を掛けた。
「何でも事故みたいよぉ。幸福荘にぃ、自動車が突っ込んだんですってぇ」
「物騒な話だな……。現場はどんな感じなの?」
「これから見に行く所よぉ。一緒に行きましょ」
ハルはローズに連れられ、事故現場へと向かった。
事故現場である、幸福荘の入り口付近は騒然としていた。
突っ込んだのは、白いワンボックスカー。
かなりの勢いだったのか、車体はぺしゃんこになり、炎上していた。
数名のハピーが、懸命に消火作業にあたっていた。
「こりゃ……予想以上に酷いな」
「本当にねぇ。……あら柚子ちゃんと千景ちゃんだわぁ」
ハルとローズに気づいたのか、千景と柚子が近づいてくる。
「二人とも来ましたか」
「ハルさん、ローズさん、おはようございます」
「おはよう柚子。千景さんも、早朝からお疲れさまです」
「でぇ、状況はどう?」
ローズの問いかけに、
「消火作業は間もなく終わる予定です。その後調査を行います」
千景はため息混じりに答える。
予想外のアクシデントに、頭が痛い様子だ。
「柚子は医療班として待機してるのか?」
「は、はい。ただこの状況ですと、運転してた方は恐らく……」
悲しそうな表情を浮かべる柚子。
運転席が原型を留めていないのだ。運転手も当然……だろう。
「事後処理を考えると頭が痛いですよ。警察の介入は避けねばなりませんし」
「その辺は私が上手くやるわぁ。心配無用…………あらぁ?」
ドンと胸を叩いたローズが、何かに気づいた。
「どうしました剛彦?」
「……運転手、生きてるっぽいわよぉ」
ハル達は慌てて、視線を未だ火の手が上がる車へと向ける。
そこには、燃え上がる車の中で動く人影があった。
メキ、メキメキメキメキ
人影は車の車体を手で突き破ると、無理矢理に引き裂いていく。
ちょっとしたホラーな光景に、ハル達は言葉を失う。
やがて引き裂かれた車体から姿を現したのは、
「はぁ~、死ぬかと思ったわ」
ススと煙で全身真っ黒になった、奈美だった。
「え~、これより、ハピネス裁判を開廷するぞ」
コンコン、と木槌を叩いて紫音は宣言した。
食堂の机は並べ替えられ、簡易的な法廷を作り出していた。
裁判官の席には、あの騒動でも熟睡していた我らがボス、紫音が座る。
検察側には、かなりお怒りの様子の千景。
対する弁護側には、
「……何故?」
納得行かない表情で首を傾げるハルが抜擢された。
そして被告人は勿論奈美だ。
即席で作られた傍聴席は、心配そうに成り行きを見守るハピー達で埋め尽くされた。
「では、被告人、前へ」
「はい」
「名前とかは……省略するとして、えっと……罪状確認だな」
紫音は机の下に隠したカンペを手早く確認する。
「コホン、では千景……じゃなくて検察官の発言を許可するぞ」
「はい。検察より起訴状を朗読させて頂きます」
千景は手慣れた様子で、検察の役をこなす。
「まず、被告人は十六才で免許を持っていません。つまり、無免許運転です」
ザワザワと傍聴席のハピー達が騒ぎ出す。
「静粛に!! ……意外に気持ちいいな、コレ」
木槌を力強く叩くと、紫音は満足そうな笑みを浮かべる。
「にもかかわらず被告人は車を運転し、本日早朝、幸福荘への追突事故を起こしました」
騒がしくなる法廷を、再び紫音が木槌で静まらせる。
どうやら相当お気に入りのようだ。
「しかも、あの車は先日の作戦のために借りたレンタカーです。
レンタカーを廃車にしたらどうなりますか? ……ええ、凄い金額を請求されましたよ」
千景は平静を装っていたが、物凄く怒っていた。
額に浮かぶ青筋に、ハル達は顔を引きつらせる。
「……検察側の発言は以上です」
千景はそっと席に着いた。
「えっと次は……権利の確認だな」
紫音は奈美を見据え、
「本来なら黙秘権という物があるが、当然奈美には無い。そこの所、よろしく」
ですよね~、と言うハル達の心の声が聞こえるようだった。
「それじゃあ、後は被告人と弁護士の弁解の時間だな」
身も蓋もない言い方をする。
と言うか弁護のしようもないだろうに。
「裁判長、発言を」
「うむ、許可する」
「検察より、被告人に事件を起こした経緯を説明して頂きたいと思います」
「弁護人も同意見です」
「ちょ、ちょっとハル。私の味方じゃないの?」
「何はともあれ、事件のあらましを知らなきゃ話にならないだろうが」
「それもそうだな。では奈美よ、説明しろ」
裁判長の決定には逆らえない。
奈美は事件の経緯を話し始めた。
「まず、昨日の事ですが私達、正義の味方を倒すために遠出しましたよね」
頷くハル達。
確かに、正義の味方を倒すため、レンタカーを借りて遠征をした。
「その時助手席に乗ってたんですけど、暇だったんで運転手をずっと見てました」
聞き入るハル達。
「観察してると、何だか楽しそうだったんで、私も運転してみたくなりまして」
何やら雲行きが怪しくなってきた。
「さらに観察すると、意外に運転って簡単そうだな~と思いまして」
嫌な予感がする。
「作戦と祝勝会で、その事は一度忘れたのですが、
今日の朝起きて窓を開けると、昨日のレンタカーが目に止まりまして」
予感は確信へと変わる。
「近づいてみると、鍵が付いていたので、ちょっとなら良いかな~と……」
奈美が説明を終えると、一同は揃って頭を抱えた。
「好奇心は猫をも殺すと言いますが、何というか……」
流石の千景も呆れ顔だ。
「ん、でも変だな。運転して直ぐぶつけたなら、あんな惨事にはならないだろ」
ハルは疑問を口にした。
運転して直ぐならさほど速度も出ない。あそこまで被害は大きくないはずだ。
「あ、うん。昨日見たから、最初はキチンと走れたのよ」
奈美は少し得意げに話し始める。
「軽く町内を走って戻ろうとしたの。
でも、ペダルを踏み続けてたら、段々スピードが出てきてね」
嫌な予感再び。
「曲がり角はタイヤを滑らせて何とか曲がれたんだけど」
奈美さん、それドリフトって言います。
もちろん町中みたいな細い道でやる物じゃありません。
「速度メーターが100を超えた辺りで気づいたの」
「……何に?」
「これって、どうやって止まるんだろうって」
「「最初に確認しろぉぉぉ!!」」
全員の絶叫が重なった。
「で、取り敢えず何かにぶつかれば止まると思ったんで、幸福荘に……」
流石に申し訳ないと思ったのか、奈美の言葉は尻つぼみに小さくなる。
こうして事件の全容は解明された。
「…………え~、弁護人、何とか頑張れそうか?」
無茶を仰る。
某逆転する裁判ゲームだって、ここまで酷くはない。
ハルは完全に白旗を上げるつもりだったのだが、
「ハル…………」
すがるようにハルを見つめる奈美の視線に、それを止める。
無罪は無理でも、何とか罪を軽くする方法は無いかと模索する。
知恵熱が出そうなほど、頭を回転させ、そして、
「…………あ」
あることに気づいた。
小さな事だが、上手く使えば刑を軽く出来るかもしれない。
ハルはこっそりとモノマネ帳を捲り、あるページを開く。
準備を終えると、ハルは紫音に向き直る。
「裁判長。被告人の罪は明らかですが、一つ気になる点があります」
「う、うむ、続けよ」
様子が変わったハルに戸惑いながら、紫音は先を促す。
「先ほどの話の中で、車に鍵が付いていたとありました。
これは明らかに、車の管理不行き届きであると思われます」
ハルの言葉に千景の表情が僅かに歪む。
車の管理は千景の管轄だからだ。
「鍵がキチンと管理されていれば、被告人が犯行に及ぶことも無かった。
管理者への責任を追求すると共に、刑の減刑にもご考慮頂きたいと思います」
ハルはビシッと指を千景に突き立て、堂々と反論して見せた。
完全敗北の崖っぷちから、一矢報いたハルに、ハピー達から驚嘆の声が挙がる。
無論、有罪には変わりないだろうが、それでも減刑の可能性は十分にある。
一同の興味は、裁判長の判決に集まっていた。
「えっと……そうだな……こういうときはどうすれば……」
思いがけない展開に、裁判長役の紫音は焦る。
頼りのカンペにも、こんな事態は想定されていない。
困った紫音は、千景へと視線を送る。
「……ふぅ、お遊びはこの辺にしておきましょう」
まるでラスボスのような発言をする千景。
「奈美は厳重注意と減給一ヶ月。これでどうですか?」
予想外に軽い処分に、ハル達は驚きの表情を浮かべる。
「ハル君の言うとおり、私にも落ち度がありました。これで手打ちにしましょう」
「弁護側としても、異論はありません」
ハルは澄まし顔で、千景の提案を受け入れる。
ここに、緊急ハピネス法廷は閉廷を迎えるのだった。
「千景さん……ありがとうございます」
「お礼はハル君に言いなさい。さて、私も事後処理をするとしましょう」
頭を下げる奈美に、千景は軽く手を振りその場から立ち去った。
「一件落着だな」
「ハル……その……ありがとう」
「気にするなよ。あのまま終わってたら、夢見が悪いからな」
ハルは微笑みながら答える。
「まあ、コレに懲りたら無免許運転は二度とするなよ」
「分かってるわ。私も馬鹿じゃないし、ちゃんと学習するもん」
頬を膨らませ、すねた様子の奈美。
そんな姿を見て、食堂に残った面々は優しい笑顔を浮かべる。
早朝から大騒ぎだったが、ようやくハピネスは平穏を取り戻した……筈だった。
「と言うわけで、早速免許をとってくるわ」
「「…………えっ!?」」
突然切り出した奈美に、一同は動きを止める。
「ちゃ~んと免許を取れば、思う存分運転できるもの」
「い、いや……確かにそうだが、免許ってどうやって取るか知ってるのか?」
「モチのロンよ。じゃあ行って来るわね」
「あ、奈美……」
ハルが止める間もなく、奈美は大急ぎで幸福荘から出ていってしまった。
後に残されたのは、何とも言えない気まずい空気。
「……免許って、そんな簡単に取れたっけ?」
「教習所ってどれくらい掛かったかな……」
「合宿でも半月くらい掛かると思うぞ」
「いっそ教習所なしで、一発受験すればどうだ? 最短コースだぞ」
あーだこーだと、ハピー達が意見を交換する。
そんな彼らにハルは首を横に振り言った。
「無理だよ。だって、奈美はまだ十六才だから」
「「……あっ!!」」
普通自動車を運転できる免許は、十八才以上が条件。
奈美がどれだけ頑張ろうとも、根本的に無理なのだ。
「事実を知ったとき、奈美がどうするのか……。考えたくもない」
その光景を想像し、ハルは疲れたため息をつくのだった。
この物語に登場するハピネスは、悪の組織です。
決して、真似をしないで下さい。
……ええ、無免許運転は止めておいて下さい。
当然の事ながら、奈美は免許が取れませんでした。
年齢は変わらない予定ですので、恐らく今後も取れないでしょう。
ハピネスが日本を支配して、法律を変えれば別ですが……。
本編中のハピネス裁判は、かなりいい加減な事をやってますので、
実際の裁判の参考にはしないで下さい(無用な心配ですね)。
因みに、裁判中ハルがモノマネをしたのは、逆転○判の彼です。
作者はプレイしたことがないので、想像で書いてます。……すいません。
レンタカーを壊し、大損害を出してしまったハピネス。
この後、もう少し車の話を引っ張る予定です。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。