ボスもたまには頑張ります
すっかり存在感が無くなってしまった紫音。
危機感を覚えた紫音は、信頼回復のために手を尽くすのだが……。
結城紫音。
若干十二才のハピネス総司令。
そんな彼女は、今非常に不機嫌だった。
「千景よ、お前の仕事を手伝おうではないか」
「ありがたいですが、今は結構ですよ。それより、宿題を終わらせて下さい」
「む……」
「テストの点が悪ければ、お小遣いを減らしますよ。頑張りなさい」
「奈美、重そうな荷物だな。手を貸そう」
「え、そんな、紫音様にこんな雑務を手伝わせられませんよ」
「な~に、気にするな。…………むっ!」
「これ紫音様三人分位の重さなんですよ。お気持ちだけ頂きますね」
「ローズ、何か手伝おう事は無いか?」
「嬉しいけどぉ、丁度仕事が片づいたところよぉ。一緒にお茶でもどうかしらぁ?」
「うむ……」
「柚子、忙しそうだな。手伝おう」
「と、とんでもないです。紫音様にお仕事を手伝って貰うなんて……」
「たまには良いだろう。今は薬の整理をしているのか?」
「は、はい。ただそこの棚は危険な薬が並んでるので……慣れていないと」
「危険な薬? 下剤とかか?」
「致死性の猛毒とかです。……あの、本当に危険ですので……」
「ドクター、喜べ。私が仕事を手伝ってやるぞ」
「素人に任せる仕事などない。大人しくテレビでも見てるんだな」
「……………ふんっ!!」
「ぐぉぉぉぉ。吾輩の脛がぁぁぁぁ」
そんなこんなで、今紫音は一人自室にいた。
「みんなして私を邪魔者扱いして……」
ぶーたれながら、一応宿題を終える。
妙な所で真面目だった。
「……この本も出鱈目だな。ちっとも効果がないじゃ無いか」
机に置かれた一冊の本に視線を向ける。
部下に尊敬される為の、リーダーの心得、と銘打たれた本。
「部下の仕事を積極的に手伝い、頼りになる所をアピール……と言ってもな」
先ほどの出来事を思い出し、紫音は渋い顔をする。
誰も彼も、自分に仕事を任せようとはしなかった。
「……もしや、奴らは私を役立たずと思っているのでは」
もちろんそんなことはない。
手伝いが必要なほど、仕事が忙しく無かっただけなのだ。
ましてや組織の長に手伝いをお願いするなど、普通に考えればあり得ない。
「まあ、今まで役に立っていなかったし、仕方ないか」
今までの仕事ぶりを思い起こし、紫音はため息をつく。
ハピネスの仕事と言えば、出撃前の号令くらい。
その仕事すら、前回で遂に奪われてしまった。
「……不味いな。どう考えても私はボスに相応しくない」
冷静に紫音は自己分析をする。
「ボスとして、みんなに認められる為に必要なものは……」
腕を組み考え込む。
「……そうだ。大きな手柄を立てればいいんだ」
違います。
それは部下に必要です。
そもそもボスに手柄は必要ありません。
「一人で仕事をやり遂げれば、みんな私を認める筈だ」
紫音は止まらない。
こうなったら、少しでも簡単な仕事を選んで欲しい所だが、
「手柄と言えば……やはり敵を倒すのが一番だな」
最高難易度を選んでしまった。
「そうと決まればこうしては居られない。善は急げと言うしな」
善……ではないですよね。
「待ってろよ、正義のヒーロー。私が直々に討伐してくれる」
紫音はコートを羽織ると、颯爽と外へと飛び出していった。
「ふぅ、これで全部買ったかな?」
「はい。……すいません。病み上がりなのに、買い出しに付き合って貰っちゃって」
「気にするなよ。もうこれ位は全然問題ないからさ」
ハルは手に持った荷物を持ち上げて見せ、軽く笑った。
それを見てハピーはホッとした表情を浮かべる。
「じゃあ、さっさと戻るとするか」
「そうですね…………ん?」
商店街から幸福荘に歩き始めたその時、ハピーが何かに気づき足を止めた。
「どうした?」
「いえ……あれって、紫音様じゃないですか?」
ハピーの視線をハルがなぞる。
確かにそこには、コートを着込んだ小さなボスが居た。
「買い物ですかね?」
「だったら千景さんか誰かが一緒だろ。一人で外出なんて……」
通常、紫音が外出をするときには、必ず護衛が付く。
一人で出歩くことなど、まずあり得ない。
どうにも嫌な予感がした。
「……ちょっと聞いてみよう」
ハルとハピーは、小走りで紫音の元へと近づいた。
「紫音様」
「ん、おおハルか。買い出しの手伝いか、ご苦労だな」
紫音はハルの荷物を見て、労いの言葉をかける。
「一人で歩くなんて不用心ですよ。護衛とはぐれましたか?」
「ふふふ、私を甘く見るなよ。今日は最初から一人だ」
不敵に笑う紫音に、ハルの嫌な予感が強くなる。
「……紫音様。今日の外出の目的は?」
「な~に、大したことではない。ただ、正義のヒーローを倒しに来ただけだ」
「何だ、そんなこと………………えぇぇぇぇぇぇ!!!」
さらりと告げた紫音に、ハルは絶叫した。
隣のハピーも、唖然とした表情で絶句していた。
「し、紫音様……一体何を言って……」
「むっ、何となく怪しい気配がする。ではなっ!」
驚き立ち尽くすハル達の前から、紫音は颯爽と去っていってしまった。
「…………………あ」
事態の重大さにハル達が気づいたときには、紫音の姿はすっかり見えなくなっていた。
我に返ったハルは、大慌てで携帯を取り出すと、千景に電話をかけた。
「ち、ち、ち、千景さん、大変です」
「どうしましたハル君。迷子にでもなりましたか?」
「冗談言ってる場合じゃないんです。紫音様が……」
「ああ、その事ですか」
意外にも千景は冷静だった。
「千景さん、知ってたんですか?」
「自分のボスの行動くらい、当然把握してますよ」
「だったら、何で放っておくんですか」
「少し、事情がありまして」
苛立つハルを宥めるように、千景は説明を始めた。
「どうも紫音は、自分がボスに相応しくないと考えているようなのです。
私達が自分をボスとして認めていないと……。
そこで正義の味方を倒して、自分を認めさせたいのでしょう。
私達は相談の結果、紫音の意思を尊重することに決めたのです」
「……事情は分かりましたけど、無謀すぎませんか?」
ハルは心配したように尋ねる。
紫音は勘が鋭い以外は、普通の女の子の筈だ。
いくら何でも一人で正義のヒーローを倒すのは難しいだろう。
「心配は無用です。当然私達も手助けをしますから」
「でもそれじゃ、紫音様は納得しないんじゃないですか?」
「最低限の手助けを、気づかれないようにやります」
「具体的には?」
「手頃なヒーローに拉致暴行を加えて、瀕死状態で紫音と遭遇させるつもりです」
悪だ。
色々な意味で悪だった。
「私達は非常時に備えて側で待機します。ハル君も合流してください」
「了解です……」
ハルは通話を終えると、何とも言えないため息をつくのだった。
そして、決戦の時は来た。
沈みかけの夕日が映える、河原。
対峙する、正義のヒーローと悪の組織のボス。
シチュエーションは完璧だ。
そしてハル達も紫音に気づかれぬよう、近くの草むらに隠れていた。
「追いつめたぞ、正義のヒーローよ。ここがお前の墓場だ」
「ふん、小娘がよく吠える。返り討ちにしてくれる」
お約束の会話をこなし、二人は戦いの構えを取る。
某バッタ改造人間に似た姿をしたヒーローは、両手に短剣を構える。
対する紫音は、
「……奈美、あれは何の構えだ?」
「ん~分からない。ぱっと見ボクシングっぽいけど、色々間違ってるし」
と戦闘のプロも首を傾げる構えだった。
「紫音様は戦闘経験なんて無いものぉ。見よう真似ようの我流でも仕方ないわぁ」
「そんな状態で正義のヒーローと戦おうとしてたのか……」
「千景さん、用心しすぎかと思いましたが、正解だったみたいですね」
柚子の言葉に、ハル達は頷いた。
普通に戦っていたのでは、間違いなく返り討ちコースだっただろう。
「む、仕掛けるつもりだぞ」
蒼井の言葉通り、紫音は呼吸を整えると、ヒーローに向かって突進をした。
のだが、
「お、遅い……」
ハルが呟くほど、紫音の突進は遅かった。
小学校の運動会の徒競走でも、もうちょっと早く走るだろう。
「紫音様、運動嫌いだし苦手だからぁ」
「何というか、そう言うレベルを超えている気がします」
奈美の発言にハル達は同意するが、本人は至って本気。
険しい顔で、恐らく自分に取って全速力でヒーローに向かう。
「武器をお持ちで無いみたいですが、どうするのでしょう」
「跳び蹴りとか有効だけど、リーチ差もあるから……どうだろう」
奈美の解説を聞いた一同は、固唾をのんで紫音を見守る。
紫音が選んだ攻撃手段は、
「うわぁぁぁぁぁ」
目をつぶっての体当たりだった。
普通ならあっさり避けられるか、短剣でカウンターを受けるのだが、
ヒーローは体当たりをまともに受け止める。
ペチン
何とも軽い音を響かせると、紫音は弾き飛ばされ、地面に転がった。
ふらつく頭を抑え、紫音がフラフラと上半身を起こすと、
「ぐわ~、や~ら~れ~た~」
それを待っていたように、ヒーローは大げさに断末魔を上げて大の字に倒れた。
戦いは終わった。
河原には風の音が響き、夕日は殆ど沈み夜に差し掛かろうとしていた。
紫音は砂にまみれた顔で呆然としていたが、
「やったのか…………私は……やったのか」
倒れたまま動かないヒーローを見つめ、信じられない様子で呟く。
恐る恐る倒れたヒーローに近づき、足のつま先で小突く。
反応が無いのを確かめると、
「やった……ヒーローを倒したぞ~!!」
満面の笑顔で万歳した。
「何か、こっちまで嬉しくなってきたな」
喜ぶ紫音を見ていたハル達は、自然と笑顔になる。
「後は千景ちゃんに任せましょう。さぁ、帰って祝勝会の準備よぉ」
ローズの言葉に頷くと、ハル達は紫音に気づかれないようにその場を後にした。
「倒したのは良いが、こいつはどうすれば……」
「後の処理は私がやりますよ」
背後から不意に聞こえた声に、紫音は身を固くする。
恐る恐る振り返ると、そこには今一番会いたくない人物が立っていた。
「千景……」
さっきまで高揚感はすっかり消えていた。
今は只、千景に怒られることが怖かった。
「さて、まずは説明して貰いましょうか」
千景はあえて厳しい表情で尋ねた。
「はい…………」
紫音は母親に怒られた子供のように、顔を拭きながら説明を始めた。
自分がリーダーとして認められていないと感じたこと。
みんなに認めて貰うために、ヒーローを倒すことにしたこと。
偶然出会ったヒーローを倒したこと。
「…………と言うわけだ」
紫音の説明が終わっても、千景は黙ったままだった。
「千景……その…………ごめんなさい」
紫音は頭を下げて謝罪の言葉を口にした。
「勝手に出ていって、危険な事をした。……本当にごめんなさい」
「……紫音、顔を上げなさい」
紫音が顔を上げると、千景は微笑んでいた。
「貴方が本当に反省しているのが分かりました。なら、私が言うことはありません」
「千景……」
「ただ紫音、貴方は一つ勘違いをしていますよ」
思いがけない千景の言葉に、紫音はキョトンとした顔をする。
「貴方がボスに相応しくない、誰も認めていないというのは、間違いです」
「だ、だが、私は作戦にも参加していないし、仕事も役に立たない……」
「それが勘違いです。ボスの役割、資質というのはそんな事とは関係ないのですよ」
優しく諭すように千景は続ける。
「ボスに必要なのは人を纏める力。分かりやすく言えば、人を引きつける魅力です」
「だが私はまだ子供だ。力も知識もない。そんな私に魅力など……」
「自分を過小評価するのは、時に過大評価よりも悪いことですよ」
千景は紫音の頭に手を乗せ、軽く撫でる。
「今までの事を思い出せば、みんなが貴方をどう思っているかは……分かりますね?」
紫音はコクリと頷く。
「みんなを信頼し、悠然と構える。これは貴方にしか出来ない仕事です」
「そう……だな。……戻ろう。みんなが待っている我が家に」
紫音は吹っ切れたような笑顔を見せた。
幸福荘では、紫音の帰還と同時に祝勝会が開かれた。
暖かな空気の中、紫音は自分の居場所を改めて確認するのだった。
~裏話~
紫音とヒーローが戦う少し前。
奈美達は手頃なヒーローを見つけると、
「ちょっと面かしなさい」
一昔前の不良よろしく、裏路地に引きずり込んだ。
突然のことに呆然とするヒーローに、
「恨むなら、本当に運の無かった自分を恨むのね」
容赦のない攻撃を加えた。
適当な所まで追い込み、ギリギリ立っていられる状態にするはずが、
「……奈美ちゃん?」
「すいません……やり過ぎました」
奈美の足下に倒れたヒーローは、完全に意識を失い、行動不能状態だった。
「ど、どうしましょう。治療したら意味無いですし……」
「時間がないけどぉ、他のヒーローを捜しましょうかぁ」
ローズが思案顔をしていると、
「ふふふ、とうとう吾輩の出番のようだな」
蒼井が得意満面に進み出た。
「あらぁ、何か手があるのかしらぁ?」
「吾輩が発明したこれを使えば、人間の体をロボットのように操る事が可能だ」
蒼井は懐から、先端に丸い突起が付いた金属製の棒を取り出した。
「アンテナ……何てアナログな」
「こいつを頭に取り付ければ準備は完了だ」
ヒーローのマスクを取り外し、頭にアンテナを取り付ける。
「後はこのコントローラーを使えば、自由自在にこいつを操れるぞ」
「……某企業のゲーム機のコントローラーにそっくりねぇ」
「デザインは気にするな。さて、まずはこうして……」
蒼井がコマンドを入力すると、ヒーローはゆっくりと立ち上がった。
「ほ、本当に動いたわ。この男が作ったのに」
「失礼な女だな。……まあいい。これで問題は無かろう」
「そうねぇ。後はスピーカーをマスクに付ければ会話も出来るわぁ」
ローズが嬉しそうに手を叩く。
「それじゃあ、これからどうします?」
「奈美ちゃんはぁ、紫音様を予定の河原に上手く誘導してぇ」
「了解です」
「ドクターはぁ、河原までこれを連れて行ったらぁ、千景ちゃんと交代してぇ」
「ふん、仕方ないな」
「柚子ちゃんはぁ、途中で目覚めないように念のため薬を使ってぇ」
「はい、わかりました。強力なのを使います」
「私はハルちゃんと合流してからぁ、河原に向かうわぁ」
全員に指示を出し終えると、
「じゃあみんなぁ、行動開始よぉ」
ローズは似合わないウインクと共に、号令をかけた。
そして、紫音とヒーロー(操作、会話は千景が担当)は対峙する。
この事実を紫音は知らない。
彼らの活躍が、表に出ることは決してない。
だが、彼らは満足だった。
紫音があれだけ喜んでくれたのだから。
仕事を終えた充実感に包まれながら、彼らは祝勝会の準備を進めるのだった。
今までベールに包まれていた、紫音の実力が遂に明らかになりましたが、
……はい、お読みになったとおり、ハピネス最弱です。
ただ、今回の件を通して紫音は精神的に成長します。
ボスとして成長していく姿を、書けたらと思っております。
蒼井の発明については、突っ込まないでやって下さい。
超人達に対抗するにはコレくらいやらないと……(苦笑)。
今後も出来損ないのドラ○もんにご期待下さい。
まだ前回のシリアスが抜けきらず、中途半端になってしまいましたが、
次からは完全に空気が変わります。
ある人が起こしたトラブルが、ハピネスに騒動を巻き起こします。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。