お役所へ行こう(3)
お役所へ行こうの完結編です。
ギャグが少な目ですが、次回以降に補填していくので今回は少しシリアスな話を楽しんでください。
「――こうして、ハル君のお使いは幕を閉じました」
千景のナレーションが終わると、画面にはエンドマークが流れる。
パチパチパチ
観客の拍手。そして部屋に部屋に明かりがともる。
こうして、ハピネス制作の「ハル君初めてのお使い」の上映は無事に終了した。
というか。
一体何時の間に撮ってたんだろう。
撮影者とスタッフロールに出ていたローズに視線を向ける。
「あらぁハルちゃん。どうかしたぁ?」
「ローズさ、一体どこから撮ってたんだ」
「うふふ、ひ・み・つ。
どうしても聞きたいならぁ、ベッドの上で喋らせてみなさぁい」
ごめん無理です。
これ以上聞き出すと、R指定になりかねないので諦めた。
「ハルよ。初任務にしては上出来だぞ」
「ありがとございます」
紫音からのお褒めの言葉に、ハルは素直に礼を言う。
「だが、昇進試験としては正直微妙なところだ」
忘れていた。
この試験の結果次第で、全身黒タイツの生活になるかもしれないのだ。
ハルは緊張して紫音の言葉を待つ。
「まず、公認証を持ってきたことは評価する。ドライアイスを使った戦術も悪くなかった。
だが、敵を倒したのは結局奈美だし、お前は最後は敵地で気絶した。これは大幅な減点だ」
ハルだけでなく、周りの幹部達も息をのむ。
「よって、今回の試験は……条件付きの合格とする」
「条件付き、ですか」
「そうだ。お前には幹部見習いとして他の幹部達の仕事の補助をしてもらう。
そこでの働きによっては、今度こそ昇進させよう」
紫音の言葉に、
「よっしゃぁぁ」
ハルは叫び声をあげてガッツポーズをとった。
「おお、そんなに嬉しいか」
「もちろん。これであの全身黒タイツを回避できるんですから」
ピキ
紫音の眉がぴくりとあがる。
「……そんなに……嫌だったか?」
「そりゃそうだろう。あんなダサイ服着るのはちょっとね」
ピキピキ
紫音が小刻みに震える。
「……なかなか格好いいと思うのだがな……」
「いやいや。どう考えてもやられ役って感じだし。アレはないな〜」
ピキピキピキ……ぷつん
何かが切れるような音がした。
「えっと……紫音……さま?」
「ハル君。言いにくいのですが、あの服をデザインしたのは紫音様です」
死刑宣告ともとれる千景の言葉に、ハルは青ざめる。
恐る恐る紫音の方を向くと、下を向いて震えていた。
やばい。
確実に選択肢を間違えた。
死亡フラグがたった。
こうなったら、謝るしかない。だが、
「紫音様、すいませんで――」
「ハルの馬鹿〜〜」
紫音は捨てぜりふを吐いて部屋から出ていってしまった。
涙目になっていたのは気のせいだろうか。
「気のせいなわけ無いでしょう」
千景が呆れた声で突っ込む。
「さあ、早く追いかけてください。今すぐに」
「は、はい」
千景に背中を押され、ハルは紫音を追って部屋を出る。
その姿を見送ると、千景はふぅ〜と息をはいた。
「まったく、世話が焼けますね」
「よろしいのですか? 千景様」
「ええ。あの二人は少し話をしたほうがいいのです」
にっこりと微笑む。
「それじゃあ、あの、聞きたいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
「……ハルがあの事を覚えてないのは、どうしてですか」
奈美の問いかけに、千景は、
「あの告白はお互いに良くないタイミングだと思ったので、ちょっとハル君の記憶を消させてもらいました。映像は編集しておきましたので、紫音は気づいていないですよ」
「記憶を消すって、どうやってです?」
「そう言うツボがあるんですよ」
微笑む千景。
これ以上突っ込むなと暗に言っていた。
「私からも聞いていいかしらぁ」
「どうぞ」
「あの受付の子、どうしてハルちゃんがペットボトルを持っていた事とか分からなかったのかしらぁ。心が読めるのよねぇ」
ローズの質問に、千景はああ、と頷いて、
「それは彼女がハル君の表面の心しか見ていなかったからです。最初、ハル君はあのメモが気になってペットボトルの事なんて一切考えてなかったから、読まれずにすみました。
そして、最後の時はハル君が他の人の心を読んでいたせいで、ペットボトルのことを考えずにすんだ、と言うわけです」
なるほど、とローズは頷く。
「さて、あの二人は大丈夫ですかね」
千景はちっとも心配していない表情で呟く。
右の頬に手のひらの跡をつけてハルが戻ってきたのは、それから三十分後だった。
疲れ切ったハルと、やたらご機嫌な紫音に何があったのかは、二人以外に知るものはいない。
―同日同時刻
暗い夜道を一人の女性が歩いている。
スーツ姿のメガネをかけた女性。市役所の窓口に座っていた女性だ。
だが、昼間とはまとってる空気が違った。
自信に満ちた佇まいと、颯爽と歩く姿は訓練された兵士を想像させる。
ピリリリ、ピリリリ
「はい、美園です」
凛とした声で答える。
「おう、美園か。儂じゃ」
「何でしょうかクソじじい」
「相変わらず口が悪いのう」
女性の暴言に、しかし男性は気にもとめない。
「実はのう、こっちに戻ってきて欲しいんじゃ」
「何かありましたか?」
「いやいや。やっぱり一日一回は美園ちゃんの尻を触らないと……」
「くたばれエロじじい」
美園、と呼ばれた女性は電話を切る。
ピリリリ
「はい、美園です」
「いきなり切るなんてひどいのう」
「くだらない冗談は嫌いです。用件を」
「せっかちは嫌われるぞい。……まあいいか」
電話越しの男の声が、真剣になるのを美園は感じる。
「上からの命令でのう。今みたいに地味にじゃなくて、派手に戦闘して悪の組織を潰せとの命令じゃ」
「……馬鹿どもが」
「まったくじゃ。とにかく、そういう訳じゃから、戦闘を民間だけに任せるわけにもいくまい。儂らの部隊も戦闘活動をしようと思ってのう」
「了解しました。明日よりそちらに帰隊します」
美園はビシッと背筋を伸ばす。
「うむ。ああ、それとうちの部隊に新人が入ってくることになっとるんじゃ。お主には世話係になってもらうつもりじゃから、よろしくのう」
言いたいことだけ言って、男は電話を切った。
「相変わらず一方的だな」
美園は苦笑する。
だが、本隊への復帰は朗報だ。
退屈な窓口業務から開放されたことに自然と笑みが浮かぶ。
ああ、そう言えば。
今日来た組織の二人は楽しめた。
女の怪力と純情さも良かったが、何より男の方だ。
私の思念読解をモノマネするなど、ただ者ではない。
「確か……ハピネスの御堂ハルだったな」
自分を出し抜いた青年の顔が脳裏に浮かぶ。
「いずれ戦うときも来るだろう。その時は」
呟く美園の唇は、楽しそうに笑みを浮かべていた。
ハルと紫音に何があったのか。機会があれば語る機会も来ると思います。
さて、晴れて政府公認の悪の組織となったハピネス。これから正義の味方と戦いながら、悪行を重ねていきます。どうあがいてもシリアスになりそうにはありませんが。
次回は幕間。奈美が言っていたハピネス一般職員、ハピー達の話です。
短めの話ですので、気軽に読んでいただければと思います。