たまにはシリアスな事件でも(2)
シリアス編の続編です。
ハルが襲われた通り魔事件。
何やらきな臭いこの事件。ハピネスは早速調査に乗り出します。
一夜が明けた。
ハピネスの地下作戦司令室には、ハルを除く全幹部が集結していた。
「……柚子よ、ハルの容態はどうだ?」
空席となったハルの席に視線を向けた後、紫音は尋ねる。
「傷の治療は無事終わりました。今は薬の影響で眠っています」
柚子の報告に、一同は胸をなで下ろす。
みんな口こそ出さなかったが、かなり心配していたのだ。
「ただ、傷がかなり深かったので、当分激しい動きは無理です」
「分かっていますよ、柚子。ハル君に無理はさせません」
優しく微笑む千景に、柚子は安心したように頷いた。
「では、作戦会議を始めましょうか」
千景の一言で、司令室の緊張感が一気に高まった。
「まずハル君を襲った男ですが、検査の結果、体内から未知の薬物が見つかりました」
「ふむ……。どの様な薬物なのだ?」
「詳細は柚子から」
「は、はい。血液から抽出した薬を調べたところ、三つの効力があると判明しました」
柚子は説明を続ける。
「まず痛覚の遮断です。脳や神経に作用して、痛みを伝達しない様にしています」
「なるほどね。道理でいくらぶっ叩いても効かない訳ね」
奈美は自分の拳を見つめて、納得したように頷く。
「次に、肉体の強化です。全身の細胞を無理矢理活性化させた跡が残ってました」
「奈美ちゃんに殴られても原型を留めてたのはぁ、体が頑丈になってたせいねぇ」
ローズの言葉に、柚子は同意する。
「最後に……これは副作用と考えられますが、思考力や理性が無くなります」
「ふん。脳に作用する薬だろ。何処かに歪みが出て当然だ」
蒼井は忌々しげに吐き捨てた。
「以上が、現状で分かった事です」
柚子は一礼すると、着席する。
「では今回の件は、不幸にもハルが薬中の通り魔に襲われた、と言うことか?」
「今のところは。ただ気になるのは、その薬物です」
千景の言葉に、柚子と蒼井、それにローズまでもが頷く。
「薬物の開発には、多くの人材や設備、資金が必要です」
「個人ではなく、どこぞの組織が開発したと考えるのが無難だろうが……」
「問題は目的よねぇ。このロクでもない薬をぉ、何に使うのかしらぁ」
三人は揃って頭を抱える。
特異すぎる薬の性質から、金儲けのためとは考えにくい。
だがそれ以外の目的となると、とんと検討がつかなかった。
「そんなこと、薬を作った奴らを倒して、直接聞けば良いじゃないですか」
「奈美よ。簡単に言うがな……」
「まあ、現状ではそれが一番ベストかも知れませんね」
紫音の反論を、千景が遮る。
「今後の方針としては、まず薬の製造元の特定と、居場所の調査でしょう」
「さ、賛成です」
「それ以外に手はあるまい。吾輩も賛成だ」
「私もオッケーよぉ」
三人が同意する。
「早速情報収集と調査を行いましょう。……剛彦、頼めますね?」
「勿論よぉ。超特急で調べちゃうわぁ♪」
ローズはウインクと共に即答した。
精神的ダメージにさえ耐えれば、何と頼りがいのある仲間だろうか。
「では、作戦会議はこれにて終了とします。各自、仕事に戻って下さい」
「「了解です」」
会議が終了し、持ち場へと戻っていく幹部達。
その様子を見つめ、
「……私、ボス……だよな?」
紫音は納得のいかない様子で呟いた。
ハピネスの会議より数時間後。
日の光が差し込まず、昼でも薄暗い裏路地。
大勢の人で賑わう大通りとは、別世界のように人気はない。
そんな裏路地の壁に紳士姿の男が寄りかかっているのは、かなりの違和感だった。
「――――と言う感じですわ、旦那」
「なるほどね。なかなか興味深いじゃないか」
姿の見えぬ男の声に、口元の髭を撫で、コレクトは答える。
傍目には、紳士姿の男が独り言を言っているようにしか見えない。
「しかし、旦那が直々に調査をなさるとは……随分と大物の様ですね」
「人手不足でね。まあ、否定はしないが」
「そうですか。まあ、しがない情報屋のあっしには、関係ない話でした」
失礼、と謝罪する男。
分を弁えている男を、コレクトは気に入っていた。
だからこそ、長く協力関係を続けていられるのだろう。
「良い情報だった。代金は弾んでおこう」
「ありがとうございます。…………おや?」
「ふむ……。千客万来のようだね」
コレクトは視線を路地の入り口へと向ける。
そこには、
「あらぁ~、先客がいたみたいねぇ」
筋骨隆々の大男、ローズが立っていた。
壁に寄りかかるコレクト。
微笑を浮かべてながら、シルクハットを取り一礼する。
ローズも笑顔で会釈を返す。
「先客とは知らず失礼したわぁ。……出直しましょうかぁ?」
「いや、それには及ばないよ。私の用件は済んだからね」
穏やかな会話だが、空気は硬く張りつめる。
微笑みながらも、互いに視線は相手を捕らえ続けていた。
「……私はこのまま退散するが、何か問題があるかね?」
「無いわぁ。お互いのためにもぉ、その方が良さそうねぇ」
コレクトがゆっくりと歩き出す。
入り口に立つローズの脇を通り過ぎ、そのまま路地裏を後にした。
コレクトの気配が遠ざかったのを確認し、ローズは一息つく。
「ふぅ~。まったくぅ、心臓に悪いわねぇ」
「……それはこっちの台詞ですぜ」
壁に近づいたローズに、男の声が聞こえる。
「ごめんねぇ。お詫びにぃ、私の体でサービスしてあげるからぁ♪」
「遠慮しときますわ。……それで旦那のご用は?」
「とある薬物について聞きたいわ」
ローズが簡単に事情を説明すると、
「……まさか旦那もその件とは」
男は少し驚いたように言った。
失言だったが、ローズは気づかぬ振りをする。
「それでぇ、何か情報はあるかしらぁ?」
「大した情報はないんですが、細かいやつでしたら」
「構わないわぁ。聞かせてぇ」
ローズに促されると、男は情報を提供する。
「その薬ですが、売人達も知りやせんでした」
「ふ~ん、妙ねぇ」
「流通ルートは不明……どうも売買された形跡自体が無い見たいですわ」
「…………へぇ」
「中毒者は出てるくせに、薬そのものは出回ってませんでした」
「奇妙な点が一つ。今までの中毒者は、全員金が無い連中でした」
「具体的に教えてぇ」
「全員が無職の男でしたわ。当然、薬を買う金なんかありやせんぜ」
「…………なるほどねぇ」
「と、まあ今のところ情報はこんなもんですね」
「あら嫌だわぁ。出し惜しみは無しにしてよぉ」
ローズの言葉に、男は考えるように黙る。
「さっきの失言は聞かなかったことにしてあげるからぁ……ねぇ?」
「やっぱり聞こえてましたか。……ったく、仕方ないですね」
男は参った、と白旗を上げた。
情報屋にとって、顧客の秘密を守ることは最優先事項だ。
コレクトが同じ情報を求めてた、と知られたことは大失態だった。
「特別ですぜ……。実は、ここ数ヶ月で無職の男が拉致される事件が続いてます」
「…………それでぇ?」
「拉致られた男は、今のところ100%薬の中毒者になってるんですわ」
男の情報は、ローズの想像以上のものだった。
「まあ、拉致った奴らの情報はまだないんですがね」
「いいえぇ、十分すぎる情報よぉ。……お代は弾んでおくわぁ」
「最後の分は結構ですよ。まあ、あっしの勉強代って事で」
男はおどけて言うが、本気だった。
プロとして揺るがぬ姿勢に、ローズも信用をおいている。
「分かったわぁ。……ありがとね」
「またご贔屓に」
男の声に見送られ、ローズは裏路地を後にした。
人混みの中を歩きながら、ローズは思考する。
(薬の件は……大体目処がついたわね。後は……)
頭によぎる、紳士姿の男。
(ジャスティスか……彼らが絡んでくるなんて、予想外だわ)
正義の味方が関わってくる可能性は、考えていた。
今回の仕事は、どちらかと言えば正義側の分野だからだ。
だが、政府直属の彼らが直接出てくるとは、流石に想定していなかった。
(まあ、あれこれ考えても仕方ないわね)
頭を切り換え、思考を再開する。
今すべき事は、拉致を実行している奴らの正体を掴むこと。
(今日中に居場所まで突き止めたい所ね。……腕の見せ所かしら)
腕利きの情報屋ですら、掴めていない情報。
それを一日で調べるのはかなり難しい。
だが、
(みんな私を信頼しきってるものね。ちょっと頑張りましょうか)
自分の情報が情報を持ってくることを、信じて待っている仲間達。
彼らの期待に応えるために、ローズは更なる情報収集を行うのだった。
街から大分離れた郊外に位置する、白い建物。
看板もなく、一見しただけでは何の施設かは分からないだろう。
訪れる人もほとんど無いその場所に、一台の車が入っていく。
「……ご苦労」
「今日はちょっと少な目です」
出迎えた白衣の男に、運転席の男が車から降りながら答える。
そのままワゴン車の後部座席のドアを開けると、
「確認した。何時も通り運んで置いてくれ」
「了解です。……よっと」
男は全身を縛られ、意識のない人間を担ぎ上げる。
「しかし、後どれくらい攫ってくればいいんですかね?」
「……実験も佳境に入った。完成は近い」
「それ、一年くらい前から言ってますよね」
「…………無駄話は終わりだ。行くぞ」
白衣の男は話を切り上げ、建物へと歩き出す。
「やれやれ…………こんな事が、本当に世のためになるのかね」
白衣の男に聞こえないよう、運転手の男がそっと呟いた。
今回は調査だけで話が終わってしまいましたね。すいません。
ローズがどうやって情報を入手しているか、少しだけ明らかになりました。
情報屋以外にも無数の方法を持っていますが、その一部と言うことで。
ジャスティスまで動き出し、何とも物騒なこの事件。
手早く片づけて、のほほんとした日常に戻りたいところです。
前回では四話で完結と書きましたが、次回で完結となります。
ハピネスらしくない物語、暫しご辛抱下さい。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。