たまにはシリアスな事件でも(1)
タイトル通り、この小説にしては珍しくシリアスな話になります。
通り魔に襲われたハル。
その事件が、ハピネスを思わぬ事件へと巻き込んでいく。
「ハルっ!」
奈美の悲鳴が、夜の路地に響いた。
血まみれの腕を押さえ、うずくまるハル。
目の前に立つのは、ナイフを手に感情のない表情を浮かべる男。
右手に持つナイフからは、ハルの血が滴り落ちていた。
「あんた、一体どういうつもりなのよ」
男を睨み付け、怒気を含んだ声で尋ねる。
しかし男は答えず、ただ生気を感じさせない顔で立ち尽くす。
「そう、じゃあいいわ。……ふんっ!!」
問答は無意味と悟った奈美は、思い切り男を殴り飛ばす。
ぐしゃっと嫌な音を残し、男は数メートル先まで吹き飛んだ。
十分な手応えを感じると、奈美は慌ててハルに駆け寄る。
「ハル、大丈夫?」
「何とか……な。柚子に教わった通り止血してるけど、結構深く切られた……」
脂汗を流しながらも、ハルは何とか笑顔を見せる。
負傷は初めてではないが、痛みには慣れる事はない。
押し寄せる激痛に、ハルの顔色は蒼白へと変わっていく。
「直ぐに柚子に治療して貰わなくちゃ。……歩ける?」
「ああ、大丈夫だ……」
フラフラと立ち上がるハルに、肩を貸そうとした時だった。
「奈美、あいつ……」
「……変ね。手加減なしで殴ったんだけど」
二人の視線の先には、平然と立ち上がる男が居た。
殴られた顔の左半分が、悲惨なことになっているが、気にした様子はない。
「様子がおかしいな。逃げた方が良いか……」
「冗談。ハルを傷つけたのよ。徹底的にやってやるわ」
奈美は男との距離を詰め、再度拳を撃ち込む。
吹き飛んだ男は、しかし何事もなかったかのように立ち上がる。
「へぇ、上等じゃない」
奈美は拳を握り直すと、一切の容赦を捨てて男に襲いかかる。
無数の拳を叩き込み、何度も男を這い蹲らせた。
だが、それでも男は立ち上がる。
「本当に人間か?」
「痛みを感じて無いのかしら? ……だったら」
奈美は男の背後に回り込むと、首に手を回して、思い切り締め上げる。
男の抵抗は直ぐになくなり、全身の力が抜けて失神した。
「痛みで意識が飛ばないなら、物理的に飛ばしてやるだけよ」
道路に倒れた男を見下ろし、奈美はニヤリと笑みを浮かべた。
何というか、どっちが被害者から分からなくなる光景だ。
「こいつどうしようか? このまま放置ってのは流石にまずいわよね」
「……幸福荘に連れて行こう。変な薬とかやってたらマズイしな」
ハルの提案に奈美は頷き、男を担ぎ上げる。
何処からどう見ても誘拐だが、そんなことは気にしない。
ハルと奈美は幸福荘へと急ぎ戻った。
二人が戻った時、幸福荘は騒然となった。
ハルの怪我もそうだが、ボロボロの男を奈美が担いできたのが原因だ。
「奈美、遂に殺ってしまったのか?」
「処理は任せなさい。……目撃者は居ませんね?」
「現場に何か残してない? 直ぐに処分しないとぉ」
「アリバイは吾輩達に任せておけ。警察の無能共など、あしらってくれる」
「……みんなが私をどう思っているかが、よ~く分かりました」
暖かい(?)言葉に、奈美は体を震わせて答えた。
と言うか皆さん、随分と手慣れたご様子ですね。
「冗談はさておき、事情を聞きましょう。柚子はハル君の治療を」
「……はい。ハルさん、こちらへ」
スイッチの入った柚子に、ハルは治療室へと連行された。
ハルの治療の間に、奈美は千景に事情を説明した。
ハルとコンビニに買い出しに出かけた帰りに、事件が起きた。
あの男とすれ違ったとき、いきなりハルが腕を切られた。
殴りつけても立ち上がってきたので、首を絞めて失神させた、と。
説明を全て聞いた千景は、眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「……奈美に本気で殴られたら、普通はどうなりますか?」
「良くて失神。悪ければそのまま、さようならねぇ」
さらりと恐ろしいことを口にするローズ。
「でも平然と立ち上がった」
「考えられる可能性はぁ、幾つかあるわねぇ。ちょっと洗ってみるわぁ」
「頼みます」
任せて、とウインクを残してローズは席を立った。
「あの~、千景さん」
「……就寝時間は過ぎました。詳しい話は明日、全員が揃ってからにしましょう」
奈美は納得のいかない表情をしたが、渋々従うことにした。
同時刻
ジャスティスの作戦司令室。
「変な薬が出回っている?」
葵の言葉に頷く美園。
「覚醒剤に似た薬ですが、相違点が見られます」
「ふむ。痛覚の遮断に理性の崩壊か。ただの薬じゃなさそうだね」
資料に目を通し、ふぅとため息をつくコレクト。
「薬の現物か服用した奴がいれば、儂が詳しく調べてやれるのだがのぅ」
「残念ながらどちらも用意できていない」
美園の答えに、爺はふむ、と頷く。
「出所、製造元は不明ですが、ここ最近でかなりの広がりを見せています」
「薬物なら警察も動きますよね?」
「無論です。現在、警察が調査していますが、結果は芳しくありません」
「大きな被害が出ていない以上、警察の諸君もあまり人員は割けないのだろう」
仕方ないことだ、とコレクトは諦めたように言った。
「じゃ、じゃあ正義の味方はどうですか?」
「民間の組織が幾つか調査していますが、こちらも同様ですね」
「公的な方は言わずもがなだ。彼らがこんな地味な事件、本腰を入れる訳がない」
「その結果、未知の薬物がここまで広まった訳じゃな」
爺の言葉で、司令室に沈黙が広がる。
「今のところ、薬が出回っているのは、私達の支部の管轄区域のみのようです」
「他の管轄に入ると色々面倒だね」
「広まった薬物の対応は難しい。範囲が狭い内に、潰すとするかのぅ」
爺の言葉に、全員が頷く。
「私にやらせて下さい。こんなのを作ってる悪の組織なんて、私が潰します」
「悪の組織……果たしてそうかな」
コレクトの言葉に、首を傾げる葵。
「それって、どういう事ですか?」
「なに、深い意味はないよ。ただ、安易な決めつけは危険だと言うことさ」
「……悪の組織じゃないって事ですか?」
「それも決めつけだ。決めつけは思考の柔軟性を奪う。それは気を付けたまえ」
アドバイスさ、とコレクトは紅茶に口を付ける。
「お主の助言は分かりづらいんじゃ。まあ、お嬢は良くも悪くも真っ直ぐだからのぅ」
「コホン……。何にせよ、私達も調査を行います」
「美園さん。私が……」
「私に任せて貰おうか」
葵の言葉を遮り、コレクトが立候補した。
「丁度手が空いたところだ。調査なら私一人で充分だろう」
「そうですね。葵には仕事が残っていますし、貴方に担当して貰います」
葵は少し不満そうな顔をしたが、渋々了承する。
「では会議は終了です。各自、任務を再開してください」
「「了解!」」
最強の正義の味方、ジャスティスは静かに動き始めた。
ギャグ分ゼロの話に付き合って頂き、ありがとうございました。
今回は話の導入部となり、次回から本格的に始まります。
シリアスな話は得意では無いのですが、物語上必要でしたので、
投稿させて頂きました。
この話は、全部で四回を予定しております。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。