母、襲来(後編)
ハルのお母さん襲来事件の、後編(完結編)です。
前編がぶつ切りのため、本当に前編の続きからとなります。
もし前編をお読みで無い方がいましたら、そちらを先にお読み下さい。
「初めまして。私はハッピーハピーの会長代理を務める、結城紫音です」
「あら可愛い~。こんな小さいのに会長なんて凄いわ~」
「きょ、恐縮です。ただ、実際の運営は、千景に全て任せております」
紫音の言葉に、千景が補足する。
ハッピーハピーは、元々紫音の父親が起こした会社であること。
不慮の事故で亡くなった父親の意思を継ぎ、娘である紫音が会長代理に就任したこと。
今は学業に励みながら、何時かは会社の運営を行うつもりだと。
「私はまだまだ若輩者ですが、何れは父の後を継ぎたいと思っております」
紫音の言葉に、菜月は顔を伏せて体を震わせる。
嘘だとばれ、怒らせてしまったかと緊張する幹部達だが、
「う、うう……なんて……なんていい子なのかしら」
滅茶苦茶信じていた。
ハンカチを取り出し、涙を拭う。
「しーちゃん。大変だと思うけど、頑張ってね。私、応援するわ」
「ありがとう……ございます」
涙目で手を差し出す菜月と、紫音は戸惑いながらも握手をする。
騙しているのが心苦しかった。
「しーちゃんには、誰も突っ込まないんだな」
「私ほど違和感が無いからでしょう」
千景の言葉は、何処か寂しげに聞こえた。
「初めましてぇ。私はローズと言いますぅ。庶務を担当してますぅ」
「立派な体ね~。逞しくて素敵よ」
「お褒め頂き光栄ですわぁ」
「ねえハルちゃん。ちょっとパパに似てない?」
ハルは少し考え、
「……がたいの良さは似てるかもね」
記憶の中の父親の姿を思い浮かべて答えた。
「それだけじゃないわよ~。女性的な所も、パパにそっくりだわ」
「え……親父ってそんなんだっけ?」
「ハルちゃんは知らないだろうけど、昔は二丁目でブイブイ言わせてたのよ」
衝撃の事実だ。
記憶の中の父親像が、音を立てて崩れていく。
「あの頃のパパ……素敵だったな~」
菜月のノロケは、その後暫く続いた。
「は、初めまして。私は早瀬奈美と申します」
「むぅ~」
「あ、あの……お母様、何か失礼を?」
ジト目で見つめる菜月に、奈美は焦る。
相手はハルの母親だ。万が一にも失礼があってはいけない。
「母さん、どうしたんだよ」
「あのね、なっちゃんって呼ぶと、私と同じになっちゃうの」
どうでもよかった。
「そんなことかよ。いいじゃん、奈美って呼べば」
「やだやだ~。なっちゃんって呼びたいの~」
「じゃあなっちゃんて呼べよ」
「それだと私と一緒になっちゃうからやだ~」
すっかり駄々っ子と化していた。
こうなると手が付けられない。
「だったら早瀬のはーちゃんでも、奈美のみーちゃんでもいいだろ」
「何かしっくりこないよ~。ねえどうしよう、ハルちゃん」
本当にどうでよかった。
すったもんだの結果、奈美ちゃんでどうにか落ち着いた。
「それで奈美ちゃんは、ハルちゃんと付き合ってるの?」
「「ぶぶー!」」
ハルと奈美は同時にコーヒーを吹き出した。
「な、なな。何を言い出すんだよ母さん」
「だって~、ハルちゃんって昔から、よくもててたじゃない。男女問わず」
嫌なことを思い出させる。
因みに男女比は、7:3だったりするのは内緒だ。
「そんなの昔の話だよ。今はそんなことはない」
「え~そうなの~。ねえ奈美ちゃん、ハルちゃんのこと嫌い?」
「とんでもない。むしろ好きというか……何というか……」
頬を赤らめもじもじする奈美。
その態度が何より雄弁に語っている。
「むふふ、ハルちゃん。脈有りみたいよ、良かったわね~」
「もういいから黙っててくれ!」
ハルの一喝に、菜月ははいはい、と笑うのだった。
「あ、あの初めまして。私は……和泉柚子と申します」
奈美以上に緊張した様子で、柚子が名乗る。
「また可愛い子ね~。この子もハルちゃんの恋人なの?」
「どうしてそうなる! 大体、も、っておかしいだろう」
「いいのよハルちゃん。男の子は恋多き生き物だもの~」
不倫は文化の人が大喜びしそうな台詞だ。
「冗談じゃない。……母さんは親父が浮気しても怒らないのかよ」
「反省してたら怒らないわ~。ただ、お仕置きはするけどね」
菜月の言葉に、ハルは僅かに残る子供の頃の記憶を呼び起こす。
あれは……ハルがまだ小学生くらいのことだ。
「おとうさん、おかえり。どこにいってたの?」
「父さんはな、悪いことをしちゃったから、海の底で反省してたんだよ」
「いっかげつも?」
「なかなかコンクリートが砕けなくてな。いや~、地上は空気がうまい」
「ふ~ん、わるいことってなに? おかあさん、すごくおこってたけど」
「ははは、ハルが大人になったら教えてあげるよ」
「教えちゃ駄目ですよ、パパ?」
「ああ菜月、会いたかったよ。この通り反省してる」
「はい許しちゃいます。でも、今度は火山の底に沈めちゃいますよ~」
「分かってるよ。俺が愛してるのは君だけだよ、菜月」
「もう、パパったら……」
二人はハルのことなどすっかり忘れ、自分たちの世界へと入っていった。
回想終了したハルは、ようやく合点がいった。
幼い頃は理解できなかったが、親父は浮気のお仕置きをされていたのだろう。
よくよく考えると、とんでもない両親だ。
「ハルちゃん、お母さんは二人とも気に入っちゃった」
「そりゃ良かった」
「どっちが娘になっても良いからね~」
「む、娘……」
菜月の言葉に、柚子は真っ赤になって俯く。
この母親は息子の職場に、人間関係を壊しに来たのだろうか。
「止めろよ母さん。柚子だって困ってるだろ」
「…………私頑張ります、お義母様」
とっても乗り気でした。
ハルを置いてきぼりに、二人はすっかり意気投合していた。
「最後は吾輩だな。吾輩の名は蒼井賢。大天才科学者だ」
「ふ~ん、よろしくね~」
さほど興味が無かったのか、菜月は淡泊に答える。
何時も通りの扱いに、蒼井はシクシク泣きながらコーヒーを啜った。
自己紹介が終わると、後は雑談の時間となった。
「…………でね~、ハルちゃんたらちっとも連絡をくれないのよ」
「それは酷いですね。ハル、親に連絡くらいしなさいよ」
「誤解してるようだから言っておくけど、俺は両親の連絡先を知らないぞ」
そもそもこうなった原因は、それにあった。
連絡先を知らない以上、近況報告など出来るはずもない。
「そ、そうなんですか。菜……なっちゃん」
「ん~そう言えばそうだったかも~」
口元に指を当て、思案顔の菜月。
この態度が本気だから、余計にタチが悪い。
「そう言えばハルちゃんは一人暮らしだったのよねぇ」
「中学の頃からずっとな。必要な金は振り込まれたから、生活は出来たけど」
少しやさぐれ気味にハルは言う。
今でこそ慣れたが、当時は大分寂しい思いをしていた。
「でもそれでは、色々な手続きに支障が出たのでは?」
「……親が必要な時には、何故かタイミング良く帰ってくるんですよ」
今思い起こすと不思議なことだ。
書類やらで親の承認が必要な時には、必ずハルの側にいた。
「エッヘン。授業参観や体育祭、卒業式に入学式もちゃんと参加したよ~」
「日程とか一切連絡してないのにな」
「親の愛は偉大なんだよ、ハルちゃん」
自慢げな笑顔を浮かべる菜月。
全く根拠は無いわけだが……。
「で、今まで何処にいたんだよ。この手紙は海外から出したみたいだけど」
「えっとね~、ここに来る前はインドにいたよ」
「それは、旅行ですか?」
紫音の質問に、
「ううん、お仕事よ」
菜月はあっさりと答える。
「失礼ですが、菜月さ……なっちゃんは、どういったお仕事を?」
「ん~、それは秘密なんだけど~」
千景の問いかけに、菜月は渋い顔。
「実はね、正義の味方をやってるの~」
瞬間、食堂の空気が一気に張りつめた。
「母さん、全然秘密にしてないよ!」
「いえハル君。突っ込みどころはそこではなく……」
「今……正義の味方って」
かすれた声で奈美が呟く。
「重要機密らしいから~、秘密にしててね」
随分易い機密だ。
葵と言い、正義の味方は秘密を隠さないのだろうか……。
「ならばインドで仕事というのは、何かの作戦か?」
蒼井の言葉に菜月は頷く。
「インドの象達って、悪の組織を壊滅させたの~。これも秘密ね♪」
取り敢えず全国の秘密に謝れ。
「ではハルさんに連絡先を教えなかったのも……」
「家族にも秘密だからね」
「何でそこだけきっちり守るんだぁ!」
非常に納得のいかない思いだった。
「……千景ちゃん、インドの象達ってぇ、あの組織かしらぁ」
「国際手配中の、かなり大手の悪の組織です」
ヒソヒソと千景とローズが会話する。
頬を流れる冷や汗は、緊張のためだろうか。
「母さんが正義の味方てことはまさか?」
「勿論パパも一緒よ。パパの戦う姿、何時見てもうっとりするわ」
遠い目をして、うっとりする菜月。
それに突っ込む余裕が無いほど、ハルは動揺していた。
変わり者だとは思っていたが、まさか正義の味方だったとは……。
「なっちゃんよ、なら自分の子供も正義の味方にしようとは思わなかったのか?」
すっかり口調が戻ってしまった紫音。
それに気にする様子もなく、
「一度たりとも、思ったことはないわ」
菜月は優しい笑顔で答えた。
「ハルちゃんは、普通の優しい子に育って欲しいって、産まれる前から願ってたの」
「なっちゃん……」
「だから、ハルちゃんが普通の人生を歩んでくれて、とっても嬉しい♪」
すいません、本当にすいません。
普通どころか、悪の組織の幹部なんかやってます。
純粋な笑顔を向けられ、ハル達は居たたまれない気持ちになった。
「さって、そろそろ時間だし、おいとましようかな~」
壁の時計を確認し、菜月は席を立つ。
「時間って、またどっか行くのか?」
「うん。秘密なんだけど、今度は中国に行くの」
秘密の大バーゲンだ。
「日本のジャスティスってところから、応援要請が来てね」
ジャスティスの名に、ハル達の体が強張る。
「それはまた……大変なお仕事ですね」
「ありがとうね、ちーちゃん。でも平気よ。今回は調査任務だから」
もう隠すつもりも無いらしい。
「ハルちゃんが悪い奴らに騙されてるなら、無理にでも連れて行こうと思ったけど~」
幹部達を一瞥し、
「心配ないみたい。お母さん、安心しちゃった♪」
笑顔を見せる菜月。
幹部達も笑顔を返すが、内心は冷や汗ものだ。
「名刺渡しておくから、困ったことがあったら連絡してね」
「いいのかよ。これも機密じゃ」
「連絡先は書いてないから大丈夫よ♪」
どうやって連絡しろと。
「じゃあ行くわね。みんな、ハルちゃんのことよろしくね~」
名刺を渡し終えると、菜月はさっさと出ていってしまった。
まるで、嵐が過ぎ去った後のようだ。
誰もが言葉を発せず、時計の音だけが食堂に響く。
「何というか……凄い人だったな」
疲れた紫音の言葉が、全てを表していた。
「しかし、まさかハル君の両親が正義の味方だったとは……」
「俺もショックでしたよ」
みんなと同時に知ったことも含めて、だが。
「でもあんまり強そうに見えませんでしたけど」
「確かにな。吾輩でも頑張れば勝てそうだったが、本当に正義の味方か?」
「間違いないわよぉ。この名刺が証拠ねぇ」
ハル達は、渡された名刺を見る。
国際正義の味方機構 御堂菜月
連絡先もなく、何かのエンブレムとそれだけが書かれていた。
「昔、本物を見たことがあるわぁ。それと全く同じよぉ」
「この国際正義の味方機構っていうのは、何でしょう?」
「詳しい説明は今度にしますが、世界的な正義の味方の組織です」
どうやら正義の味方というのは、疑いようのない事実のようだ。
「じゃあ、これからハルさんは、実の親と戦う事に……」
「可能性は低いですが、今後の展開次第では、あり得なくは無いです」
千景の言葉に、幹部達は複雑な表情を見せる。
実の親子が戦うことなど、悲劇以外の何でもない。
「ハル君……どうしますか?」
千景の言葉は、最終確認だった。
一緒に戦うのか、抜けるのか。
その最後の選択を、千景はハルに委ねた。
「どうするって、答えは最初から決まってますよ」
みんなの視線を受け、ハルは不敵に笑う。
「俺の居場所はここです。例え親でも、それを奪わせませんよ」
「覚悟はありますか?」
「今、俺が家族と呼べるのはハピネスのみんなです。それが答えです」
迷いのないハルの言葉に、幹部達は喜びを露わにする。
「よく言った。これからも頼むぞ」
「カッコつけちゃって。でも、本当に良かったわ」
「凛々しいわぁ。惚れ直しちゃいそう」
「良かったです……」
「ふん、今更抜けられても困るしな。当然だ」
次々に喜びの言葉を口にする。
「よ~し、今日は宴会だ。盛大に行くぞ~」
「「おぉ~~!!」」
そしていつもの流れへと突入する。
ハル離脱の危機を乗り越え、ハピネスはその絆を一層強固の物へとしたのだった。
同日夜、某空港。
「もしも~し、菜月ですよ~」
「……ジャスティスのBです。お疲れさまです」
飛行機を待っていた菜月に、男から電話が入る。
「何かご用~?」
「……貴方につけた護衛……私の部下の行方を教えて頂きたい」
男の言葉は丁寧だったが、僅かに怒りを感じさせた。
「護衛? ああ、あのストーカーさんね」
「…………」
「言葉は正しく使ってよ~。アレは護衛じゃなくて、監視っていうの」
「それは失礼。以後気を付けましょう」
「えっとね、多分今頃は富士の樹海に居ると思うわ」
菜月の言葉に、男は驚く。
「迷子になってると思うから、早く助けてあげてね」
「……何故、この様な事を?」
男の言葉に、
「可愛い息子との再会よ。無粋な観客は不要だもの」
さも当然とばかりに菜月は答えた。
「用件はそれだけ? 私はこれから愛しのパパに会いに行くから。じゃあね♪」
男の返事を待たず、菜月は通話を終えた。
丁度搭乗開始を告げるアナウンスが流れる。
「じゃ行きましょうか。中国か~。チャイナ服でパパを悩殺しちゃおうかな」
すっかり旅行気分で、菜月は中国へと発つのだった。
何と言いますか、途方もない話になってしまいました。
ここで、幾つかの補足をさせて頂きます。
Q.両親が凄いなら、ハルも結局平凡じゃないんでしょ?
A.両親がアレな方々ですが、ハル自身は平凡です。
これは作品を通して変わりませんので、ご安心?下さい。
Q.何か国際とか世界とか凄い話が出てきたけど?
A.何とも大きな話が出てきましたが、今のところ無視して頂いて結構です。
日本を制していないのに、世界なんて口に出来ませんからね。
Q.親よりハピネスを選ぶのは変じゃない?
A.本編のハルが、親よりハピネスを取ったことに、首を傾げる方も
いるかもしれません。
加入は無理矢理ですが、子供の頃から一人で暮らしてきたハルにとって、
寝食を共にし、一緒に戦う仲間は本当の家族以上に大切な存在なのです。
Q.結局、菜月って何者なの?
A.一言で言うなら、無敵なお方です。
正直誰にも手に負えないので、ギャグシーン以外の本編では、
登場機会はありません。
幕間で、彼女の活躍を紹介する機会があればと思っています。
以上簡単な補足をさせて頂きました。
本編で書ければ良かったのですが、文才のなさと尺の関係で、
こんな形になってしまいました。申し訳ありません。
次は幕間の座談会を予定しております。
果たして蒼井は紹介して貰えるのでしょうか?
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。