母、襲来(前編)
ハルの元に届いた、一通の手紙。
それがハピネスにちょっとした事件を巻き起こす。
前後編の前編です。
その日も、普段と同じ日になるはずだった。
奈美とハルは、ハピー達と共に悪事に勤しみ、
お約束とばかりに乱入してくるヒーローを蹴散らした。
意気揚々と幸福荘に引き上げると、
「ん、珍しいな。手紙が来てる」
自分の郵便箱に入っている手紙に気が付いた。
シンプルな茶封筒に、やたら達筆な字で宛名が書かれている。
「この字……何処かで」
嫌な予感がした。
恐る恐る封筒を裏返し、差出人を確認すると、
「!!!!!!!」
その瞬間、ハルは硬直した。
顔は青ざめ、冷たい汗が頬を伝わり、体が小刻みに震え出す。
尋常ではないその様子に、
「ハル、どうしたの?」
少し遅れて幸福荘に戻った奈美が、心配そうに声を掛ける。
ハルはそれに答えず、急いで封筒を開ける。
中に入っていた手紙を、凄まじい勢いで読み、
「………………最悪だ」
かすれた声で呟いた。
「ハルちゃんが緊急招集をかけるなんてぇ、珍しいわねぇ」
「一体何事だ。その様子だと、かなりの事態だと思うが」
ローズと紫音がハルに尋ねる。
あの後直ぐ、ハルは全幹部に緊急招集をかけた。
ハルのただならぬ様子に、幹部達は大急ぎで作戦司令室に集合した。
「実は、俺宛に手紙が届きました。……母親からです」
「それがどうしたのだ。親なら手紙くらい出すだろ」
蒼井の言葉はもっともだ。
だが、ハルは悲痛な表情を変えない。
「……大変お怒りの様子で、直接話に来ると」
「何か、怒らせるような事を?」
「なるほど。大体予測は付きます」
首を傾げる柚子とは対照的に、千景は納得したように頷く。
「ハル君のハピネス加入の件、ですね?」
「はい。俺はハピネスに入る時に、
大学を勝手に退学させられ、住んでいたアパートも解約されました」
無理矢理に、とハルは付け加える。
「その辺の事情も含めて、問い質しに来るそうです」
ハルの言葉に、
「千景……お前流石にそれは不味いだろう」
「千景さん……」
「あらあらぁ、困ったわねぇ」
「ハルさん……可哀想です」
「正に鬼の所行だな」
幹部達は千景に非難の視線を向ける。
「コホン。確かに、私にも責任が無いとは言えません」
いえ、全責任は貴方にあります。
「ハル君。貴方のお母様は、どれ位行動力がありますか?」
「ニッコリ笑顔で、俺を拉致するくらいは平気でやりますね」
過去を思い出したのか、ハルの顔が引きつる。
「ず、随分過激な母親なのね」
「怖い方なのですか?」
「いや、何というか……一言で言うなら無敵、かな」
奈美と柚子は想像がつかないのか、ん~と唸る。
ちゃんと説明してあげたいが、他に適当な言葉が浮かばない。
「とにかく、今問題なのは最悪の場合、ハルが連れて行かれると言うことだろう」
「そうねぇ。親が連れていくって言ったらぁ、口出し出来ないものぉ」
困り顔の紫音とローズ。
「その母親はいつ来るのだ? 時間があれば吾輩の発明で何とか……」
「……今日、これから。後一時間くらいで」
ハルの言葉に、諦めの表情を浮かべる幹部達。
一時間では精々部屋の片づけくらいしか出来ない。
「取り敢えず、ハルには外に出て貰って、日を改めて貰えば」
「無駄だよ奈美。母さんが会いに来ると言った以上、何処にいても発見される」
そう言う母親なのだ。
奈美とは違った意味で、常識が通用しない。
「こうなった以上、私達に出来ることはただ一つです」
沈黙を守っていた千景が、決意の表情を浮かべ、
「正攻法でぶつかり、正面からハル君のお母さんを説得するだけです」
堂々と無策で挑むことを宣言した。
時間が過ぎるのは早い。
特に制限があるときにはなおさらだ。
幸福荘の掃除にお茶や菓子の準備で、一時間はあっという間に過ぎた。
「お話は食堂で行いましょう。私とハル君で話をすることにします」
千景の指示に逆らう者はいなかった。
こういった場に、頭の回る千景ほど適任者は居ない。
「説得失敗の場合、全員でお母さんを捕縛して、ハピネスへの参加を強要します」
構いませんね、と千景はハルに確認を取る。
「お任せしますよ。……多分無理でしょうが」
ハルの言葉に千景は眉をひそめる。
「それはどういう……」
ピンポ~ン
千景が尋ねる前に、幸福荘のチャイムが鳴らされた。
同時にハピネスに緊張が走る。
「来たみたいです」
「私が対応します。ハル君はここで待っていて下さい」
ハルを食堂に残し、千景は玄関へ史上最大の敵を出迎えに行くのだった。
「ごめんくださ~い」
「はい、いらっしゃいま……せ」
玄関に立つ女性に、千景は一瞬戸惑う。
予想していた人物像と目の前に立つ女性が、あまりに違っていたからだ。
一目でハルの肉親と分かるほど、顔立ちはよく似ている。
より女性的ではあるのだが、ハルよりもむしろ子供っぽく感じられる。
腰辺りまで伸びた、ウエーブの掛かった黒髪。
背は奈美よりも低く、体つきは華奢で触れたら壊れそうだ。
どうみても十代中頃くらい。
母親と言うには、あまりに若いというか、幼かった。
「あの~、どうかしましたか?」
「い、いえ失礼しました。私はこのアパートを管理している、柊千景と申します」
慌てて頭を下げる千景。
「ご丁寧にどうも~。私は……」
「御堂ハルさんのお母様ですね。ハルさんより伺っております」
「やっぱりハルちゃんここにいるのね~。よかった、逃げて無くて♪」
嬉しそうに笑顔を見せる女性。
「お越しになるのをお待ちしてました。どうぞ、案内します」
「ありがとうね~」
千景と女性は、ハルの待つ食堂へと向かった。
「あ、ハルちゃん発見~。とうっ」
「やあ母さん。相変わらずだね」
食堂に入るやいなや、ハルに抱きつく女性。
その姿は親子と言うよりは、仲の良い兄姉に見える。
「久しぶりね~。最後にあったのは一年前だっけ?」
「多分ね。……母さん、立ち話もなんだから」
「お茶をご用意しました。よろしければ、お話はこちらで」
千景が机にお茶を置き、着席を促す。
「ありがとうね~。じゃあハルちゃん、座りましょうか」
「そうだね。長い話になりそうだし……」
笑顔の女性と対照的に、ハルの表情は曇りっぱなしだった。
「手紙を読んだと思うけど、私とっても怒ってるのよ~」
ちっとも怒りを感じられない口調で、女性は言う。
「いつの間にか大学は止めちゃうし、アパートも黙って引っ越しちゃうし」
「それに関しては言い訳できない。本当にごめん」
ハルは深く頭を下げ謝罪する。
まずは怒りを収めてもらうことが最優先だ。
「ハルちゃんに何があったのか、話してくれる?」
「……お母様、僭越ながら私に説明させて頂けないでしょうか」
「なっちゃん」
「はい?」
「堅苦しいのは嫌いなの~。私のことは、なっちゃんって呼んで」
「……ハル君?」
「母さん、菜月って名前なんです」
ハルが苦々しく答える。
昔から変わらない母親の調子が、恥ずかしかった。
「では菜月さん……」
「なっちゃん」
「いえ、そう言うわけには……」
「なっちゃん」
「………………」
「なっちゃん」
「…………なっちゃん」
「はい、良くできました~♪」
ご満悦の菜月。
本題に入る前から、すっかりペースを握られていた。
「私はこの件に深く関わっております。私にお話させて下さい」
「いいよ~。よろしくね、ちーちゃん」
「ち、ちーちゃん?」
「うん。千景ちゃんだから、ちーちゃん。可愛いでしょ」
千景は再びハルに視線を向けるが、
「すいません、諦めて下さい。こういう人なんです」
ハルは申し訳なさそうに首を振った。
「で、ではお話させて頂きます。まず………………」
千景は丁寧にこれまでの経緯を説明した。
大学に通っていたハルに興味を持ち、スカウトしたこと。
一人暮らしよりも生活のしやすい、この幸福荘に引っ越して貰ったこと。
今では仕事も任せられる、頼りになる仲間だと言うこと。
ハピネスという単語を巧妙に隠し、話を纏めた。
「…………と言う訳なのです」
千景は話し終えると、菜月の表情を伺う。
菜月は目を閉じ、う~んと何かを考えているようだ。
「つまり~、ハルちゃんはやりたい事が出来たから、ここにいるのね?」
頷くハル。
「じゃあ良いわ。お母さん、許しちゃう♪」
「えっ、そんなあっさり?」
ニッコリ笑顔の菜月に、ハルは思わず聞き返してしまう。
「子供は何時か親から離れていくものよ。少し寂しいけど、嬉しいわ」
「あ、ありがとう母さん」
何とも呆気ない展開に、ハルはホッと一息ついた。
「それじゃあ、久しぶりに会ったんだし、もう少しお話しようよ」
「俺は構わないけど、千景さんは仕事があるから……」
「え~いいじゃない。ちーちゃんも一緒に、ね」
頬を膨らませる菜月に、千景は苦笑を浮かべて頷く。
「やった~。あ、折角だし、外にいる子達も一緒にお喋りしましょ」
一瞬でハルと千景に緊張が戻った。
確かに食堂の外には、非常時に備え幹部達が待機している。
菜月に気づかれないよう、気配まで隠して……。
「か、母さん。何で外に人がいるって思ったの?」
「ん~、何となくかな」
笑う菜月からは、それ以外の理由は伺い知れない。
「会社の仲間達が、ハル君を心配して隠れていたようです。失礼致しました」
「全然気にしてないよ~。外は寒いし、入って貰おうよ」
「みんな、入っていらっしゃい」
千景が声を掛けると、食堂の入り口から幹部達が姿を現す。
みな一様に、何で気づかれたのかと不思議がっていた。
「わ~一杯いるね。みんなハルちゃんの同僚なの?」
「そうだよ。みんないい人達なんだ」
「みんな、順に自己紹介をしなさい」
千景の指示に、席に着いた幹部達は頷いた。
何とも中途半端な所で切ってしまい、申し訳ありません。
元々一つの話だったのですが、長くなり過ぎてしまったので……。
初登場のハルママ、御堂菜月。
ハルも本編で言っていますが、色々と無敵な方です。
その一端を、後編でお見せできると思います。
幹部達も巻き込んだ話は、どんな方向へと進むのか。
後編の投稿は、翌日を予定しております。
次回もまた、お付き合いを頂ければ幸いです。