新たな仲間が加わります(3)
新ハピー加入の完結編です。
遂に正義の味方と正面対決をすることとなった、ハル達。
果たして彼らは無事に、任務を達成できるのか?
「奈美、この作戦の前に言っておくことがあります」
「何ですか千景さん」
「今回の作戦は、あくまで新人達が主役です」
「はい」
「実戦経験を積ませるためにも、あなたはギリギリまで手出しをしないで下さい」
「え~」
「彼らが危険だと判断したら、その時は存分に暴れて構いません」
「千景さんが言うなら……分かりました」
「いい子です。貴方だから頼める仕事ですよ。頼りにしてるのですから」
「って言うやり取りがあったのよ」
「んな事言ってる場合かぁ!」
「あっ、ハル。包丁が……」
「うわぁぁぁ」
ハルが隠れたテーブルに、数本の包丁が突き刺さる。
「もう、だらしないわね。この位つかみ取りなさいよ」
「……俺はお前と違って、刃物が刺さっても平気な人間じゃ無いんだよ」
猫の手にした指で包丁を挟み取る奈美に、ハルは精一杯の悪態をついた。
店内は、戦場と化していた。
調理服の男達と、黒タイツの集団が所狭しと動き回る。
敵味方入り乱れる大乱戦となっていた。
「何だか、凄いことになってるな」
「ん~、戦況はちょっと不利みたいね」
奈美は冷静に状況を分析する。
「よく分かるな。俺には何が何だか……」
「数は私達が有利だけど、敵はなかなか鍛えられてるわね」
言われてよく見ると、ハルにも何となく分かる。
数の上では、ハピネスは約三倍だ。
だが、練度の高い正義の味方の前に、徐々に押され始めていた。
そもそも新ハピー達は丸腰。
包丁やら鍋やらで武装している相手には、厳しい戦いを強いられて当然だ。
「言われてみると確かに」
「へへ、うちの組織は人数こそ少ないが、みっちり鍛えてるからな」
ハルが慌てて視線を向けると、そこには調理服の男が立っていた。
入店したときに声を掛けた男、恐らくはリーダー格だろう。
「俺らを甘く見過ぎたな。いくら数を揃えても、返り討ちだぜ」
髭に囲まれた男の口元が笑みに歪む。
自分の組織の力に、よっぽどの自信を持っているのだろう。
「見たところ、お前らがリーダーだな。俺が直々に相手をしてやるよ」
「……いえ、お気遣いなく」
「遠慮するなよ。安心しな、きっちりと捌いてやるぜ」
両手の中華包丁が妖しい光を放つ。
何というか、ちょっと勝ち目が無さそうだ。
「こうなったら……奈美、出番だぞ」
「そうね。私が他の奴らを倒してくるから、そいつは任せるわ」
「え、いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ行って来るわ」
止める間もなく、奈美は乱戦の真っ直中へと飛び込んでいった。
これで、新ハピー達の身の安全は確保された。
同時に、ハルの身の安全が非常に危険になったが……。
「それじゃあ、行くぞ!」
「うわぁぁぁ」
男が振り下ろす中華包丁が、ハルの脳天へと…………届かなかった。
頭上数センチの所で、ハルの右手が包丁を止めていた。
曲げた人差し指と中指の間で、包丁を挟み取る。
「ちっ、白羽取りか。どうやら、認識を改める必要がありそうだな」
いえ、改めないで下さい。
さっきの奈美のを、偶然モノマネしただけなんです。
しかも劣化してるせいで、指の間がしっかり切れちゃってますから。
「男が一度出した刃を引くわけにはいかねえ。このまま押し切ってやるぜ」
「ぐ……ぐぐぐ」
男は左手の包丁を捨てると、両手で包丁をグッと押し込む。
ハルも左手の指を右手と同様にし、圧力に耐える。
「な、なかなか……粘るじゃねえか……」
「ぐぅぅぅぅ」
必死に耐えてはいるが、状況は圧倒的にハルが不利だ。
筋肉質の大男と、華奢なハル。それだけでも大きなハンデだ。
更に二人の身長差はざっと三十センチほど。
上から押す方が、どう考えても有利だ。
包丁は徐々にハルの頭に近づき、手の出血が激しくなる。
「どうやら、ここまでのようだな」
「畜生……」
勝利を確信したような男の笑みに、ハルは顔を歪めるしかない。
万事休すかと思われたとき、
「みんなで声を出して、ハルを応援するわよ。せ~の」
「「ハルさん頑張って~!!」」
何とも脳天気な声援がハルにかけられた。
「お前ら……何やってるんだ?」
「他の奴らは全部倒しちゃったから、ハルの応援よ」
ケロリと答える奈美。
背後に積み上げられた、調理服の男達が何よりの証拠だった。
「ば、馬鹿な。俺の部下達が、こんなあっさり……」
視線を奈美の方に向け、思い切り動揺する男。
手に持った包丁から力が抜け、隙だらけだった。
「ハル、今よ!」
「分かってる。てりゃぁぁぁぁ!!!」
チ~~~~~~~ン
ハル渾身のケリが、無防備の急所に直撃した。
男は口から泡を吹き、苦悶の表情を浮かべて倒れた。
「……俺も男だから分かる。これは……辛いよな」
倒れた男を見下ろし、ハルは心からの言葉を口にした。
これで作戦は終了だ。
ハルは安堵のため息をつき、後ろを振り返る。
そこには、ハルに羨望の視線を向ける、新ハピー達が待ちかまえていた。
「ハルさん、格好良かったです」
「敵のボスと一騎打ちなんて、凄すぎですよ」
「白羽取りなんて、漫画の中だけかと思ってましたよ」
「こんな華奢なのに、あんな大男を倒すなんて、流石です」
ハルの株は急上昇していた。
「い、いや。偶然したモノマネと、奈美のフォローのお陰だよ」
事実を言ったつもりだったのだが、
「くぅ~、その謙虚な態度。出来る男は違いますね」
逆効果だったようだ。
評価されるのが嬉しくない訳ではない。
ただ、実力以上に評価されるのは色々と都合がよろしくない。
特にハルは、モノマネ以外は凡人なのだから。
「だから違うって。聞いてくれ、俺は……」
無駄に盛り上がるハピー達に、ハルは必死に説明をする。
結局この騒ぎは、ハルが出血多量の貧血で倒れるまで続いたのだった。
その夜。
作戦成功のお祝いと、歓迎会を兼ねた宴会が、幸福荘食堂で開かれていた。
三十名も増えると、流石に手狭かと思われたが、千景に抜かりはない。
この増員も見越して改築をしたため、全員が入ってもまだ余裕のある広さだった。
賑やかで楽しげな雰囲気の中、ハルだけは不機嫌だった。
理由は簡単だ。
宴会が始まってから、まだ一口も料理にありつけないせいだ。
「ちょっと柚子。ハルには私が食べさせるのよ」
「いいえ。私がお世話をします。奈美さんこそ邪魔しないでください」
ハルの両脇から視線をぶつけ合う奈美と柚子。
何度も繰り返されたやり取りに、ハルはため息をつく。
幸福荘に運び込まれたハルは、そのまま保健室に連行された。
柚子の治療により事なきを得て、無事宴会にも参加できたのだが、
ハルの両手は包帯でがっちり固定されており、何も出来ない状態だった。
「私が料理を食べさせてあげますね」
これがいけなかった。
柚子が皿に盛った料理を、
「はいハルさん。あ~ん」
何てやったものだから、
「ちょっと。何やってるのよ」
お約束のように奈美が乱入し、現在に至る。
二人は互いにけん制しあい、ハルは空腹に耐え続ける。
新手の地獄に思えてきた。
「あらあら、ハル君。人気者ですね」
「千景さん。助けて下さいよ~」
ワイングラスを片手に冷やかす千景に、ハルは懇願の視線を送る。
「そうですね……。二人とも、交互に食べさせてあげたらどうですか?」
「確かにそれなら……」
「問題ありませんね」
奈美と柚子は頷きあい、千景の妥協案を飲むこととなった。
「千景さん、ありがとうございます」
「ふふ、どういたしまして。ただ……」
「ただ?」
「この選択が、ハル君にとって良かったかは分かりませんがね」
どういう事?とハルが聞き返す前に、
「はい、ハル。ど~ぞ」
奈美が大きなウインナーをハルの口に突っ込む。
「むぐっ……もぐもぐ」
「ハルさん。このスパゲティもどうぞ」
「ぐぐっ……もぐ……もぐ……」
「次はこの唐揚げよ。ほら」
「………………ぐぅ」
まるでわんこそばのように、次々に口に運ばれる料理。
違う点は椀……つまり口が空にならなくても追加される所だ。
「ではハル君。頑張って下さいね」
微笑みながら去っていく千景。
この時になって初めて、ハルはさっきの千景の言葉の意味を理解した。
もう手遅れだったが……。
「一杯食べてね」
「遠慮しないで下さい」
ハルが解放されるのは、まだまだ先になりそうだ。
宴会は夜遅くまで続き、新ハピー達はすっかりハピネスに溶け込んでいた。
色々あったが、新ハピー達の初任務は大成功のうちに幕を閉じた。
おまけ
「そう言えば、捕まえたスパイはどうしたんですか?」
「ふふ……コンクリートは便利ですよね」
「あの……冗談ですよね?」
「東京湾にも魚はいるそうですよ」
「……………………………」
それ以降、そのスパイの姿を見た者は誰もいない……かもしれない。
随分難易度の高い、初めてのお使いとなりました。
新ハピー達がやられ役の様に見えますが、その通りです。
黒タイツの戦闘員が強かったら困りますものね。
……と言うのは冗談で、実際は実力者達ですよ。
初実戦の緊張と、素手というハンデの性で、こんな結果になってしまいました。
今後はもっと活躍してくれると信じています。
さあ、戦力も増えたし、大きな悪事をするぞ、と思っていたのですが、
残念ながらまだおあずけです。
次はとあるキャラクターの肉親が登場致します。
どんな騒動を巻き起こすのでしょうか?
感想・アイディア・アドバイス・ご指摘も募集しております。
よろしければ未熟者の作者に、一言頂ければありがたいです。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。