新たな仲間が加わります(2)
前回の続きです。
千景より新ハピー達に与えられた仕事とは……。
時刻は、真っ昼間。
人通りの多い商店街を、全身黒タイツの集団が歩いていく。
先頭には、
「は~い、はぐれないように着いてきてね~」
戦闘服姿の奈美が、ツアーガイドのように旗を持っていた。
露出過多の女と黒タイツの集団が歩いていれば、当然騒がれる筈だが、
『ヒーローショー出演の為の特訓中です。見守っていて下さい』
と言うプラカードを持ったハルが最後尾に着くことで、事なきを得ていた。
頑張ってね、と言う励ましの声に、笑顔で手を振る一行。
一行は地域の皆様の、暖かい視線を受け、歩き続けていた。
事の始まりは、千景の発言だった。
「皆さんにお願いしたい仕事は、正義の組織を一つ壊滅して欲しいのです」
千景から伝えられた仕事は、ハル達の予想の斜め上を行くものだった。
「おい千景。いきなり何を言い出すのだ」
「驚くのも当然ですが、やむを得ない事情がありまして」
千景の視線を受けたローズは、軽く頷くと、
「実はねぇ、今日うちにスパイが入り込んだのよぉ」
世間話の様に、一大事を告げた。
「す、スパイだと」
「それって、大変な事じゃないですか」
驚く紫苑と奈美。
ハルも驚いたのだが、それ以上に落ち着きすぎている二人が気になった。
「そのわりに、二人とも冷静ですよね」
「スパイの身柄は、既に確保してますから」
「身元も分かってるわぁ。中の下位のレベルのぉ、正義の組織のメンバーよぉ」
なら安心だ。
何も問題無いはずだ。
「では、やむを得ない事情というのは何でしょうか?」
「スパイが捕まる直前、この場所を自分の基地に教えたようなのです」
「早く対処しないとぉ、ここに攻め込んで来ちゃうのよぉ」
困ったわねぇ、とローズは笑う。
ハル達は暫し沈黙し、
「「……えぇぇぇぇぇぇ!!」」
絶叫した。
「ちょ、ちょっと待ってよ。それって、ジャスティスとか来ちゃうんじゃ?」
「不味いぞ。吾輩の怪人達も、まだ実戦は早すぎる……」
「ど、どうしましょう」
激しく動揺するハル達に、
「なので、今回その正義の組織を壊滅させる事にしました」
冷静に千景は告げた。
「だが千景よ。基地がばれた以上、その組織を壊滅させたところで……」
「それはご心配なく。その組織から、他の組織に連絡が行くことは考えられません」
一同の何故、と言う視線を受け、
「ランクFの悪の組織の基地を見つけた。手柄は独り占めしたいですよね」
「世間的には私達は弱小よぉ。応援を呼ぶ必要なんて無い、と思っているはずだわぁ」
千景とローズの冷静な意見。
この二人が言うならそうなのだろう。
絶対の信頼を向けるハル達とは違い、新ハピー達はまだ不安そうだ。
「ただ、もたもたしているとこの組織が攻めてきます」
「向こうが準備をしてる間にぃ、こっちから攻め込んで倒しちゃいましょう」
ちょっと買い物に、と言う気軽さだった。
「それで千景よ。具体的にはどうするのだ?」
「新人の皆さん全員で、敵の基地に直接乗り込んで貰います」
「えっ、それはあまりに危険では……」
心配する柚子の発言に、新ハピー達は期待するが、
「戦闘指揮に奈美を同行させます。ハル君にも補佐をお願いします」
「なら安心です」
あっさり反旗を翻した柚子に、ガックリと肩を落とした。
その様子を見て、ハルはふと疑問を感じた。
「……なあローズ。彼らは奈美の事を知らないのか?」
「ええ。あの子達には、実戦の緊張感を味わって欲しいからねぇ」
ローズの言葉でハルは納得がいった。
確かに奈美の力を知っていれば、それをあてにしてしまうだろう。
「訓練では体験できない、命がけの緊張感がぁ、成長には欠かせないのよぉ」
「ローズがどんな訓練をしてたのか、大体想像出来たよ」
ハルは苦笑しながら言った。
こんなやり取りがあり、現在に至る。
ハル達に渡されたのは、敵基地の場所が書かれた手書きのメモのみ。
意外と近場だったため、一行は徒歩にて移動することになった。
「あ、あのハル様?」
「様はいらないよ。俺の方が年下だろうし」
「ではハルさんとお呼びします」
新ハピーの言葉にハルは頷き、先を促した。
「本当に、私達だけで正義の組織を壊滅なんて、出来るんでしょうか?」
もっともな疑問だ。
ハルも奈美が居なければ、今すぐにでも逃げ出すところだ。
「まあ、普通はそう思うよな。でも、大丈夫だと思うよ」
「どうしてですか?」
「千景さんが命令したからだよ。あの人は無理な命令は絶対にしない」
驚く新ハピーに、ハルは更に続ける。
「出来ると言ったことは、必ず出来る。俺たちの努力とやり方次第でな」
自信を持って答えるハル。
これまで共に戦ってきた信頼があるからこそ、言える言葉だった。
新ハピー達は暫し沈黙し、
「あの方は、私達の力を信じて大切な任務を任せてくれたんですね」
「それだけ見込まれてるってことですよね」
「おっしゃ~。何かやる気出てきたぞ」
「その期待に応えるためにも、この任務、絶対成功させるぞ」
「「おぉぉ~!!」」
やる気に満ちた雄叫びをあげた。
「……まあ、たまに無茶なことを言い出すけどね」
ハルは誰にも聞こえないよう呟いた。
やがて一行が辿り着いたのは、とある小さな定食屋だった。
大衆食堂のイメージがピッタリな、年季の入った建物。
食事処と書かれた古ぼけたのれんが、風になびいている。
どこからどうみても、平凡な定食屋にしか見えない。
「おい奈美、本当にここか? まさかご飯を食べに寄った何て事は」
「違うわよ。……お腹は空いてるけど」
ぐ~、と腹の音が鳴るのはご愛敬。
「ほらこのメモ。安田食堂って書いてあるし、住所もあってるわ」
ハルは奈美に渡されたメモを確認する。
そこに書かれた住所は、確かにこの定食屋を指していた。
「……もっと格好いい、近未来的な基地を期待してたんだけど」
「良いじゃない。私はこっちの方が好きよ」
奈美にとってはそうだろうが……。
「何にせよ、ここで話してても始まらないわ。中に入りましょう」
「分かったよ。……みんな、これから敵の基地に侵入する。気を引き締めて行こう」
「「はいっ!」」
奈美を先頭に、営業中の札が掛かった引き戸を開け、中へと入っていった。
「いらっしゃいませ!」
中に入ったハル達を、男の威勢の良い声が迎える。
警戒していた奇襲は無かったが、まだまだ油断できない。
ハルは店の中へ進みながら、店内の様子を把握する。
入り口正面にL字のカウンター席。これは十席ほど。
左手にはテーブル席が六つ、その奥に座敷席。
店内は外から見た以上に広く、ハル達全員が入ってもまだ余裕があるほどだった。
「お客様は団体様ですか? でしたら座敷席がよろしいかと」
カウンター越しに声を掛けるのは、四十代位の白い調理服を着た男。
他には割烹着を着た、見た目三十代の女性が一人。
ここまではまだ、何処にでもある一般的な定食屋だ。
「えっと……」
どう探りを入れるか、ハルが思考していると、
「私達は客じゃないわ。あんた達をぶっ潰しに来た、ハピネスよ」
奈美があっさりと宣誓布告してしまった。
「な、奈美よ。もう少し大人の駆け引きとか、そう言う奴を……」
「別に良いじゃない。話は簡潔に、分かりやすくよ」
「それは分かるが。もしこの人達が無関係だったら……」
どうしてもその可能性が捨てきれないハル。
だが、
「何ぃ、ハピネスだと。こっちが仕掛ける前に来るとは」
絵に描いたような自白をする男。
駄目だよ……、二時間ドラマでももう少し粘るよ。
「スパイなんて卑怯な真似をしてくれた落とし前、付けさせて貰うわよ」
「ち、仕方ないね。……お前達、出入りだよ」
優しそうな割烹着の女性が、一気に極道の妻に変貌した。
明らかに悪役の方が向いているだろう。
女の呼びかけに答えるように、店の奥から調理服の男達が現れる。
手には包丁やらを携え、物騒なことこの上ない。
「女将さん、まだ襲撃準備は終わってませんが……」
「向こうさんから来ちまったよ。構わないから、ここで始末おし」
「「合点だ!」」
十名ほどの男達が、カウンターを飛び越え、ハル達に襲いかかる。
「さあみんな、作戦は特にないわ。目の前の敵を叩き潰しちゃいなさい」
「「は、はいっ!」」
いきなりの実戦に戸惑うハピー達だが、敵は待ってくれない。
戦いの火ぶたは、切って落とされた。
まさかの正義の組織襲撃任務。
実は正面から正義の味方と戦うのは、初めてだったりします。
新人に任せて良いのかよ、と言う突っ込みはなしの方向で。
今回は敵の本拠地に着いたところで終わってしまいました。
次はいよいよ戦闘開始です。
ただ、奈美が居ると一行で戦闘が終わってしまいそうですね(苦笑い)。
新メンバー加入の話は、次回で終わります。
いつもより少し早めの更新になります。
次回もまた、お付き合い頂ければ幸いです。