お役所へ行こう(2)
(1)の続きです。
少し長くなっていますが、ハルの奮闘ぶりを笑ってあげてください。
「はい、すいませんでした。今後気をつけます」
まあ、公共の場で騒げば当然怒られる訳で。
背広を着た偉そうな職員に、ハルは延々と怒られていた。
それもこれも、
「全部このメモのせいだ」
左手のメモを眺める。
―私のせいにするなよ。騒いだのはお前だぞ。
―それよりも早く手続きをしろ。
「そうですね。時間もあまりありませんし」
人の心を読まないでください。お姉さん。
とはいえ時間が無いのは確かだ。
お役所は午後五時を過ぎると一切仕事をしてくれない。
時計を見ると後三十分ほどしかなかった。
「それでは、手続きを始めましょう」
こちらをご記入下さい、と書類を渡される。
「えっと、何々……組織の名前はっと……」
……困った。
そう、ハルはまだ組織の名前を聞かされていなかった。
「……今まで多くの方がいらっしゃいましたが、名前を知らなかった人は初めてです」
気の毒そうな顔をするお姉さん。
「参ったな……あ、そうだ」
ハルはメモを開く。
―おお、そう言えばまだ言ってなかったな。
やっぱ未来予知だろう、これ。
―我らの組織の名前は、ハピネスという。覚えておけよ。
「変わったお名前ですね」
「俺もそう思います」
とはいえ、ボスが言うのだ。従うしかない。
ハルは書類にハピネスと記入する。
その後は順調だった。次々と項目を埋めていき、
「ほい、終了っと」
「お疲れさまです」
お姉さんは書類を受け取ると、それを別の職員に渡す。
「処理に数分かかりますので、お待ち下さい」
ハルは頷くと、メモに視線を移す。
―よしよし。手続きは終わったようだな。
ええ、終わりましたとも。
―だが油断するなよ。ここからが本番だ。
何がですか?
―無事に帰ってこいよ。後、一般人を傷つけるなよ。
だから何が……。
「私から説明しましょう」
ああ、お姉さん。話が早くて助かります。
「この窓口は、貴方のように悪の組織の申請される方専用なのです
そこで、私のような心が読めるものを窓口に置き、手続きの間に組織に関する情報をありったけ読みとっておく訳です」
なるほど。
後は申請に来た奴をこの場で捕まえて、
「読みとった情報を元に組織に強襲をかければ」
難なく悪の組織を壊滅出来る。
「その通りです」
ここにきて、ハルはようやく納得した。
自分がどうして組織のことを何も知らされなかったのかを。
「そうなんですよ。貴方は自分の組織のことをほとんど何も知らないので、情報の取りようが無いんですよ」
残念そうにお姉さんが言う。
「でも、ただでは帰しません」
瞬間、周囲の空気が変わった。
ハルへの意識が集まり、緊張感が一気に高まる。
「……はい、政府・公安委員会の公認証が出来ました」
お姉さんはカウンターへ公認証を置く。
「これを手に取った瞬間から、貴方は悪の組織の人間として、正義の敵になります。私たちは全力で貴方を逮捕します」
冗談ではない。
ふと周りを見回すと、いつの間にか一般市民は一人もいなくなっていた。
その代わり、職員がハルの周囲を取り囲むように陣形を作っていた。
「さあ……どうしますか?持ち帰らず逃げるという選択肢もありますよ」
いや、それはない。
何せ、手ぶらで帰ったら全身黒タイツが待ちかまえてるのだ。
ここは何としても持ち帰らなくては。
「ちょっと、トイレに」
「……どうぞ。ただし、外に出ることは認めません。仲間を呼ばれたら面倒ですから」
警戒の視線の中、ハルは男子トイレへと入る。
さて、どうしたものだろうか。
腕っ節での強行突破は無理だろう。
奈美を呼ぶことも出来ない。携帯は圏外だし、そもそも番号を知らない。
となると、あれで行くしか無いのだが……。
後もう一つ、決め手になるものが欲しかった。
何か無いだろうか。もうあまり時間がない。
外は随分と騒がしく、話し声がここまで聞こえてくる。
「うるさいな。このトイレの中に聞こえるほど大声で……って…………あっ」
見つけた。後一手を。
「遅かったですね」
「悪いね。大の方だったんで」
「それで、どうします?」
そんなの決まっている。
「持ってくぜ」
ハルは公認証を手に取る。
「みなさん、攻撃許可です」
「おう!!」
職員の方々が一斉に得物を取り出す。
ひのきの棒に警棒、混紡、釘バット等はかわいいものだ。
日本刀にサーベル、モーニングスターまで持ち出す。
拳銃やマシンガンまで構えてる馬鹿どももいる。
二十人ほどの猛者達が一斉にハルに向かって来る。
「まずは、こいつだ」
封筒を入れていた紙袋の中から、ペットボトルを取り出す。締め切った口からは、白い煙が吹き出していた。
それを思いっきりシェイクして、
「ほいっと」
職員達に投げつけた。
パァァァァン
景気のいい甲高い音と共に、ペットボトルがはじけ飛び、周囲を白い煙が包む。
「そうれ、もう一丁」
次々とシェイクしたペットボトルを投げつけるハル。
市役所のフロアはあっという間に白煙で周囲が見えない状況になっていた。
ローズに頼んでいたもの、それはドライアイスだった。
それをペットボトルに水と一緒に入れて振ると、中の気圧が高くなり破裂する。
破片が当たればいたいし、中の煙が煙幕の代わりになってくれる。
ハルの予想通り、破片で傷を負った職員達も数名いるようだ。
だがそれで戦闘不能になるわけではないし、無傷な職員も大勢残っている。
そんな状況でも、ハルは余裕を持っていた。
(くそ、あのガキはどこだ)
(おい、お前は反対から回り込め)
(ちくしょう、何かの破片が刺さりやがった)
職員達の声が聞こえる。
心の声が。
「あ、あなた。そんな特技が」
どこかにいるお姉さんが声を上げる。
そう、ハルはモノマネしたのだ。
心を読む能力を。
もっとも、勝手にモノマネしていて、気づいたのはついさっきなのだが。
とにかく、相手からはハルが何処にいるか分からないが、ハルからは分かる。
後は混乱している間に逃げるだけだ。
だが、
ドッッゴン
轟音ととに壁が破られた。……外側から。
「ハル。何事なの?」
最強の援軍は、最悪のタイミングでやってきた。
まああれだけ派手にドンパチやれば、外にいても気づくのだろうが、
(ハルは大丈夫かしら)
非常にまずい。
どうやらお姉さんの能力はかなり強いらしく、ハルのモノマネでさえ、かなり離れた位置にいる奈美の心の声まではっきりと聞こえてしまった。
「生きてるなら返事をしなさい」
(お願い無事でいて。貴方に何かあったら私は……)
「無事だ。無事だから、早く逃げてくれ」
心臓に悪かった。
心の声を聞くというのは、こんなにも厄介な事なのか。
「あなた、まさか捕まったの? どんくさいわね。いいわ、直ぐそっちに行くから」
(こんなことで、私の……私の……初恋の人を失ってたまるものですか!)
聞いてしまった。
嬉しいのは確かだ。
だが、心を盗み聞きしたことがばれたら、確実に殺される。
「邪魔を、するなぁぁ」
(ハル、今行くからね)
バッコン、ベッコン、ピッコン
奈美は襲いかかる職員達を、文字通り一撃ずつで片づけていった。
強い。頼もしい。だが今は恐ろしい。
隠しきるしかない。
奈美があけた穴のせいなのか、白煙が徐々に薄まっていく。
ハルの視界に入ったのは、地に伏した職員達の真ん中で堂々と仁王立ちする奈美だった。
全員生きてはいるが、戦闘不能だろう。
無事なのは、心を読むお姉さんと、ハルに説教した偉そうなおっさんだけだ。
「……三分。市役所が誇る二十人の精鋭が、三分持たずにだと・・」
「こんなのが精鋭? うちのハピー達より弱いよ」
言うやいなや、ノーモーションの正拳突きをおっさんのみぞおちに叩き込む。
(ハルを危険な目に遭わせたんだから、当然よ)
怖い。その純粋な想いが怖い。
「さて、後一人……」
「ひぃぃぃ。許してください。貴方が彼のことを好きなのは黙っててあげるから」
「なっっ、何を言って……。というかどうしてそれを……」
(どうしてこの女が知ってるの?いえ、はったりに決まってるわ)
「はったりじゃありません。私、人の心が読めるのです。
だから貴方が彼に一目惚れしたことも、恥ずかしくて乱暴な態度をとっていたことも、瓦割で惚れ直したことも全部分かります」
言いやがった。
奈美の殺気がふくれあがるのがハッキリと分かる。
「……三秒あげる。そしたら、殺す」
「そんな〜。隠すことじゃないじゃないですか。
それに、彼だって心の声が読めるんですからこの事は知ってますよ」
形勢逆転。
奈美がゆっくりとハルへと向き直る。
「ハル……あの女の言ったことは……本当?」
既に心の声は聞こえなくなっていた。
「いや、そんな事あるわけ無いだろう」
「嘘ついてます。モノマネとか言って私のまねをしてました」
ああ、終わった。
奈美がゆっくりと近づいてくる。
極上の笑顔を浮かべながら。
「ねえハル。聞いてしまったものはしょうがないと思うの。だから」
拳をぐっと握り、
「忘れなさい!!!」
奈美渾身の右ストレートがハルの頭を直撃する。
ああ、黒タイツ似合うかな。
それを思いながら、ハルは意識を失った。
奈美の意外な想いまで判明したこの任務、果たしてハルの試験結果はどうなる。
次回でお役所へ行こうの完結です。