財政難、解消しました
長らくハピネスを苦しめていた、財政難。
遂にその呪縛から解き放たれるときが……。
その日、千景は上機嫌だった。
誰が何と言おうと、上機嫌だった。
どれくらい上機嫌かと言うと、
「ふふ、たまにはみんなに、特別休暇でもあげましょうかね♪」
などと口走るほどだ。
天変地異が起こりそうな、緊急事態。
その様子に、ハピネスの面々は震え上がった。
幸福荘に設置された、ハッピーハピー用の事務室。
室内で作業をする千景を、ドアの隙間から見つめるハル達。
「お、おい。お前ら、何かしたんじゃないのか?」
「するわけ無いじゃ無いですか。……奈美はどうだ?」
「最近は大人しくしてたから、多分平気だと思うけど……柚子は?」
「わ、私も怒られるような事は何も……」
柚子は遠慮がちに、ちらりと蒼井に視線を向ける。
「吾輩も無い……と思うぞ。お前達は何か心当たりはあるか?」
「「我々も、心当たりは無いです」」
自分は違うと、否定し合う一同。
そんな彼らに、
「あら、みんなどうしたんですか?」
ご本人からお声が掛けられた。
ハル達に気づいた千景が、いつの間にか目の前に立っていた。
表情は笑顔のままだが、それが逆に怖い。
「あ~その~だな……」
紫音少し黙り込み、覚悟を決め、
「千景、何かあったのか?」
ど真ん中へとストレートを投げ込む。
「何かとは、どういう事ですか?」
首を傾げる千景。
まあ、当然の反応だった。
「いえ、千景さんが随分ご機嫌そうに見えたので」
「ああ成る程、分かってしまいましたか」
ハルのフォローに、千景は微笑む。
どうやら本当に機嫌が良いようだ。
「それで、何があったのだ?」
「実はですね、ハピネスの財政難が解消されたんです♪」
「「えぇぇぇぇぇ!!!」」
突然の報告に、一同は驚きの声をあげた。
ひとまず、幸福荘の食堂へと移動した一行。
「では、千景。説明をして貰おうか」
開口一番、紫音が切り出す。
ハル達も、期待の眼差しを千景に向ける。
「説明も何も、財政難が解消されたと言いましたが……」
「それは承知だ。聞きたいのは、どうやって解消したかと言う事だ」
グッと詰め寄る紫音。
その様子で察したのか、
「ああ、成る程。そう言うことでしたか」
納得したように、千景は頷いた。
「簡単なことです。とある方々に資金提供をして貰ったんですよ」
「資金提供……だと」
「はい。お陰で改築費用などの債務は完済。運営資金にも余裕が出ました」
ホクホク顔の千景。
回答は納得のいくものだったが、ハルは少し疑問を感じた。
「千景さん。その資金提供をしたのって、誰なんですか?」
「ふふ、秘密です」
人差し指を口にあてる千景。
「では、その人達は何故ハピネスに資金提供をしたんですか?」
「ちょっとハル。どうしてそんな事を気にするのよ」
「ハピネスは悪の組織としては、ほどんど無名だからだよ」
「……ふん、成る程な。資金提供される様な存在では無いと言いたいんだな」
蒼井の言葉に、ハルは頷く。
確かハピネスの悪の組織ランクは、最低クラスの筈だ。
そんな組織に、巨額の費用を投資するなど、よほどの物好きしかあり得ない。
「ハル君の言いたいことは分かりましたが、それも秘密にさせて下さい」
「何故ですか?」
「……話はこれで終わりです。私は仕事が残っていますので失礼しますね」
千景はハルの質問には答えず、一人食堂を後にした。
後に残されたハル達は暫し呆然とし、
「怪しいな……」
「いくら千景さんでも、怪しいですよね」
「うん。私にも分かるくらい怪しかったわ」
「怪しさと胡散臭さで出来ている女とは言え、怪しすぎるな」
「皆さん……ちょっと非道いです」
不可解な千景の態度を訝んだ。
「ひょっとして千景さん、やばい事に足を突っ込んでるのかな」
「やばい事って、何よ」
「銀行強盗までした我々に、今更やばい事など無いだろう」
それもそうだ。
紫音の突っ込みに、ハルの思考は迷走する。
「資金提供は本当。だが裏があると言う事だろうな」
珍しくまともな発言をする蒼井。
全員がう~ん、と頭を悩ませていると、
「あらぁ。みんな揃ってどうしたのぉ?」
食堂にローズがやってきた。
ハルはローズに先ほどの事を説明する。
「ふ~ん、あの件の事ねぇ」
「知ってるのか?」
驚くハルに、ローズはええ、と頷く。
「だったら話は早い。剛彦よ、説明しろ」
紫音の言葉に、しかしローズは渋い顔。
「ん~でも~、千景ちゃんが話さなかった事情も分かるしねぇ」
「そこを何とか」
「「お願いします」」
一斉に頭を下げる一同。
その様子にローズは少し考え込むと、
「分かったわぁ。でもぉ、千景ちゃんには内緒よぉ」
軽いため息と共に、話し始めた。
~ローズのお話~
ハピネス地下基地。
その一角に設置された執務室に、千景はいた。
「千景ちゃん、今大丈夫かしらぁ」
「剛彦ですか。ええ、問題ありませんよ」
操作するパソコンから目を逸らさずに、千景は答える。
「例の件ですか?」
「ええ。ちょっと手こずったけどぉ、何とか入手できたわぁ」
「早速ですが、見せて貰いましょう」
作業の手を止めた千景は、ローズから書類を受け取る。
パラパラと書類を捲り、内容を確認する。
「……流石ですね。ここまで調べてくれるとは」
「ハードルを上げまくった人のぉ、台詞じゃないわねぇ」
「くすくす。でも、これだけあれば充分です」
「下準備は全部終わってるわぁ。後はぁ、貴方次第よぉ」
ローズに軽く頷くと、千景は席を立つ。
「今日一日は戻れないでしょう。留守を頼みます」
「了解よぉ。……行ってらっしゃい」
ローズの言葉を背に、千景は部屋を後にした。
千景がやってきたのは、某大物政治家の事務所だった。
無駄に豪華な応接間。
中央に置かれた机を間に挟み、千景と政治家の男は向き合っていた。
「……一体何処からこんな物を……」
「さる筋から、と申し上げておきましょう」
顔を引きつらせる男に、千景は澄まし顔で答える。
机の上には、ローズから受け取った書類が並べられていた。
「先生、私は別にこれを公表するつもりはありません」
「……なんだと?」
「先生が受け取られた違法献金。その一部を、とある口座に入れて頂けませんか?」
千景の言葉に、男の目が鋭くなる。
品定めをするように、千景を睨み付けた。
「もし、断ったら?」
「別に何も。このまま退散するだけですわ。……ただ」
「ただ?」
「偶然、何らかの拍子に、この書類が世に出回る可能性は、否定できませんね」
悪役らしく、何とも嫌らしい笑みを浮かべる。
「……君が約束を守る保証が無ければ、この取引は……」
「先生、勘違いしないで下さい」
男の言葉を、千景は強い口調で遮る。
「この書類が私の手にある。その時点で、貴方に選択権など無いのですよ」
取引とは、対等な関係で行う物。
千景は言外に、自分と相手との力関係を知らしめた。
男は憎しみを込めた視線を、千景に向けたが、やがて、
「……分かった。要求を飲もう」
諦めたように項垂れた。
「感謝致しますわ。振り込みに関しては、こちらをご覧下さい」
振り込み口座、日時、場所等細かな指示が書かれた書類を手渡す。
男は書類を受け取り、重く頷いた。
「では、失礼致します」
隙のない動きで立ち上がると、千景は堂々と応接間を出ていく。
後日、千景の用意した口座には、宝くじの当選金以上の額が、振り込まれていた。
~ローズの話、終わり~
「これと同じようなことをぉ、何件もこなしたのよぉ」
ローズの話が終わると、ハル達は黙り込んでしまった。
その様子にローズは苦笑を浮かべると、
「やっぱりみんなにはぁ、刺激が強すぎたみたいねぇ」
少しだけ寂しそうに言った。
それにハルは首を振り、
「いえ、千景さんならこれ位平然とやりそうなので」
ローズの言葉を否定する。
「そうだな。千景に関しては、何を言われても驚かないぞ」
「だって、千景さんですから」
紫音と奈美の言葉に、何度も頷くハピー達。
「吾輩達が考えていたのは、何故秘密にしてたのか、だ」
「何か、理由があったりすんでしょうか?」
「そうねぇ。あくまで私の推察だけどぉ」
ローズは一度言葉を区切り、
「みんなにはぁ、余計な心配を、かけたくなかったんじゃ無いかしらぁ」
意外な事を告げた。
「余計な心配って、そんな……」
「千景ちゃんは、あれで結構頑固でしょぉ。自分の苦労を知られたく無いのよぉ」
ローズの言葉に、一同は暫し沈黙し、
「「あり得る!!」」
一斉に納得した。
「千景は昔から、努力とかそう言うのを隠すタイプだったしな」
「……白鳥みたいですね」
「でも、そうと分かったら黙っていられないわ」
「あらぁ、どうするつもりぃ?」
ローズの問いかけに、
「頑張ってもらった分、千景さんにサービスをします」
奈美は自信満々に言い切った。
「ふぅ、少々浮かれすぎていましたかね」
執務室で書類整理をしながら、千景は一人ごちる。
先ほどの一件を思い出し、反省を繰り返す。
「汚い仕事は、私と剛彦で充分。あの子達が知る必要は無いのですから」
千景がそんな決意を固めた時だった。
こんこん、と控えめなノックの音。
「千景さん。よろしいですか?」
「奈美ですか。空いていますよ」
失礼します、とドアを開けて奈美が部屋に入る。
「あら、それは?」
「えへへ。コーヒーの差し入れです」
嬉しそうな笑顔の奈美。
「ありがとう。……でもいきなりどうしたんです?」
「千景さんが頑張ってくれた事への、お礼です」
「…………」
千景は無言で奈美を見つめる。
「ローズさんから聞きました。千景さんが、一杯頑張ってくれたって」
「そうですか……」
剛彦め、と内心穏やかではない千景。
「でも千景さん。それを私達に隠さないで下さい」
「えっ」
「頼りにならないかも知れないけど、私達だってハピネスの一員なんですから」
奈美の言葉に、千景は少し驚いたように目を開き、
「……そう、ですね」
僅かに表情を和らげた。
「折角の差し入れです。ありがたく頂くと……」
千景がカップに手を伸ばした瞬間、
「「千景さん。失礼しま~す!!」」
雪崩のように室内にハル達が乱入してきた。
「みんな、一体……」
戸惑う千景に、
「千景さん、紅茶をお持ちしました」
「私はココアを」
「ジュースもありますよ」
「奮発して玉露を入れてみました」
次々に差し出される飲み物。
更に、
「千景さん、肩をお揉みします」
「では、私は手をほぐしましょう」
「足裏マッサージには自信があります」
千景を包囲し、マッサージを開始する。
「あなた達……一体何を……」
「頑張った千景に、みんなお礼をしたいのだ」
ニコっと笑う紫音。
「そう言うことだからぁ、諦めなさい」
「剛彦…………はぁ、全く」
呆れたようにため息をつく千景だったが、
「まあ、たまには悪くないかもしれませんね」
その顔には、暖かな笑顔が浮かんでいた。
翌日。
「か、体が……痛い……」
猛烈な揉み返しに、悶え苦しむ千景がいた。
教訓:素人による、過度のマッサージは止めましょう。
微妙な終わり方ですが、ようやく財政難が解消されました。
これでやっと、悪の組織として活動できますね。
千景が隠していた理由は、本編でローズが言ったこととは別に、
汚い大人の世界を、ハル達に見せたくないと言う気持ちもありました。
まあ、ハル達は揃いも揃って子供ですから。
こんな調子ですが、次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。