ハルを特訓しよう
実はハルって弱くない?
そんな疑問から始まった、ハルの特訓。
果たしてハルは、過酷な特訓に耐えきれるのだろうか。
先の作戦から一夜明けた朝。
ハル達が何時のように食堂で食事を摂っている時だった。
「そう言えば、少し気になっていたのだが……」
コーヒー(九割は牛乳)を片手に、紫音が不意に呟く。
「ハルって、弱すぎないか?」
この発言が、全ての始まりだった。
「ちょ、いきなり何を言うんですか、紫音様」
慌てて否定するハルだったが、
「言われてみると……確かに弱いかも」
「そうですね。戦力としてはちょっと……」
「正義の味方と戦うにはぁ、力不足かもぉ」
「刑務所でも、結局殆ど戦ってないと評判だぞ」
一斉に賛同し始める幹部達。
「ちょっと待ってくれ。俺は前に、正義の味方と一対一で戦ったぞ」
引き分けだったが、とは言わない。
しかし、
「そうだな。だが、あれはモノマネに頼り切った戦いだった」
「モノマネのないハルなんて、正直雑魚キャラよね」
グサッと言葉の刃が突き刺さる。
「何なんだよ。モノマネだって、立派な俺の特技だぞ」
ふて腐れるハルに、
「モノマネは強力ですが、副作用など不安要素が多々あります」
「だからぁ、それ抜きでも戦える最低限の力は必要よねぇ」
千景とローズが諭すように話す。
「わ、私も賛成です」
「柚子……お前もか」
「体に負担を掛けるモノマネは、あまり使って欲しく無いです」
訴えかけるような上目遣い。
それに抗う術を、ハルは持っていなかった。
「そこでハル君。訓練を受けてみませんか?」
「訓練……ですか?」
千景からの提案に、ハルは思わず聞き返す。
「ええ。キチンと訓練を受けて力を付ければ、この問題は解決です」
確かにその通りだ。
千景の提案には何に問題も無い。
問題があるとすれば……。
「でも、俺を訓練するのって、皆さんですよね?」
恐る恐る尋ねるハルに、勿論と頷く幹部達。
人間離れした彼らの訓練に、一般人であるハルが耐えきれるはずもない。
謹んで辞退しようと、ハルが言い出す前に、
「もう、悩む事なんて無いでしょ。強くなれるなら、それで良いじゃない」
奈美にグッと手を掴まれてしまった。
「では最初は奈美にお任せしましょう。奈美、頼みますよ」
「は~い、了解です。さあハル、行くわよ」
反論を一切許さず、奈美はハルを引きずりながら、食堂を後にする。
かくしてハルの特訓は、始まるのだった。
明日のために、その一「基礎体力」
「何をするにも、体力は必要よ。まずは、基礎体力を鍛えましょう」
ハピネス指定の、ださいジャージに着替えた奈美とハル。
「それは良いんだが、奈美。この光景はちょっと可笑しくないか?」
チラリとハルは横に視線を向ける。
そこには、
「いっちに、さんし、いっちに、さんし」
丁寧に準備運動をする、全身黒タイツのハピー達がいた。
「ああ。ハルだけじゃ寂しいと思って、みんなにも付き合って貰うことにしたのよ」
「いや、そうじゃなくて……あぁ、もういいや」
ハルは諦めた。
黒い全身タイツの集団が、元気良く準備体操をする光景。
職務質問され無いことだけを祈り、準備運動を終えた。
「よ~し、それじゃまずはランニングからね」
「ランニングか。それなら何とかなるか」
それが甘かった。
「今日はハルのために短めに、軽く二十キロで行くよ」
ちっとも軽くなかった。
冗談かとハルは思ったのだが、
「ハルさん良かったですね。今日は大分軽めですよ」
隣に立つハピーが、嬉しそうに声を掛ける。
「軽めって……普段はどれくらいやってるんだよ」
「そうですね。私達の普段の訓練では、フルマラソンは当然って感じです」
「奈美さんもなんだかんだで、ハルさんには優しいですから」
「頑張っていきましょうね」
フレンドリーなハピー達に、ハルは引きつった笑みで応える。
「じゃあ、行くよ~」
奈美の合図で、軽い?ランニングはスタートした。
数時間後。
「ぜ~は~ぜ~は~」
幸福荘の中庭で大の字に倒れ、荒い呼吸を繰り返すハルがいた。
滝のように流れる汗と、赤を通り過ぎ青ざめた顔色が、ハルの状態を雄弁に語る。
「も~だらしないわね。こんなのウォーミングアップなのに」
汗一つかかず、平然とした様子の奈美。
「完走……出来たのが……驚きだ……」
「そうですよ。初めてで完走なんて、立派です」
ハピーがフォローを入れる。
同じ距離を、ハルよりも早く走ったのに、こちらもピンピンしている。
「ん~まあいいか。じゃあ早速次のメニューに入るわよ」
「次?……終わりじゃ無いのか?」
「何言ってるのよ。ウォーミングアップって言ったでしょ。次は、定番の筋トレよ」
笑顔の奈美に、ハルは冷たい汗が流れるのを感じた。
「これも軽く行くわよ。腕立てを二十回、腹筋を三十回、背筋を三十回」
意外に常識的だ。
きついことには変わりないが、何とかなりそうな数……
「を、十セットね♪」
では無かった。
「奈美……流石に冗談だろ?」
「あ、やっぱりそう思う?」
てへっと舌を出し、ごめんごめんと謝る奈美。
「流石に少なすぎたわよね。じゃあ何時も通り二十セットを……」
「十セットでお願いします!」
ハルは全力で叫んだ。
「そう? じゃあ十セットで行くわよ。まずは腕立てからね」
「ハルさん……頑張って下さい」
ハピーの言葉が胸に染みた。
そして、
「腕が……腹が……背中が……」
筋トレを終えたハルは、全身をぷるぷると震わせ、のたうち回る。
「ハル……少しで良いから、体を鍛えた方が良いわよ」
本気で心配する奈美の言葉に、ハルは無言で頷いた。
明日のために、その二「格闘技」
筋トレを終えた一行が向かったのは、地下基地の訓練場だった。
「次は、戦闘技術の訓練よ」
「まだ……あるのか」
元気いっぱいの奈美に、早くも疲労困憊のハル。
「ここからが本番よ。より実践的な訓練だから、ちゃんとやらないと怪我をするわよ」
「実践的って、何をするんだ?」
「私は古武術を修めてるから、それをみんなに教えてるの」
なるほど、とハルは頷く。
「ハルのモノマネって一時的なもので、ずっと真似できる訳じゃないでしょ」
「そうだな」
「だからいざという時の為に、モノマネ以外に戦える力を身につけて欲しいのよ」
奈美の表情は真剣だ。
「旅行の時、熊に襲われたでしょ。あの時は運良く助かったけど、もし葵がいなかったら」
想像するだけでゾッとする。
「戦いに勝てなんて言わないわ。ただ、自分の身を守れる力だけは持ってて欲しいの」
「奈美……ありがとう」
「べ、別にハルの為じゃないわ。貴方が怪我をすると私が……じゃなくてみんなが困るんだから」
勘違いしないで、と奈美はそっぽを向く。
頬が赤くなっているのは、気のせいだろうか。
「いや~、青春ですね」
「初々しくて良いですな」
「思わずキュンとしちゃいます」
お前達は何を言っている。
「と、とにかく。徹底的に鍛えてあげるから、覚悟しなさいよ」
「まあ、お手柔らかに頼む」
こうして、格闘技の訓練が始められた。
一時間後。
「あのね、ハル。……あんまり、武術には向いて無いかもしれない」
「奇遇だな……。俺も……そう思ってたところだ」
全身ボロボロのハルは、朦朧とする意識で答えた。
明日のために、その三「武器」
「素手が駄目なら武器ですよ。この訓練は、私が付き合いましょう」
「あの~千景さん。どうして貴方が……」
「古今東西、一通りの武器は扱えますから。安心して下さい」
むしろ不安です。
「でも千景さん。俺武器なんて使ったこと無いですよ」
「心配いりません。私が基礎からしっかりと教えてあげます」
千景の言葉に、ハルは頷く。
「小柄なハル君でも扱えそうな武器を、私が幾つか選んでおきました」
訓練場にずらりと並べられた、武器の数々。
ナイフや刀、トンファーなど小さめの武器が用意されている。
「こんな物騒なもの、一体何処から」
「ふふ、蛇の道は蛇、ですよ」
千景の微笑みに、ハルはそれ以上の追求を止める。
「では、早速始めましょうか」
言うやいなや、千景は懐から鉄扇を取り出す。
「……千景さん。どうしてそんな物騒な物を?」
頬を伝う汗は、ひたすら冷たかった。
「これからハル君には、一番合った武器を選んで貰います」
「えっと、それって?」
「ここにある武器は自由に使って構いませんよ」
「あの、つまり……」
ハルの嫌な予感は、的中する。
「実戦の中で、自分にあった武器を見つけてください」
「やっぱりそう言うオチかぁぁぁぁ」
有無を言わせず、武器訓練は始まった。
選択肢一、ナイフ……一撃で弾き飛ばされた。
選択肢二、刀……逆に一刀両断にされた。
選択肢三、トンファー……打撃にて粉砕された。
選択肢四、棍棒……細切れにされた。
選択肢五、六、七、八…………………。
ハルが手に取った武器は、ことごとく破壊されていく。
用意した全ての武器が無くなるまで、三十分と掛からなかった。
「ハル君…………」
力無く倒れるハルを見下ろす千景。
「何も、言わないで下さい」
「武器も、やめておいた方がいいですね」
慰めるような千景の言葉に、ハルは少し涙目になって頷いた。
その後も様々な訓練が行われた。
詳細については、ハルの名誉のために省かせて頂く。
そしてその夜。
地下の作戦司令室には、ハルを除く幹部一同が勢揃いしていた。
「……ハル君の訓練報告は以上です」
千景の言葉に、全員が深いため息をついた。
何というか、ため息しか出なかった。
ハルの訓練結果はこうだ。
基礎体力・戦闘技術など全てのレベルが、一般人の平均レベル。
まさしく完璧な凡人だった。
「訓練を通して、得意な分野が見つかるかと思ったんですが……」
流石の千景も渋い表情を浮かべる。
「全部が平均的っていうのはぁ、強みになるときもあるんだけれどぉ」
「ハルの場合、ハピー達よりも低いレベルでまとまってますからね」
ん~、と考え込むローズと奈美。
「皆さん酷いですよ。ハルさん、あんなになるまで頑張ったのに」
「そう言えば、その張本人はどうしたのだ?」
「極度の筋肉痛と疲労。それに全身打撲で絶対安静中です」
柚子の言葉に、一同は頭を抱えるのだった。
こうして、ハルだけが痛い目を見た訓練は、微妙な空気の中幕を閉じた。
何とも微妙な終わり方で、申し訳ありません。
遂にハピー達も常識離れの力を手にしてしまいました。
ますますハル君の凡人ぶりが目立ってきますね。
こんな調子ですが、次回もまたお付き合い頂ければ幸いです。